23 自治区からのたより②
その日の夜。
「ぎゃははは! なにこれぇ!?」
「私も、噴き出さないようにするので精一杯だったわ……」
「すごーい! こんなんだれも、パパだとわからないよ!」
夕食の後の食堂は、にぎやかだった。
それは、テーブルの上に置かれた紙が原因だ。
これは昼間に訪問してきた商人の青年が置いていった、アーチボルドの指名手配書だ。
リザが食い入るように見ているからか、何か勘違いしたらしい青年は「なんともおぞましい見た目ですよね! もし必要ならお譲りしますよ」と言うので、ありがたく受け取っておいた。
……だがここに描かれているのは、本物のアーチボルドとは似ても似つかぬものだった。
大型肉食獣のようなもっさりとした髪と髭に、やたら目つきの悪い目元。髭の隙間から見える唇の端は急な角度でひん曲がっており、殺人鬼というよりもはや野獣だ。
「自治区のお偉いさんたちは、こんなのでパパが見つかると思ってんのか!?」
「逆に、これによく似た別の人が捕まってしまいそうね」
「でもこれなら、パパはつかまらなくていいね」
ロスが言うので、笑いすぎて涙の出てきた目元を拳で拭ったカイリーが大きくうなずいた。
「ああ! 髭を剃ったすぐ後は違和感しかなかったけど、今はあれが格好いいって思うし手配書と全然似てないしで、いいことばっかりだったな!」
(……確かに、名前は違うし人相書きはこれだけ似ていないしで、アーティたちにとってはありがたいばかりね)
ファウルズの町で暮らすようになってからも、いつアーチボルドたちの顔を知っている者が現れるか、とひやひやしていた。だが世間に広まっている人相書きがこれなら、問題ないだろう。
……アーチボルドは雇い主の商人夫妻を殺した凶悪犯罪者としてマレー自治区では扱われているようだが、彼には彼の信念があって起こした事件であり、彼によって助けられたロスはこうして健康的に育っている。
(世界中の人に、アーティの真意を知ってもらうことはできないわ。……でもせめて、三人がこの町で穏やかな生活を送れるのなら)
それはリザにとっても、嬉しいことだった。
そうこうしていると、玄関の方で物音がした。
間もなく食堂のドアが開き、仕事から帰ってきたアーチボルドが顔を覗かせる。
「ただいま戻った」
「おかえりなさい」
「おう、おかえりパパ――」
カイリーとロスはアーチボルドの顔を見て、そしてブハッと噴き出した。
自分の顔を見るなり養い子二人が噴き出して床を転がり回りながら笑いだしたため、アーチボルドは怪訝を通り越してやや戸惑いがちに視線をさまよわせている。
「……おまえたち、一体何なんだ?」
「これが原因ですよ」
リザも笑いたい気持ちを堪えて手配書をアーチボルドに見せると、彼の青色の瞳が人相書きとその文面を追い、「……そういうことか」と脱力した。
「だからといって、仮にも父親の顔を見て爆笑するのはどうなんだ。……おい、いい子にしていないと、指名手配犯バードがやってくるぞ?」
そう言いながら太い両腕でがしっとカイリーとロスを抱きしめると、二人はきゃあきゃあ叫びながらも大喜びでアーチボルドに抱きついた。
そのまま二人はアーチボルドによって子ども部屋に連行され、しばらくして戻ってきた彼はやれやれと肩をすくめた。
「……なんだかとても疲れた」
「お疲れ様です。もうすぐスープが温まるので、少し待っていてくださいね」
「ああ、ありがとう。……おまえの料理はどれもうまいが、やんちゃな子どもたちの相手をした後に食べるおまえのスープはきっと、骨の髄まで染み渡るほど美味だろうな」
「そうだと嬉しいです」
アーチボルドに料理の腕前を褒められたのが嬉しくて、少しどきっとしつつも大人の反応をしたリザは、火に掛けたスープ入りの鍋をかき混ぜた。
神学校で料理の授業をきちんと受けていてよかった、とこっそりと思いながら。
スープが温まったら干し肉も追加して、大きな皿によそう。
アーチボルドは「本当にありがたい」と丁寧に礼を言って、大匙を持って威勢よくスープをかっ込んだ。上品な食べ方とは言えないが、とてもおいしそうに食べてくれるのだからリザは十分嬉しい。
「……それで? リザはこの指名手配書をどこで手に入れたんだ?」
スープの後にパンを食べていたアーチボルドに聞かれたのでリザが昼間のことを話すと、彼は「……商人か」とつぶやいた。
「おまえの話を聞く限り、その商人の男はそれほど警戒するべき対象ではなさそうだ。そいつはもう、帰ったんだな?」
「はい。昼食だけファウルズの町のお店で食べてからすぐに出発して、今日の宿は別の宿場町で取る予定だと言っていました」
「俺としてもありがたいな。……最初は髭のない自分の顔に違和感しかなかったが、今ではもう生やすことのメリットの方が考えられない。面倒ではあるが、これからも毎朝剃ろう」
「そうした方がよさそうですね」
リザとしても、初対面のときの山賊のような髭面より今のすっきりとしたあごのラインが見える方が清潔感があるし格好いいと思うので、同意しておいた。
(……そういえば)
「この手配書にも書かれているのですが、アーティの出身地はゲレイツ地方というのですね」
「……ああ」
何気なく話題として振ったつもりだったが、途端にアーチボルドの声のトーンが下がったため、ひやりとしてしまった。
(……あっ、これは振ってはいけない話題だったのね)
だがリザが慌てていると気づいたのか、顔を上げたアーチボルドは緩く首を横に振った。
「別に、知られたくなかったわけではない。そもそもおまえは自治区の者ではないし、ゲレイツ地方がどういう場所なのかも知らなかったのだろう?」
「……でも、もし気に障ったのでしたら――」
「いいんだ。……手配書に書かれているとおり、俺の出身はマレー自治区のゲレイツ地方というところだ。自治区にも様々な地域があるが、ゲレイツは――貧困と治安の悪さで有名な場所だ。少しでも良識がある者ならまず近づこうとしないところだ」
「……」
「俺はそんなゲレイツ地方にある、不仲な貧困夫婦の長男として生まれた」
そう言うアーチボルドの瞳の青は、とうの昔に過ぎ去った世界を映しているかのように、どこか虚ろだった。




