第65話 おっぱい
ヤミは零那たち四人から距離をとり、部屋のすみっこで自分の身体を腕で抱きしめるようにしていた。
明らかな警戒の色を浮かべ、零那たちを睨んでいる。
ゴスロリ衣装に似合う、深くて濃い赤色のリップを塗っている。
「いやー、あはは、ごめんってば。ね?」
零那が優しく声をかける。
ヤミは綺麗に整えられた眉を吊り上げて、
「そんな猫なで声を出したって駄目! もう騙されないんだから!」
「いやほんとごめん! そんな怖がらせるつもりなかったのよ」
「嘘! そっちの人なんかすっごいいやらしい目をしてた!」
羽衣をビッと指さしてヤミが言う。
指さされた羽衣は、目をそらしつつ、
「いや、まあ、ほら、ヤミちゃんがかわいかったし……。もちろん、そんないやらしいことなんて考えてないよ!」
「嘘! だってあんな……私の胸を見る目が……すごく……えっちだった……」
羽衣もまだ16歳である。
視線がえっちなどと言われて恥ずかしかったのか、顔をパーッと真っ赤にすると、
「違う違う! ヤミちゃんのおっぱいが綺麗だなーって思っただけ!」
「ほらあ! いやらしい目で見てる!」
「違うってば! だってお姉ちゃんのおっぱい見てもなんにも思わないもん、私!」
「そりゃ姉妹ならそうでしょ!」
「ヤミちゃんのおっぱい見たら……すっごいドキドキして……」
「やっぱり! 変態変態変態変態! ぬーぶらで盛ってたのバレたし……うう……恥ずかしくて死にたい……」
今度はグスグスと泣き始めるヤミ。
まあ死んでるんだけどね、と零那は思ったがもちろん口には出さない。
ヤミの胸に刻まれた呪いの印は鮮やかな赤紫色。
呪いが完遂され、命を落とした死者の身体にしか浮かび上がらない色だった。
あの子の霊体、よほど強い念で構成されてるのね、と零那は思った。
ヤミは死んでいるとはいえ、動く死体ではない。
幽霊なのだ。
それなのに、呪いの印がしっかりと身体に刻まれている。
そのうえ、ぬーぶらまで具現化しているときた。
もともとよほどの霊力を持っていた人物だったのかもしれない。
と、そこで虹子が明るい声で言った。
「だいじょーぶだいじょーぶ! 女の子なんて盛ってナンボでしょ! 盛って盛って盛った結果かわいかったらそれがその子のかわいさなんだって! 胸をちょっと盛ったくらいで恥ずかしがることないよ、ヤミちゃんそれほとんどすっぴんでしょ? それなのにその派手なゴスロリに負けないビジュしてるもんね、すっごい美少女だよ、誇っていいよ!」
「え、ほんとに?」
「ほんとほんと! 最高にイケてるよ、ヤミちゃん!」
「そ、そうかな……」
「まじでまじで! ね、山田さんもそう思うでしょ?」
いきなり話を振られたトメも、ヤミをちらりと見て、
「幻影の掃除人と呼べ! ……まあ、そうだな……。正直、その服……黒くて、かっこいい……ちょっと興味が湧いたんだが……どこで買える?」
トメは黒づくめのニンジャ衣装だ。
ニンジャと呼ばれるスキル持ちだからといってそんな恰好する必然性はないのに。
もともとそういう恰好が好きなのだろう。
虹子はちょっと引いた表情でトメに言う。
「え……山田さんってゴス興味あるの?」
「……いやまあ、少し……。こいつを見て興味が湧いた。かっこいい」
それを聞いてヤミはパッと顔を明るくした。
「でしょでしょでしょ? 私もねー、産まれはど田舎だからさー。周りに同好の士がいなくて! おねーさん、人殺しのくせに趣味いいね!」
自分を人間だと思い込んでいるヤミは、除霊されかかったことを殺人未遂だと認識しているらしい。
「人殺しじゃない。だって、お前はもう……」
「ちょっと待って」
トメが言いかけるのを、零那は慌てて止める。
いつかは言わなければいけないことなのだろうが、なんとなくの流れで今まで言ってこなかった。
告知するにはもう少し時と場所を選びたい。
そしてもう一つ、今重要なワードをヤミが言ったのを聞き逃さなかった。
零那はなるべく優しく聞こえるように気を使いながら言った。




