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34 これからも①

 ギルドの者たちによってハリソンは取り調べ室に連行されて、リザを誘拐した動機について吐かされた。


 彼は今から約二年前、当時恋人だったリザと破局した直後に酒場の看板娘アイネを連れて町を出た。

 そうして最初は二人仲よく生活して子どもも生まれたが、子どもがどう見ても自分の子でないと分かった彼は、アイネに出て行くよう命じた。


 だが彼女は「それなら、彼のところに行くわ。じゃあね!」と子どもを連れてあっさりと出て行ってしまった。

 自分がアイネを捨てたはずなのに捨てられた形になり、ハリソンは絶望した。


 やがてハリソンは仕事もうまくいかなくなり、借金が積もっていった。

 そうして首が回らなくなるほどの借金を重ねた結果、彼は二年前に別れたリザのことを思い出した。


 ハリソンがリザとの結婚を急いだのは、彼女を愛していたからではない。リザを妻にすることで借金返済義務を押しつけようとしたのだ。


 ハリソンは隣国に移っており、その国では借金を配偶者と共有することができる。よってハリソンは、何が何でもリザに結婚誓約書を書かせようとした。

 ……誓約書を書いて教会に提出さえすれば、たとえリザが逃げたとしても彼女の背に借金の半額は確実に押しつけられるからだ。


「……俺としたことが、失敗だった。あのとき脅すだけでなく、実際に左目を抉り取っておくべきだったか」

「怒ってくれてありがとうございます、アーティ。でも、そんなことはしなくていいです」

「だが……」

「あなたの手は、カイリーやロスの頭を撫でるためにあります。その手があんなろくでもない男の血に濡れるなんて、あってはならないことです」


 リザが正直に言うと、今にもギルドの収容所に向かってハリソンの目を抉りそうだったアーチボルドは一気に目尻を和らげ、「それもそうだな」と先ほどと打って変わって穏やかな声音で同意した。


 あの事件の翌日、リザはアーチボルドたちと一緒に丘の上の教会に戻り、ハリソンの取り調べを終えたギルド員から事の次第を聞かされた。

 なお、カイリーとロスは子ども部屋におり、先日おそろいで買ったペンでお絵かきをしたりして遊んでいるようだ。


 話を聞きながら、リザは自分でも思ったよりも落ち着いていた。


(ハリソンが逃亡よりも結婚誓約書を書くことを優先させていて、妙だとは思っていたけれど……借金を肩代わりさせたかったからなのね)


 そうだと分かるとやはりショックだが、彼の行動理由も分かったので納得もいった。

 むしろリザの隣で話を聞いているアーチボルドの方が、顔をしかめたり大きな拳を固めたりと、リザよりよほど怒りを如実に表していた。


 ハリソンはただでさえ街中の嫌われ者だったのに、今回リザを誘拐したということでますます救いようのない事態になった。

 彼は「親父とお袋を呼んでくれ!」と言うが、彼の両親は自分の息子がしでかしたことを皆に謝り恥じ入りながら、とっくの昔に町を離れている。


 そんなことも知らなかったハリソンは絶句し、誰も自分を助けてくれないのだと今になって気づいて、収容所で茫然自失状態になっているという。

 しばらくしたら彼は元いた国に返す予定らしい。……ハリソンが借金しただろう相手にも、きちんと連絡を入れた上で。


「……とまあ、こんなところだ。ハリソンの処分について、何か言いたいことはないか」

「これだけでは気が済まないから、二三発くらい殴らせてくれ」

「アーチボルドは黙ってろ。……リザさんは、どう思う?」

「……私からは、特には何も。ただ、もう彼が二度とファウルズに……いえ、シェリダン王国に来ないようにしてもらいたいです」

「あの国の借金取りは、しつこいことで有名だ。なにせハリソンは一度リザさんに借金を押しつけようとした前科があるのだから、もうあいつらもハリソンを逃がさないだろう。一生をかけて、体で払うことになるだろうな」


 アーチボルドほどではないがなかなか厳つい体躯を持つギルド員が言うので、リザはほっとした。


 アーチボルドが言うように二三発殴りたい気持ちもなきにしもあらずだが、それよりももう二度と顔を見たくないし、殴るためとはいえ触りたくもないくらいだ。

 だから、彼が二度とリザの近くに現れず……大好きな人たちを傷つけたりしないのなら、それで十分だった。


 連絡を終えたギルド員を見送り、教会の玄関前に立つリザはふう、と息をついた。


「これで、一件落着……でしょうか」

「そうだといいな。これでまた、平穏な生活が戻るのなら俺も嬉しい」

「そうですね。……あ、でも」


 リザはそこで、先日彼が話していた引っ越しのことを思い出した。


 この教会で四人暮らしができる日は、もうあまり長くない。早ければ春には、アーチボルドたちはここを出て行ってしまう。


 アーチボルド、カイリー、ロスの三人が、家族として暮らせる家。

 そこに引っ越すというのは教会の神官としては祝福するべきことなのに……リザとしては、寂しい、と思ってしまった。


(……でも、そんなの私の我が儘だわ。最初から、住む家ができるまで教会で一緒に暮らすという話だったのだから)


 だから寂しいなんて気持ちはおくびにも出さずに、リザは努めて明るく言う。

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