第六十六話 いざウィナーズゲートの町へ
次回は五月二十一日に投稿する予定です。
速人は大きな口から息を吸う。
そして、思い切り息を吐き出す。
速人は疲れた表情をしながら次なる目的を目指していた。
どんな時でも一つの仕事をきっちりとこなすという自分の性格がこの時ばかりは憎かった。
速人は憂さ晴らしとばかりにヌンチャクを振り回して、想像上の敵と死闘を繰り広げる。
相手はパンツ一丁の愚○独歩。
中途半端な覚悟では返り討ちに合うのは目に見えている。
速人は奇声を上げながら独歩に挑んだ。
独歩の拳が速人の胸に当り、速人のヌンチャクが独歩の顔を掠る。
一歩及ばすか、速人は独歩の正中線四連撃を受けて片膝をついてしまった。
速人は渾身の力を込めて見上げると黒いアイッパチを落とされた独歩は笑っていた。
(俺のヌンチャクをことごとく捌きながら反撃するのかよ!!これが武神、愚○独歩…!!)
速人は己のヌンチャクが独歩の空手の前ではただの棒切れにすぎないことを思い知らされる。
自身の憤りを抑えられぬまま、地面を何度も殴った。
「ねえ、キチカ。さっきから速人はドッポ、ドッポって言いながら怒ってるけど何のことなのかな?」
速人は突然、ヌンチャクを取り出したかと思うと狂ったように振り回していた。
その間「やるな、独歩!」とか「武神の名に恥じぬ男よ」とか騒いでいたのである。
ディーでなくとも心配するというものだった。
雪近は首を傾げて元の世界で得た知識を思い出してみるが「愚○独歩」という固有名詞に該当するものは何も出て来なかった。
「俺もよくわかんねえが…、嫌いな食べ物かなんかじゃねえのか」
雪近は要領を得ないという顔をしている。
雪近とディーは町の出口までは速人と一緒だったのだが、そもそも歩く速度が段違いに速かったので既に二十メートルくらい後方をのろのろと歩いている。
このままでは置いて行かれるっ!…そう直感した雪近とディーは速人の背中に向かって走り出した。
「速人。一人で行かないでよ。ホラホラ。俺たちって、三人で一チームだよね?」
速人はあくまで無反応。ざくざくと一人で前方に向かって歩く。
ディーは速人に無視されたことにショックを受けてその場で固まってしまう。
今度は雪近が走って隣まで追いつき、速人に声をかけた。
しかし速人は雪近の方を既に見ていない。
「なあ、速人。もしかしてお前怒ってるのか?俺たちがお前の足を引っ張るなんざいつものことだろ。家に帰ったらいつもの十倍頑張るから機嫌直してくれよ。な?」
ブチッ。
速人は後方に向かって人差し指をさす。
雪近もそちらの方を見た。雪近たちのはるか後ろには駆け足で速人たちに追いつこうとしている大体同じくらいの背格好をした三人の姿が見えた。
笑いながら手を振って走っているのはサンライズヒルの住人エリオットで、すぐ後しろにいるのがセオドアだろう。
そして、二人の後ろをぜえぜえと白い息を吐きながらついて来ているのはカッツに違いあるまい。
セオドアは心配そうにカッツの方ばかり見ていた。
速人は三人のおっさんを視界に止めたくはなかったのでそのまま歩き出した。
「雪近よ。あれは俺に対する嫌がらせか何かなのか?」
速人の額にはいくつもの太い血管が浮かんでいた。
口を動かす度に血管がビクビクと震えている。
少し前にサンライズヒルの町を出る前、速人はマティス町長たちに引き止められたが全て断っていた。
そもそも速人にとってサンライズヒルの町は偶然立ち寄った場所にすぎない。
正直、浄水器の修理から病人の世話など色々と面倒を見たのだから解放して欲しい気持ちである。
エリオットとセオドアがエイリークたちとどんな関係にあったのかは気になるが優先すべきことはパーティー用の肉を確保することである。
「そういう言い方は止めろって。あれは何というか俺たちのことを心配して見送りに来てくれたんじゃないか…って、もういいです」
雪近は何かを言いかけたまま黙ってしまう。
速人の頭はすでに限界まで膨れ上がった風船のようになっていた。
もしも速人の頭が何かの拍子に爆発してしまえばここいら一体が吹き飛んでしまう可能性さえある。
結局、ディーと雪近は打ちのめされて下を向きながら速人について行くしか無かった。
ざっざっざっざっざ。
ここで春の陽射しのような笑顔を浮かべながら場の空気を読まないことでは最強クラスの天然王子エリオットが登場する。
エリオットは速人の背中にまでたどり着くと覆いかぶさるように抱きついた。
「あははっ!!逃がさないぞ、速人っ!!どうだい?僕の足もなかなか捨てたもんじゃないだろ?」
エリオットは愛玩動物を愛でるように頬をくっつけてくる。
外見は若々しいが、三十路男のむわっとした体臭は隠せない。
(多分エイリークも同じようなことをされていたな…)
速人はエリオットに頬ずりされながら、一気に死にたい気分になっていた。
「セオドアさん。この人のテンションの高さとか何とかならない?」
速人はエリオットの顔を必死に遠ざけているが、エリオットの怪力がそれを許さない。
現在に至って速人の頭は微妙な形で拮抗していた。
「おい、エリオ。速人が恥ずかしいから離れてくれってよ」
結局、速人とセオドアが協力してエリオットを引き剥がす羽目になった。
速人が道中でセオドアから聞いた話ではエリオットは友人相手にやや強引なスキンシップをやらかす悪い癖があるらしい。
速人は苦々しい表情で名残惜しそうにしているエリオットを睨んでいた。
「ところでさ、セオドアさんたちはいつまで俺たちにストーキングするつもりだよ」
「ギロリッ」と音にするならばこんなところだろうか、速人の冷たい視線がセオドアの心臓を貫いた。
(地味に、傷つくぜ)
中年男性の心は時として意識高めの小学生のように繊細なのだ。
「別にそういうつもりじゃないんだが。ホラ、これからお前たちが行くウィナーズゲートっていう町は物騒な場所だからよ。心配してンだぜ?」
速人は何も言わずに歩いて行ってしまった。
(とりあえずのところはやり過ごせたか)
全然そういうわけではなく、結果としてむしろ速人の疑念は深まったわけだがセオドアは自分を納得させる。
速人の目的地となるウィナーズゲートとは第十六都市の周囲に点在する”外”と呼ばれる町の中でも二番目に大きな規模を誇る。
特にウィナーズゲートの町はすぐ近くに第十六都市の裏口にあたるサウスゲートがあるので流通が特に盛んな場所だった。
しかし、町で行われる商売自体は公に認められたものではないので大半は裏社会の人間が関わっている。
当然のように町の中の治安も最悪であり、いつ市議会が防衛軍か隊商を送り込んで来るかと最近では町中では緊張感が漂う状態になっているのだ。
事実セオドアとエリオットもその実力を買われて何度か揉め事の仲裁に入ったことがある。
お世辞にも良い報酬とはいえなかったので一度きりの仕事として引き受けたのだが。
セオドアはダークブロンドの髪をわさわさと揺らしながら速人の背中を追いかけた。
実はセオドアは速人たちがダグザに、正確に言えばルギオン家の人間に自分とエリオットの様子を見てくるように言われたのではないかと疑っているのである。
風の噂ではエイリークが祖父ダルダンチェスの意志を引き継いでダグザの父ダールトンの庇護のもとに市議会議員として出馬するという話もある。
そうなれば第一級の戦争犯罪者の息子であるエリオットの身柄を確保することは最優先事項になってしまうだろう。
そして、セオドア自身もまたエリオットの父アストライオスの家臣の息子であるから同様に捕まってしまう可能性も否定できない。
(俺とエリオは裁かれて然るべき存在だ。それは認める。だが親父さんやテリーたちはただの被害者だ。俺たちの為にサンライスヒルの住人が犠牲になることだけは阻止しなくちゃいけねえ)
「というわけで何とか穏便にすませてくれねえか、速人の大将?」
セオドアは自分たちが置かれている境遇についてわざわざ聞こえるように語っていた。
速人は目を血走らせながらセオドアを睨む。
「わざわざ耳元で変な話をしやがって、死にたいのか」
「いやー。最初に会った時からマジで気になっててさ。実際お前らってどうなのよ?」
セオドアは馴れ馴れしく速人の背中をバンバンと叩いている。
速人はセオドアの右手首を掴んで、捻じり上げた。
セオドアは、痛みで悲鳴をあげるどころではなくそのまま悶絶してしまう。
「俺はな、お前ら外人の(※特に欧米人、豪州人。しかしセオドアはそのどちらでもない)よく言えば大らかな、悪く言えば雑なコミュニケーションが大嫌いなんだよ。ただ言っておくが、俺は誰の命令で動いているわけでもない。強いて言えばお前らに今日ここで出会ったのも偶然だ。アンダスタン?」
めりめりめり。
速人はセオドアの右の肩と肘と下腕骨を限界まで絞る。
セオドアはどうにか頭を上下に振って肯定の意志を伝えることにした。
セオドアへの私的制裁を完了した速人は確認の意味も兼ねて周囲の風景を見渡した。
速人から向かって右側第十六都市を取り囲む壁の方角にはソリトンの義父ベックの話の通りに鉄道のレールが残されていた。
より正確にはその名残だが。
ベックがまだ子供の頃の平和な時代にはゴーレム列車というものが通っていたらしい。
物理法則よりも四大精霊の支配力が強いナインスリーブスでは速人が暮らしていた元の世界で重用されていたエネルギー源から安定したエネルギーを供給することは難しい。
ゆえにゴーレムのような四大精霊の容器となる魔術道具を使うことによって労働力を得ていた。
例えば強靭な肉体を持つゴーレムに列車を引かせるゴーレム列車の力によって第十六都市は他の自治都市と頻繁に交流をしていた。
しかし、戦争ともなればゴーレムが敵の魔術師に乗っ取られて暴走する危険性もある。
今ゴーレム列車が動いていないのはそういう理由だ。
真名が彫られた印章を書き換えれば誰にでも扱えるゴーレムよりも、素体に血統因子を埋め込むことにより特定の人物の命令しか受け付けない使い魔が流行したこともゴーレム列車を使わなくなった原因の一つだろう。
速人はドヤ顔で語るダグザのことを思い出しながら丘の上に敷かれた金属製のレールを見ていた。
さらにレールの大半はレプラコーンとドワーフの技術をかけ合わせて鋳造されたものらしい。
おそらくはハイデルあたりに聞けば「ドワーフが…」という話になり、ダグザやダールに聞けば「レプラコーンが…」という話になることは間違いあるまい。
全て金属で作られたレールを観察しながら速人はそんなことを考えていた。
やがて速人は土を盛って作られた丘から下りてくる。
雪近たちと合流した三人組が速人の帰りを待っていた。
カッツが心配そうな顔をしながら速人に声をかけてくる。
「本当に大丈夫かい、速人。勝手に同行している私が言えた義理ではないが、ウィナーズゲートの町にある”闇市”にはあまり良い噂は聞かないぞ」
会ったばかりのカッツがなぜ速人の目的を知っているのか。
速人の噂の出所を確かめる為に容疑者を即ち雪近とディーの方を睨みつける。
結果、二人はすぐにセオドアの後ろに隠れてしまった。
(確信犯というヤツか。やれやれ俺も舐められたものだ)
速人はほとんど手入れされていない荒れた街道を見た。
道すがら、かなり昔に廃棄された住居の跡らしきものも見られる。
おそらくは戦火で焼かれたものだろうか。
ベックの話によると街道を整備する時に連れて来られた融合種たちの末裔が作った町がサンライズヒルとウィナーズゲートだったと記憶している。
さらにあまり聞こえの良い話ではないが、ベックの祖先は主人に恵まれていたので当時の主人の計らいで第十六都市の内部に住むことが許されたらしい。
他の融合種たちは運が良ければレッド同盟もしくは帝国の属州に連行され、他は奴隷同然の扱いで外で爪に火を灯しながらの生活を強いられている。
レッド同盟に属する開拓村で生活していた速人には覚えのある暮らしだった。
「俺の事なら心配しなくても大丈夫さ。それよりカッツさんは何でゴミクズども(エリオットとセオドア)と一緒に来たんだ?」
「すごい言い方だな。いや、俺は家族と親戚連中の為に日用品でも買って行こうかと思って。セオドアが、故郷から持ってきたDC硬貨でも速人が一緒ならきっと上手く取引してくれるって」
カッツの話が終わると同時に速人はセオドアの前に立ち塞がる。
セオドアは「待った!これは人道的な…」と言おうとしていたがそんな戯言を聞き入れる速人ではない。 速人は徐に逃げようとするセオドアの身体を捕まえるとそのままアルゼンチン・バックブリーカーをしかけていた。
DC通貨の入った袋を持ったカッツの目はブライト・ノアやミライ・ヤシマのように点に近い状態となっている。
肩と腰を後ろからガッチリと掴まれ、全身を弓弦のように絞られながらセオドアは悶絶している。
速人の顔は溢れんばかりの怒りの為に真っ赤に染まっていた。
「があああああぁぁぁッ!!折れる折れる折れるぅぅぅッ!!」
その後、セオドアは白目になって失神するまで速人にしばかれ続けることになった。
カッツはDC硬貨の入った気持ち大きめの革袋を速人に手渡す。
DC硬貨はドワーフ族が古くから取引に使用している貨幣で、主にダナン帝国の本土で使われている。
第十六都市でも一応使うことは可能だが、自治都市が帝国と敵対していた期間が長かった為に相場よりも安く扱われる事が多い。
(どんだけガキの俺に頼るつもりだよ)
速人はカッツの全幅の信頼を寄せるような瞳を見てため息をついてしまった。
そしてカッツは速人が革袋を受け取る様子を見るとニッコリと笑っていた。速人は新たにサンライズヒルの住人となるドワーフたちの未来に不安を覚える。
そんな時、雪近と一緒に先行しているディーの声が聞こえてきた。
「速人、大変だよ!普通の人が何か恐い人たちに囲まれているよ!」
「俺の知ったことか!そんなもん放っとけ!」
今度ばかりは本音がストレートに飛び出してしまう速人だった。




