第64話 幽霊少女を剥く
扉のすきまから、編み込みツインテールの少女がひょいと顔をのぞかせた。
「あのー、すみません。私、迷っちゃって……地上に戻りたいんですけど案内を……ってあれ? またあなたたち?」
「ヤッちゃんか……」
幽霊少女のヤミだった。
相変わらず綺麗な顔立ちをしている。
ゴスロリ服の彼女は、トテトテと部屋の中に入ってくると、
「ねー。いいかげん、地上に案内してよ! ほんとに私、帰りたいんだから! ん? 煙い! なんでこの部屋、こんなに煙が充満してるの!? 火事? 火事なの?」
「火事じゃなくて加持よ、加持祈祷」
「なんでこんなとこでそんなことしてんの?」
「あー……ちょっと、ね」
「あ! なんかごまかした! ねーねーねー! なんなの? なんなの? なんなの?」
零那の袖を引っ張りながら質問してくるヤミ。
まったくもう、めんどくさいわね、こんなときに。
零那は苦々しく思ったのでごまかすことにした。
「なんでもないわよ。気にしないでいいわ」
「えー? 教えてよ、教えて教えて教えて教えて!」
「なんでそんなに好奇心旺盛なのよ……。いまほんとにそれどころじゃないのに」
それを見てトメがクックック、と笑い始めた。
「おもしろいやつだ。まあ私もそのうちお前の仲間になるのかもな」
そして自分の襟首をひっぱって肌を露出させ、ヤミに見せる。
「見ろ。呪いだ。これを受けたらもう助かる道はない。今解呪してもらおうと思ったが、やはり難しいようだ。私もお前と同じ幽霊になって永遠にダンジョンの中をさまよってやることにするさ」
トメの言葉に、ヤミはほっぺたを膨らませて怒り始める。
「はー? 私、人間なんですけどー? 幽霊じゃないんですけどー? ってかなにそれ、死ぬ呪いなの? 怖っ」
そのとき、零那ふとあることに気が付いた。
「そういえばヤッちゃんにはこの印ないの?」
「はあ? 死ぬ呪いなんてあるわけないじゃない。なに言ってるの?」
「ほんとに? ちょっと見せてよ」
零那はヤミに近づくと、手を伸ばしてそのヒラヒラレースに彩られた襟口をつかむ。
「え? なに? ちょ、やめて!」
「いや、ちょっとチラッと覗くだけだから」
「いやーーー! やーめーてー!! 痴漢っ! 痴漢ですこの人! ちーかーん!」
ヤミは零那の手をふりほどこうとする。
だけどもちろん、零那の方が力が強い。
「うわ! なになに、怪力すぎぃ! ねえ、みんな助けて!」
それを聞いて、トメが頷いた。
「そうだな。助けるか」
虹子もうんうんと首を縦に振って、
「そうね、助けるよ」
そして二人同時にヤミを後ろから羽交い絞めにした。
「ぎゃーーーー!? ぎゃーーー!! きゃーーー!! たす、たすけ、たすけっ!」
目の端から涙の粒をビュッと出して羽衣の方を見るヤミ。
羽衣は、「はーー……」と大きなため息をつく。
そして、
「お姉ちゃん、虹子さん、トメさん。もっとやさしくしたげないと! かわいそうだよ! 手を離してあげて!」
と大声を出した。
零那は反射的にパッと手を離す。
「もー! お姉ちゃん、なにやってんの! ほんとに痴漢みたいだったよ! そんなことしちゃだめ!」
「うえーーん!」
泣きながら羽衣に抱き着くヤミ。
羽衣はヤミの背中を優しくなでながら、
「うんうん、怖かったね。ごめんね、私のお姉ちゃんが変なことして。ほら、もう泣かないで。こっち来て」
そして羽衣とヤミは二人並んでダンジョンの壁を背に体育座りで並んで座る。
「怖かったよー!」
「うんうん、ごめんね。無理やりは駄目だよね。で、ヤミちゃん、私もヤミちゃんにあの印があるか見たいんだけど……」
「ひぃっ!?」
ヤミは顔を引きつらせ、立ち上がって逃げようとするが、もちろん羽衣の方が素早い。
羽衣はあっという間にヤミを床に押さえつける。
「ひぃ~~~~~~~~~~」
「ヤミちゃんごめんね! ほら、お姉ちゃん! 早く剥いて!」
「む、剥くって羽衣、あんた……」
「でももし印がついていたら……! お姉ちゃんもわかるでしょ?」
「う、うん……」
ヤミはジタバタしようとしているが、羽衣に頭の方から両手を押さえられている。
右足と左足もそれぞれ虹子とトメが押さえる。
「いや~~~、なんか、ごめんね……。チラッと胸のとこだけ見るだけだから……」
「胸! 胸は駄目なの! お願い! や~め~て~!」
うーん、悪いことをしている気がするわね、と零那は思って、いやこれは明らかに悪いことだわ、と思い直した。
でも、確かに羽衣のいう通りだった。
もしヤミの胸に印があるのなら……。
虹子たちを救う大きな手掛かりになりそうだったのだ。
「ご、ごめんね!」
「お願い、やめて……やめ……」
ちなみに羽衣はヤミの泣き顔を凝視しながら、
「ふーふーふー!」
大きな鼻息を立てていた。
こいつ、もしや興奮してる? と零那は思ったが、いやいやまさか、こんな真面目でいつも優しい妹がいやがる女の子を見て変な気分になるわけないわよね、と自分に言い聞かせた。
「ふーふーふー!」
羽衣の目は血走っていた。
……見なかったことにしよう。
そう思いながら、零那はヤミのゴスロリ衣装の胸元をそおっとはだけさせた。
「…………ちょとごめんね…………」
ヤミはもう観念したのか、プルプルと身体を震わせているだけだ。
「はーはーはーはー」
羽衣の激しい吐息を聞きながら、零那は覗き込む。
そっと下着をずらす。
そこには、はっきりと円形の印があった。
それも、禍々しい鮮やかな赤紫色の印だった。
零那は知っていた。
これは、『完遂された呪い』の色だった。
つまり、死体でなければ見ることのできないはずの印。
やっぱり、と思って零那は黙り込む。
羽衣がヤミの胸を見ながら、ポツリと呟いた。
「でっかいぬーぶら……」
ヤミの目からツーっと涙がこぼれた。




