17 砕けたものは②
「……何やってるんだ!」
いきなり響いた怒声に、小さくどころか大きく身を揺らしてしまった。
振り返ると、部屋の入り口にカイリーが立っていた。
プランターの植え替え作業を終えたばかりだからか両手や服に泥を付けた彼女は顔を怒りで歪め、ずかずかとこちらにやってきた。そしてアーチボルドの手にある髪飾りを見て目を見開き、ぎりっと歯を噛みしめる。
「リザ、おまえ……」
「落ち着いて、カイ――」
「アーティに色目を使うなっ!」
いきなりどんっと胸を押されて、思いがけず強い力だったためにリザは足を滑らせて床に尻餅をついてしまった。
「いっ……」
「リザ!」
アーチボルドは髪飾りをテーブルに置いてすぐにリザの前にしゃがみ、背中を支えるように体を起こしてくれた。
だがカイリーはリザを突き飛ばすのみに留まらず、テーブルにある髪飾りをひっつかんで床に叩きつけた。
――パキ、という悲痛な音は、髪飾りとリザの胸の両方から響いた。
「あ……」
「カイリー!」
リザの背中に手のひらを添えたまま、振り返ったアーチボルドが怒鳴る。
それは以前カイリーが叱られたときとは比べものにならない声量で、カイリーだけでなくリザもびくっと身を震わせてしまった。
「おまえは、何ということを……!」
「だって! そいつがいるから……そいつが悪いんだ!」
「ふざけるな! それがリザに対してきいていい口か!? リザに暴力を振るって許されるとでも思うのか!?」
アーチボルドが一切引かずに叱るが、カイリーもまた折れることなくアーチボルドに近づき、肩を掴んだ。
「リザが悪いんだ! 邪魔なんだよ! あいつが、あいつさえいなければ、おれがアーティの一番になれるのに……ずっと一緒にいられるのに……!」
「馬鹿なことを言うな!」
アーチボルドが一喝すると、カイリーは両目からぼろぼろと涙をこぼしながら後退し、脱兎のごとく逃げだしてしまった。
「カイリー!」
「待て、リザ。……おまえは、突き飛ばされただろう。起き上がってはならない」
「これくらい平気よ……あっ」
無理を押して立ち上がったリザだが、先ほどカイリーによって壊された髪飾りの残骸が目に入り、くらっとしてしまった。
すかさずアーチボルドがリザの腰を支えて、椅子に座らせてくれた。
彼は壊れてしまった髪飾りを拾い上げてため息をつくと、元々入っていた袋に戻した。
「……今度、新しいものを買ってくる。それから、俺はカイリーを探してくるから、おまえはここで待っていてくれ。あいつがわけの分からないことばかり言って、本当に申し訳ない……」
「謝らないでください」
リザはそう言いながら、心の奥底で少しずつ「違和感」の正体に気づきつつあった。
アーチボルドは全く分かっていないようだが、ここ最近のカイリーの変化は、もしかすると――
「……アーティ、リザ?」
か細い声がした。部屋の入り口にはロスがおり、困ったように目線をさまよわせている。
「カイリー、でていっちゃった。ないていたけど……また、わるいことしたの?」
「……それは、分からない。カイリーから話を聞かなければならないと思っている」
幾分冷静になった様子のアーチボルドが言うと、ロスはうなずいた。
「カイリー、つらそうなかおをしてた。きっと、あっちでないているとおもう」
「あっち?」
「カイリーはひとりになりたいとき、いつもあっちにいるの」
そう言ってロスが示すのは、教会の裏手の方。建物の北側ゆえに一日のほとんどが日陰になるため、物置くらいしかない場所だ。
ロスの言葉を聞いたアーチボルドはうなずき、上着の襟元を直した。
「……あいつを探しに行ってくる。リザ、おまえは――」
「私も行きます。さっきのは、少しあざになったかもしれないけれど立てないほどではないので」
「……分かった。ロスは、手を洗ってから部屋で待っていてくれ。できるな?」
「うん」
聞き分けのいいロスに心の中で礼を言い、アーチボルドの手を借りて立ち上がったリザは彼と一緒に、教会を出た。




