21 子どもたちの成長
カイリーがアーチボルドと「約束」をした日から、彼女は変わった。
相変わらずアーチボルドのことを慕っている雰囲気ではあるが、やたらめったらべたべたしたり甘えたりはしなくなった。
その日の気分によってズボンを穿いたりスカートを穿いたりして、一人称を「あたし」に変えつつ、基本的な口調は元のままというしゃべり方をするようになった。
(アーティとのことで、すっきりしたからなのかしら)
側で彼女のことを見守るリザは、そう予想している。
おそらくだが、カイリーは本気でアーチボルドと結婚するつもりではなかったのではないか。
もちろんあのときは本当に結婚したいと思っていたのかもしれないが、それはあくまでもアーチボルドと一緒にいるために彼女が考えた手段であり、男女の愛だの恋だのまで考えていた様子はなかった。
なお、嫉妬したカイリーによって壊されてしまったアーチボルドからの贈り物の髪飾りは、カイリーが責任を持って修理すると言っていた。
クリップの部分が外れているし金具も曲がっているので本職に任せればいいとリザやアーチボルドは言ったのだが、「これがけじめってもんだよ」とカイリーは言い張り、「壊してごめんなさい」と素直に謝ってきた。
今、カイリーはロスと一緒に礼拝客のお見送りをしている。
きちんと頭を下げて見送るカイリーを見て、初老の夫婦は「すっかりいい子になったな」「お見送りができて偉いわ」と言っている。カイリーもまんざらでもないようで、リザのもとに来た彼女は自慢げに胸を張った。
「どうだ。あたし、ちゃんとお見送りができただろう」
「ええ、褒めてもらえていたわね」
「リザ、ぼくは?」
「ロスもきちんとできていたわ。……さあ、さっきのご夫婦が差し入れに持ってきてくださったお菓子があるから、一緒に食べましょうか」
「おう、もちろんだ! あっ、茶はあたしが淹れるからな!」
「カイリー、ぼくのはあまくしてね」
「分かってるって」
カイリーは歯を見せて笑い、ロスに「調理場まで競争だ!」と言って走り出した。
慌ててついてくるロスに「年下だからって容赦しねえぞ!」なんて言っているが、彼女のことだから幼いロスのために少しは手加減してあげるのだろうとリザは分かっていた。
礼拝室の片付けをしてからリザが遅れて調理場に行くと、キッチンの前に踏み台を置いてその上でお茶の仕度をするカイリーと、その周りでちょこまかするロスの姿があった。
「カイリー、ぼくもおてつだいしたい!」
「だめだめ、おまえにはまだ早い。うっかりポットに触ってみろ。両手の皮膚がべろんべろんになるくらい熱くて痛い思いをするんだぜぇ!」
「そ、そんなのおどしにきまってる!」
ロスは強気に言い返すが、彼がカイリーに隠れて自分の両手をちらっと見て、少し体を震わせたのをリザは見逃さなかった。
「はいはい、お菓子も到着したわよ。ロスはこのお菓子を、食堂まで運んでくれる?」
「うん、やる!」
仕事をもらえて嬉しいらしいロスに老夫婦からもらったクッキー入りの籠を渡し、彼がてちてちと食堂に歩いていくのを見守る。
(……カイリーもだけど、ロスも成長しているわね)
元々年齢のわりにしっかりしている子だったが、ここに来たばかりの彼はおとなしくて周りの空気を読みすぎているきらいがあった。
だが今はそれなりに自己主張して、先ほどのようにカイリーのからかいにムキになって言い返す姿も見られるようになった。
そういう変化を見られるのは、リザとしても嬉しいことだった。
「……なぁんだよ。ママみたいな顔でロスのことを見やがって」
からかうような声に振り向くと、腰に手を当てたカイリーと視線が合った。
彼女はティーポットに茶葉を入れ、リザを見てにやりと笑った。
「ロスもアーティのことをパパって呼ぶようになったし、いつかおまえのこともママって呼ぶかもな」
「あら、もしそうなったらやんわりと止めないといけないわね。私はあなたたちの同居人であって、ママではないもの」
リザが余裕の笑みを浮かべて言い返すと、カイリーは「つまんねぇの」とティーポットに視線を戻した。動揺するリザを見たかったのだろうが、これくらいのことで動じるほどリザは若くはない。
(以前のカイリーだったらむしろ、「おまえなんかママじゃない!」って言ってきそうなものだけど……)
結婚などしなくてもアーチボルドと一緒にいられると分かったからか、彼女はずいぶんとたくましくなったようだ。
「本当にいい子になったわね、カイリー」
先ほどの老婦人の言葉を思い出してそう呼びかけると、カイリーは「そりゃそうだろ」と自信たっぷりに言った。
「なんてったってパパは、いい子なあたしが大好きなんだからな」
「さすがの貫禄ね」
「おうおう、もっと褒めてくれていいぞ。おまえなら許す」
「本当に何様なのかしら」
ふふ、と笑ってやると、カイリーもけらけら笑ってからティーポットを手に台から下りた。
「よっしゃ、カイリースペシャルドリンクの完成だ」
「お茶を淹れるのもずいぶん慣れてきたわね」
「パパに最高の茶を淹れてやるのが目標なんだ。あいつ、あたしが作る食べ物は粘土製、飲み物は泥水の方がましって言いやがるんだ! いつかあたしの最高傑作で『どうもすみませんでした、カイリー様』って言わせてやるんだ!」
「それじゃあここにいる間に、料理の練習をしてもいいかもしれないわね」
戻ってきたロスにお菓子を載せる用の皿を渡したリザが言うと、カイリーは「料理か……」とつぶやいた。
「確かに、この町で暮らすんだったら料理もできた方がいいよな。これまでは焼いた肉がほとんどだったけど。なあ、リザは料理が得意だよな?」
「レシピがあって、ものすごく難しいものでなければ、たいていのものは作れるわ」
「じゃあ、いろいろ教えてくれよ! 一緒に特訓して、パパをぎゃふんと言わせてやろうぜ!」
それは少し本来の趣旨から外れている気がしなくもないが、カイリーが楽しそうなのでまあいいか、とリザは微笑んだのだった。




