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22 自治区からのたより①

 四人生活が始まって三ヶ月経ち、もうすぐ冬を迎えようとしているある日。

 リザが礼拝室横の小部屋で正教会本部に提出する報告書を書いていると、ばたばたと二人分の足音が近づいてきた。


「リザ、リザ! そこにいるか?」

「はいはい、リザはここですよ、元気な天使たち」


 リザがペンを置いて椅子から立ち上がると、小部屋のドアが開いた。

 そこにいるカイリーとロスは、全力でここまで走ってきたようで息を切らし頬を真っ赤に染めている。二人には、庭の花の水やりを任せていたはずだ。


「教会の前に、馬車が停まっている。旅人だ」

「あら、そうなのね。巡礼者かしら」

「……いや、あれは行商人の馬車だ。それも、マレー自治区の」


 カイリーが言葉を濁しつつ言ったので、リザははっとした。


「マレー自治区の……? それは本当に?」

「マレー自治区の行商人が使う馬車は、形が独特なんだ。昔何度も見ていたから、間違いない」

「……念のために、カイリーとロスは部屋にいてくれる?」

「ああ、あたしもそうしてもらおうって思っていたんだ」


 彼女はロスを見て、「ロスも、分かっているな?」と問うた。

 幼いロスだが「マレー自治区から来た人が教会に来る」ことの意味は分かっているようで、唇を引き結んでうなずいた。しっかりした様子だが、彼の小さな手はカイリーの上着の裾をぎゅっと握っている。


 アーチボルドも含めた三人はマレー自治区出身で、故郷にあまりいい思い出がない。

 孤児のカイリーはもちろんのこと、ロスは行商人だった両親に虐待されていたところをアーチボルドに助けられたという経緯がある。まだ五つにもならない年齢の彼だが、今教会に来た行商人が両親の知り合いだという可能性もなきにしもあらずだ。


 リザはカイリーとロスを部屋に上がらせ、念のために私室に繋がる廊下の鍵も掛けてから、礼拝室に向かった。

 客人もちょうどやってきており、人のよさそうな若い男性商人はリザを見て、「どうも」と愛想よく笑った。


「ごきげんよう、神官様。僕はマレー自治区から来た商人です。異国人ですが、神に祈りを捧げてもよろしいでしょうか」

「もちろんです。ごゆっくりお過ごしくださいませ」


 形式どおりに答えてから、リザは神像の前で祈りを捧げる青年の後ろ姿をじっと観察する。


 マレー自治区は貧困層が多く、豊かな暮らしができているのはほんの一握りだけだ。

 その中でも商人は比較的生活にゆとりがあって学もあるため、自治区である程度の金を稼げたら、資金を元手に新天地で商売を行う者も少なくないとか。


(優秀な人材ほど、国外に逃げていく。……マレー自治区の未来は、明るいとは言えないわね)


 そう考えると、いろいろあったにしてもアーチボルドたちがマレー自治区を出て比較的文明が栄えているシェリダン王国に来たのはよかったことなのかもしれないと思えた。


 青年はかなり長い時間を掛けて祈りを捧げてから立ち上がり、リザを振り返り見て愛想よく笑った。


「どうもありがとうございました。こちらの教会は、神官様お一人で経営を?」

「はい。何分小さな教会でして、私一人でも十分事足りております」

「なるほど。それは平和の証しでもありますし、よいことですね。……僕の故郷はお世辞にもよい環境とは言えなくて、シェリダンに来てからその治安のよさに驚かされっぱなしです」


 青年はぺらぺらとしゃべる。

 礼拝客は祈祷を済ませるとさっさと帰る者からリザとおしゃべりをしたがる者まで、様々だ。人に寄り添うことをよしとする教えであるため、リザは会話をしたがる客の話には耳を傾けるようにしているし、旅人の話を聞くのは好きなのでわりと喜んでおしゃべりに付き合っていた。


「私も、シェリダンの治安のよさには感服しております」

「おや、その言い方だと神官様もよその国出身なのですね」

「私はゲルド王国で生まれ育ちました」

「ああ、なるほど! ずいぶん洗練された神官様だと思いきや、流行最先端のゲルド王国からお越しでしたか! ……ついでにこちらで商売でもしようと思ったのですが、都会からお越しの神官様のお眼鏡にはかなわないでしょうね」

「そんなことはありませんよ」


 リザは言うが、実際彼女は価値のあるなしにかかわらず商人が持ってくる珍しい品々に興味があった。

 むしろ、高値だというだけで皆が大金をはたいて購入しようとする貴金属などより、何に使うか分からない道具や温かみのある民芸品などを見る方が好きだった。


 そういうことなので、せっかくだから青年が持ってきた品々を見せてもらうことにした。だが彼の商品の大半は馬車に積んでいるそうなので、今リュックサックの中に入っていたマレー自治区で作られた織物や陶磁器などを見せてもらったのだが――


「……あら、これは?」

「あ、ああ、いえ、それは神官様にお見せするようなものでは……いや、念のために知っておいていただいた方がいいかもしれないな」


 青年のリュックサックに丸めた紙のようなものが入っていたのでリザが問うと、最初は紙を引っ込めようとした青年だが途中で思い直した様子で、それを引き出した。


「ご存じのとおり、マレー自治区は物騒なところです。だから僕のような行商人も、安全に旅ができるように護衛を雇ったりします。……とんでもない犯罪者に出くわすこともあり得ますからね」

「まあ……」

「これは、最近自治区の指導団体から発行された指名手配書です。僕たち商人の間でも恐れられている、『殺人鬼バード』の手配書で……」

「……何ですって?」


 最初はふんふんと話を聞いていたリザはつい、過剰に反応してしまった。


 バード。

 その名前に馴染みはないが、聞き覚えはある。


(それって、アーティの自治区での活動名だわ!)


 彼はアーチボルドという本名の愛称の一つであるバードの名で、賞金稼ぎの傭兵として生計を立てていたという。

 だから、ロスの両親を殺した際に指名手配されたとしても名前はバードだろうから、もう一つの愛称のアーティと呼んでくれとリザにも言ったのだ。


 リザが大きな反応を見せたことにどう思ったのか、青年は真面目な顔でうなずいた。


「恐ろしい男ですよね。まさかシェリダン王国にまでは来ないと思いますが、女性一人で暮らしているのなら用心に越したことはありません。念のために人相書きを見ておきますか?」

「もちろん!」


 リザが食い気味で応じると、青年は丸めていた紙を広げ、「この男ですよ」と、人相書きを指で示した――

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