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18 怒りのわけ

 ロスが示したのは物置のある方向で、まさかこんな場所に……と思ったがはたして、銀髪の少女の姿が物置の陰にあった。膝を抱えて丸くなっており、しゃくり上げる音が聞こえる。


 リザは、アーチボルドと視線を交わす。彼が自分の方を親指で指したのでうなずくと、アーチボルドはわざとらしく足下の土を踏みしめる音を立てながらカイリーの方へ向かった。


「カイリー、ここにいたのか」

「アーティ……」

「リザもいる」

「……怒ってる?」


 震える声で問われて、アーチボルドはその場に片膝を突いてしゃがんだ。


「先ほどはかっとしてしまったが、今は落ち着いている。だが、おまえの話の内容によってはまた怒るかもしれない」

「……」

「なぜ、あんなことをした。俺はおまえに、たとえ気に入らないことがあったとしても他人に暴力を振るってはいけないと教えたはずだ。ましてや、相手はおまえが普段から世話になっているし体も小さな、リザだ」


 別にリザは小柄ではないのだが、アーチボルドからすると十分小さくて守られるべき存在なのだろう。

 そんなリザが突き飛ばされたということで、アーチボルドはいっそう怒っているのかもしれない。


 リザが黙って様子を見ていると、カイリーが少し頭を動かしたようだ。


「……嫌だった」

「何がだ」

「アーティが、いなくなると思って。おれやロスより、リザを選ぶんだと思って」

「何を言って――」

「おれは! おれは十六歳になったら、アーティと結婚したいって思ったのに!」


 叫ぶようなその言葉に、アーチボルドは絶句したようだ。

 むしろ、傍らで聞いているリザの方が落ち着いていたかもしれない。


(……これが、カイリーの「違和感」だったのね)


 ほぼ答え合わせができたリザは小さく息を吐き出し、アーチボルドの隣に並んで同じように身をかがめた。


「どうしてカイリーは、アーティと結婚したいの?」

「だってそうしないと、おれはアーティと一緒にいられないんだろ? またいつか、おれを置いていなくなろうとするんだろ!?」


 カイリーの慟哭に、アーチボルドも彼女の気持ちに気づいた様子だ。青色の目を見開き、そして悲しげに口元を歪める。


「……おまえ、あのとき俺がおまえたちをここに置いていこうとしたことを、ずっと恨んでいるのか」

「う、恨んではないよ。仕方ないって、分かってた。それに、アーティは約束を破らないって分かってる。……でも、いつかアーティはおれたちより、リザの方を大切にするんじゃないかって思うと……そうしたら、また捨てられるかもしれないから……」


 この言葉には、リザも胸が痛くなってきた。


 カイリーは二ヶ月前に一度、アーチボルドに置いていかれそうになった。それは、カイリーやロスの身を守るためであると彼女だって分かっているだろう。

 それでもカイリーは、もう二度と捨てられたくない、アーチボルドと離れたくないと思った。


 ……そうして自分が女であるということを意識した彼女は、ひらめいた。

 アーチボルドと正式な親子になったわけではないのだから、成人の十六歳になったら彼と結婚できる。そうすれば、ずっと一緒にいられるのだと。


 だから彼女は、女らしくなろうとした。

 スカートを穿き、化粧道具をくすねようとして、言葉遣いを直そうとした。


 アーチボルドに、女として見てもらうために。


 ちらと隣を見ると、アーチボルドは難しい顔をしていた。

 彼は養い子がそのようなことを考えているとは思いも寄らなかったようで、かなり沈黙した末に口を開いた。


「……カイリー」

「……」

「おまえの言いたいことや行動理由は、分かった。だが俺は何があろうと、おまえと結婚することはできない」

「なんでっ……!?」


 涙で濡れた顔で詰め寄るカイリーをなだめ、アーチボルドは静かに言う。


「二年前……おまえと出会い、おまえから助けを求められたあの日から、俺はこの子の面倒を見ようと決めた。おまえが大人になり、独り立ちできるようになるまで、親代わりとして守り支える。そう決めたんだ」

「でも、だったら……」

「だからこそ、だ。二年前に自分に誓ったからこそ、俺はおまえがなんと言おうと結婚することはできないし、しようとも思わない。……してはならないんだ」


 それは、静かで優しく……どこまでも正しい拒絶だった。


 アーチボルドはカイリーが自立できるようになるまでは育てると、自分に誓った。

 もしカイリーの押しに負けて結婚すれば、親代わりとして彼女の面倒を見るという決心をないがしろにすることになる。ましてや、「離れたくないから」という理由でカイリーと結婚するわけにはいかないのだ。


 アーチボルドにはっきりと拒絶されたからか、カイリーの灰色の目に強い悲しみの色が浮かんだ。

 ぽろぽろと溢れ落ちる涙をそのままに嗚咽を上げるカイリーに、リザはそっとにじり寄った。


「ねえ、カイリー。私は、結婚が全てではないと思うの」

「っ、うるさい……!」

「あなたが大好きなアーチボルドは、あなたを簡単に捨てるような人なの? 違うでしょう? ……この前だって、あなたやロスのことが大切だから、守りたいから、ここに置いていこうとした。それは賢いあなたなら、分かっているわよね?」

「……うるさいっ! 何も、何も苦労したことのないおまえなんかに、説教されたくない……!」

「カイリー――」

「カイリー。実は私も、結婚すれば全てが丸く収まると思っていた。……でもそうじゃないと、二年前に気づいたの」


 リザはそっと、カイリーの銀髪を撫でた。


「私は二年前に、結婚を考えていた人と破局を迎えたの」

「えっ?」

「えっ?」


 音域の異なる二人分の声が、きれいに重なった。片方は言わずもがなカイリーで、もう片方はアーチボルドだ。


 カイリーが顔を上げたため、リザは彼女の目を見つめて柔く微笑んだ。


「この人となら、幸せになれるかもしれないと思った。結婚すれば、全てがうまくいくかもしれないと思った。……でもそうではないと、気づいたの」

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