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27 「好き」の意味

 冬のシェリダン王国北部は豪雪に見舞われることがあるものの、ファウルズの町などのある南部丘陵地帯は比較的積雪量も少なく、穏やかに過ごすことができる。


 カイリーたちの故郷であるマレー自治区は、ほとんど雪が降らないらしい。

 初めて雪が降ったときには「雪だ!」と大喜びのカイリーとロスが寝間着のまま表に飛び出そうとしただけでなく、アーチボルドもまた興味深そうに庭を見ていた。


 リザとアーチボルドの二人がかりで子どもたちに上着を着せて庭に送り出し、まばゆく輝く銀世界を二人で眺める。


「これが、雪化粧というものか」

「アーティにとっても珍しいようですね」

「ああ。自治区はまれに湿っぽい雪がわずかに降るだけだったから、こんなきれいな光景を見るのは初めてだ……」

「ファウルズだと『きれい』で済みますが、北部だと除雪作業だけで午前中いっぱい使うほど積もるそうですよ。私の故郷のゲルド王国はここよりも北にあるので、真冬だと家のドアが開かなくなるほど積もりました」

「それでは外出するのにも不便そうだが、どうやって外に出るんだ?」

「一階の玄関ドアが使えなくなるほど積もったら、二階のベランダから飛び降ります」

「……それはそれで楽しそうだな」


 そう言うアーチボルドは、二階から飛び降りることを想像しているのか、口元がほんのりとほころんでいる。


 起きるなり表に出て行ったカイリーたちほどではないが彼も朝の仕度をするのも惜しんで外を見に来たので、口元にうっすらと髭が生えていた。

 いつもリザの前ではきちっと身だしなみを整えているアーチボルドにしては珍しかったので、リザはつい彼の横顔を盗み見してしまったが――


「っ、リザ!」


 ――ぼすっ


「きゃっ!?」

「あはは! さすがパパだね!」


 リザの方に飛んできた何かを、隣にいたアーチボルドがとっさに腕を広げることで防いでくれた。

 見れば、庭に積もった雪をかき集めて丸めていたカイリーが、こちらを見て笑っている。どうやら、雪玉を投げられたようだ。


 アーチボルドの瞬発力によりリザの顔にぶつけられることは免れたが、隣のアーチボルドは雪玉がぶつかった胸元を手で払い、険しい顔でカイリーを見ている。


「あの、アーティ。かばってくれてありがとうございます」

「……ああ」

「雪玉のことなら、気にしないでください。ああいう遊びは、確かにありますから」

「だが、おまえは女性だ。万が一にも雪玉が体に当たって、怪我をしたり体を冷やしたりしてはならないだろう」

「いえ、そこまで過敏になるほどでは……」


 リザは彼をなだめようとしたが、アーチボルドはぱんぱんと両手を叩くと歩き出し、カイリーたちのもとに向かった。


「……相手なら、俺がする。二人まとめて掛かってこい、カイリー、ロス!」

「おっ、これは燃えてきたぜ! 一緒にパパを倒すぞ、ロス!」

「うん、がんばる!」


 父親が相手をしてくれるのが嬉しいらしく、子どもたちは大喜びで雪玉をこさえ始めた。

 ロスが製作担当、カイリーが投擲担当と分担してアーチボルドを倒そうと闘志を燃やしており、対するアーチボルドは大きな体と手のひらを使ってがしっと雪をかき集め、大きな雪玉を作っていた。


 ……結果として三人ともびしょ濡れになり、アーチボルドとロス、それからカイリーの順で風呂に入ることになった。


「ひゃー、温かい湯が体に染みるぜ!」

「朝からすごい運動をしてしまったわね」


 先に入ったアーチボルドとロスが朝食を食べている間に、リザは「リザが髪洗って!」とおねだりするカイリーの髪を洗ってあげていた。


(カイリーの髪も、ずいぶんきれいになったわね)


 カイリーの髪は伸ばしっぱなしのぼさぼさだったが、教会に来てからはまめに洗い、毛先を切るようにしていた。

 そのおかげか、彼女の濃い銀色の髪は艶やかでなめらかになり、結ぶときにもいろいろアレンジができるようになった。カイリーは髪をいじられるのは案外好きなようで、リザが三つ編みをしたりおさげにしたりすると、喜んでくれた。


「……あ、そうだ。せっかくリザと二人きりになれたんだから、いくつか話したいことがあるんだ」


 髪を洗われながら湯船に浸かるカイリーが言うので、リザは「何かしら」と問う。

 彼女から話があるというのは珍しいことだが、たまには女二人で話したいこともあるだろう。


「まず一つ目だけど……あたし、ロスにプレゼントを買ってやりたいんだ。リザやパパからもらったお小遣い、使わずに貯めていたんだよ。だからそれで、ロスにいいものでも買ってやりたいって思って」


 カイリーやロスには、お手伝いをするたびに少額ながらお小遣いを渡している。

 せいぜいお菓子を買えるくらいの額ではあるが、「働いた分の賃金をもらう」ということは、子どものうちから教えておいた方がいいと思ったからだ。また、アーチボルドも稼ぎの中から子どもたちにお小遣いをやっているようだ。


 カイリーもたまには町に遊びに行っているようなので、何か自分用のものでも買っているのかと思いきや、弟分のために貯めていたようだ。

 ロスに「姉」としてできることをしたいと思っているのだろう。


 カイリーの思いやりに、リザは笑みをこぼした。


「素敵ね。きっとロスも喜ぶと思うわ」

「だろだろ!? ……それで、ロスに何をあげたら喜んでくれるかなー、って考えていたんだ。でも思いつかないから、リザに相談しようと思ったんだ」


 そういうことか、と納得したリザは、しっかり泡立てた石けんでカイリーの髪をわしゃわしゃともみ洗いしながら言う。


「……そういえば今度、あなたたちの引っ越しのときに使う道具を隣町に発注しに行く予定があるの。そのときにロスは町の人に預けて、私と一緒に買い出しに行くついでにロスへのプレゼントも探すっていうのはどう?」

「いいな、それ! ありがとう、リザ。そうするよ! ロスには内緒で準備して、驚かせたいって思ってたんだよな!」


 カイリーは大喜びなので、リザもほっとした。


 買い出しはリザ一人で行ってカイリーとロスには教会で留守番をしてもらう予定だったが、ロス一人になるなら誰かに預けた方がいい。幸い、町の人は「いつでも頼りなよ!」と言ってくれるので、半日くらいなら預かってくれるだろう。


 髪を洗い終わったのでカイリーの頭からぬるま湯をかけて泡を洗い流しタオルで水気を拭っていると、彼女は「それから」と言葉を続けた。


「二つ目の方。こっちは話というより、質問なんだけど」

「ええ、何?」

「リザって、パパのことが好きなんか?」


 ――ぱさり、とリザの手から離れたタオルが湯船の縁に引っかかる。


 どっ、どっと浴室の天井に響きそうなほど鳴るのは、リザの心臓の音だ。


「……何か気になることでもあるの?」


 動揺を悟られまいと努めて冷静に問うと、リザがタオルを落としたことを気にした様子のないカイリーは「そうだなぁ」と天井を見上げてつぶやく。


「春になったらあたしたち、ここを出るじゃん? でももしリザがパパのことを好きなら、やっぱ離れるのが寂しいのかなぁと思って」

「……好きか嫌いかで言うと、もちろん好きよ。そうでなかったら、もっと事務的に接していたわ」

「あ、やっぱそう? じゃあ、パパと離れるのは寂しい?」

「もちろん寂しいし、カイリーやロスにおはようのキスができなくなるのも寂しいわ。でも、アーティはいつでも会いに来てくれればいいと言ってくれたの。だから、離れるのが嫌とは思わないわ」


 落ち着いて聞こえるようになるべく一言一言ゆっくり話したからか、カイリーは「そういうもんかぁ」と納得したようだ。

 彼女の言う「好き」に深い意味はなかったようで、リザはカイリーにばれないようにそっと緊張の息を吐き出した。


(……びっくりした。恋愛のあれこれについて聞かれたのかと思ったわ)


 カイリーはアーチボルドのことを父親として慕うと決めたようだが、そんな大好きな父親に好意を抱く女が現れたらおもしろくはないだろう。


 リザは確かにアーチボルドのことを好意的に捉えているが、それが恋愛云々の方の「好き」なのかと聞かれると困るし……かといってカイリーの質問で動揺したのは事実である。


 だが、カイリーやロスに嫌われるのは何よりも辛い。

 だからカイリーの質問に深い意味がないようでほっとして、リザはカイリーの髪を拭く作業に戻ったのだった。

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