第66話 死にたくなかったんだよね
「ねえヤッちゃんって生まれはど田舎なんでしょ? 守門村って山の中だもんね」
「そうなの! もうね、冬になると全部雪で埋まって……。守門の人ってみんないい人だから大好きなんだけど、あの雪だけはうんざりするの! こういう服買う店もないしさー。あれ? 守門……スモン? スモンって……なんだっけ」
零那と羽衣は顔を見合わせる。
もともと、ヤミは自分が探索者だった、ということ以外、すべての記憶を失っていた。
出身地どころか名前すらも覚えていなかったのである。
しかし、会話の中で今自然と村の名前を口に出していた。
今の一瞬、ヤミの記憶がほんの少しだけ蘇ったのだ。
思い出そうと意識しているときはまったく思い出せなかったのに。
ふとした瞬間に記憶が口をついて出てきたのだ。
名前すら思い出せなかったのに、故郷の村の名前は憶えていた。
故郷の力ってすごいな、と零那は思った。
自分が生まれ育った出羽三山の威容を思い浮かべる。
お父さんとお母さん、元気かな……。
ケンカして出てきちゃったからな……。
いや、今はそんなことを考えている時ではない。
これで彼女がコメント欄で視聴者が言っていた子であるのがほぼ間違いないことがわかった。
突然考え込んだ零那を、編み込みツインテールの幽霊が不思議そうな顔で見つめてきている。
――この子にも、ご両親がいるはずなのよね……。
もう死んでしまった少女の家族のことを思い、少し胸が痛んだ。
零那は言葉を続ける。
「まあそれはいいわ。で、あのね、その呪い……この二人も受けているの。でも、今わかったんだけど、ヤッちゃんの協力があれば、もしかしたら呪いを解けるかもしれないのよ」
「え、どういうこと?」
「ヤッちゃんはね、今、……すごく、特殊な状況にいるの。ヤッちゃんが受けた呪いと、この二人が受けた呪いは同じものだけど、でも違う。ヤッちゃんの受けた呪いは今すごく進行している」
「え、やだ!」
身をすくめて叫ぶヤミ。
落ち着かせるように零那はゆっくりとしゃべる。
「でもね、だからこそ、呪いを与えた存在と一体化しているのよ。ってことは、ヤッちゃんにかけられた呪いの力の根源とヤッちゃんは今つながっているの。ってことはそれをたどれば……たどりつける。黒幕に」
実は、その点は気がかりだったのだ。
呪いの元となっている悪い神様が地下深くにいるとして、ヒーバーの話だと地下十五階から二十階のあいだだろう、という予想だったが、範囲が広すぎるし、そもそも予想にすぎない。
実際にはどこにいるのか、今のところはまったくわからないのだ。
同じ階層までたどりつければ、零那の霊力で探知できるだろうが、そもそもその階層がどこなのかわからない状態で探索するのは難易度が高かった。
自分たちがどこを目指しているのかもはっきりせぬまま、おそらくいるだろう悪い神様を探してダンジョンの下層をさまようのは、どう考えても危険なことだった。
ヤミは、幽霊なのに不安で顔を青白くさせながら聞いてくる。
「呪いってどうなるの……? さっき死ぬとか言ってなかった……?」
「うん、そのままだと死ぬ」
「やだ! 死にたくない!」
そのセリフを聞いた途端、零那も羽衣も虹子もトメも一瞬ヤミから目をそらした。
――そうだよね、死にたくないよね、死にたくなかったんだよね……。
零那は胸が痛むのを感じながら、大きく息を吐いてから続けた。
「でも、ヤッちゃんのおかげで、黒幕の居場所を探し当てることができるわ。……うん、決めた。ヤッちゃんと出会えたのは神様と仏様がくれたチャンスだと思う。神仏がチャンスをくれたのだもの、私はやるわ。虹子さん、トメさん。私はあなたたちを救う」
それを聞いてトメが目を細めた。
「いいのか? 地下二十階だぞ? お前も、妹も、死ぬかもしれない」
「死なないわ。だって神仏がチャンスをくれたのだもの。それは神仏が私ならできると思ってくださったチャンスよ。山伏として、絶対にやりとげられると思うわ。いえ、絶対にやりとげてみせる」
神仏の助けがなかったとしても、零那は友人を救いたかった。
困っている人を見捨てるなど、山伏としてそんな教育は受けていなかった。
だから内心、最下層への探索は最初から零那の中では決定事項のようなものだったのだ。
迷っていたのは羽衣を連れていくかどうか、くらいだった。
その上、ヤミとの出会いという機会を神仏が与えてくださったのだ。
地下二十階への挑戦をしない理由がなかった。
「あ、そうだ。虹子さん、あのコメントの人からDMきた?」
虹子は自分のスマホを取り出す。
「忘れてたよ。ええとね、ちょっと待ってね……。あ! DMきてた」
零那は虹子が持っているスマホをのぞき込む。
そこには。
ヤミの本名らしき名前が記してあった。




