第62話 ブラジル
スマホを手に、絶句する零那。
スピーカーにしていたので、それを聞いた虹子とトメの顔もひきつる。
「待ってヒーバー、それどういうこと? そんな強い妖怪の仕業なの、これ?」
『零那、すっかり都会の言葉遣いになたのー』
「いやそんなのどうでもいいから!」
『あのの、それは妖怪の仕業でねーよ。それはマクンバで人間を人柱にするための印だぞ。人の仕業だ』
「マクンバ? なにそれ」
『知らねなが。ちゃんと世界の呪いを勉強しねば立派な山伏さならんねぞ』
いや、山伏になるのに世界の呪いを勉強する必要なんてあるのだろうか?
そう疑問に思いつつも、零那はさらに聞く。
「いいから。だから、マクンバってなによ」
『アフリカの呪術を起源とする南アメリカの呪法だ。ブラジルあたりで広まてんなんよ』
それを聞いて虹子が顔を上げた。
「ブラジル……まさか……」
零那もピンときた。
SS級探索者だという朱雀院彩華。
ブラジルに行っていたと言っていた。
あいつか!
でも、なんで?
なんでそんなことを?
意味が分からない。
そういえば、朱雀院彩華と握手したとき、なにか静電気のようなものを感じた。
その前にも彩華は虹子に抱き着いたりトメの手首を握ったりしていた。
「あのときか……。なんで……? 私と羽衣もあの人に触れたのに……」
『零那どか羽衣だば修行しったさげ、そっだ呪いは受げねんでろ。でも、普通の人だば一発だ』
「人柱ってどういうこと?」
『その印をつけられたものは、地上では生きていけなくなるんだ』
「はあ?」
『で、洞窟の中にいれば死なね。地上さずっといると呪いで死ぬ』
「解呪の方法は!?」
『洞窟の奥の奥に、悪い神様がいる。そいつをぶったおせばええんだが……。なにしろ神様だからな。零那でもかなわねがもしんね。諦めた方がええの』
「そんな……」
『その印がついていると地上では生活できね。だから、洞窟の中さ潜ってなければなんね。呪いを解こうとするならずっと深くへ行かなきゃいけない。そこを神様の手下に捕まって連れていかれて、神様がパクリと食べるわけだ。ま、一種の人柱だの』
「なんでそんなことを彩華さんが……?」
『そいつが呪いの印つけたんか? 理由はわがんね。神様に供物をささげて、なにかかなえてもらいたい願いでもあるのかもの』
と、突然、虹子がパッと起き上がった。
「あーもー! で、結局その神様を倒さなきゃいけないってわけ? じゃないと私たち、死ぬの? なに、朱雀院彩華のやつ、なんで私たちにそんなことを!?」
トメも起き上がりながら言った。
「ふん、虹子も私も日本に数少ないS級。そしてそこの山伏女と妹山伏は特SSS級とSSS級。自分のライバルになりそうなやつを消そうと思ったのかもしれないな」
そんな単純な理由でカメラの前で人に呪いをかけるなんてこと、やるだろうか、と零那は疑問に思う。
ほかになにか強い動機があるのかもしれない。
「いや、理由はどうでもいいわ。とにかく、その悪い神様を倒しちゃえばいいのね!? ヒーバー、もっといろいろ教えて!」
『いや、やめとけ。危険だ。友達なんだろうが、オレはひ孫に死んでもらいたくねえ』
「ヒーバーのひ孫は友達が死ぬのを黙って見ているなんてこと、しないわよ!」
『………………』
ヒーバーはしばらく黙っていたが、長い沈黙のあと、「はあ……」と大きく息をつくと、
『しょうがねのお』
と言った。
『準備がいるぞ。んだども、時間もそんなにねえ。その呪いの印を目指して神様の手下がどんどん襲ってくるようになるぞ。手に負えなくなる前に、神様をやっつけねばなんね。三日か、五日か……。長くても十日だの。それも、呪いを解くつもりなら、そいつらも連れていかねばならん』
「地下何階まで潜ればいい?」
『地下二十階ってところかもしんねの……オレも若いころだばそこまで潜ったことあるが……。そこまで行けば零那、お前なら気配で悪い神様の場所がわかるはずだ』
零那は虹子とトメを見る。
虹子は眉をひそめ、不安そうな顔だ。
トメは不機嫌そうな表情をしている。
友達といっても知り合ったばかり。
虹子はともかく、トメにいたっては友達と言っていいのかもわからない関係性である。
それなのに。
零那は以前、羽衣と一緒に山形の洞窟で地下十六階まで潜ったことがある。
正直、その時は死にかけた。
地下二十階だとしたら、まさに命がけとなる。
でも……。
放っといたら、この二人は死んでしまうのだ。
それに、零那一人だけで潜るならまだしも、この二人も連れて行かなければならないとなると、羽衣の助けもいる。
妹の命も危険にさらすことになる。
零那は痛いほどに自分の唇をかんだ。
そこに、トメが不機嫌そうな顔をくずさぬまま言った。
「別にいい。私たちのことは捨てればいいさ」




