第54話 くっさい
〈すげーー!〉
〈SSS級とS級をあっという間に倒した〉
〈ちょっとレベルが違うな〉
〈っていうか今なにがあったんだ〉
〈なんで姉妹で戦ったの?〉
〈わけがわからん〉
〈なんかういちゃんが突然れいなちゃんを攻撃し始めて、トメが乱入して……なんだったんだ〉
〈トメも強いと思ってたけど、れいなちゃんとはこんなに力量差があったんだな〉
〈山伏やべえわ〉
〈いやまじで今なにが起こったんだ〉
カメラには幽霊のヤミは映っていないので、配信を見ている視聴者は混乱しているようだった。
〈で、トメ、死んだ? 悲しい……〉
〈山伏がニンジャを殺した……〉
「殺してないわよ!」
零那はそう叫んで、倒れているトメの口の中に黒い塊を押し込む。
それはちょうどパチンコ玉くらいの大きさの粒。
「む……ぐぐぐぐ……ぐわっ! おえっ! にがっ!!! くさっ!」
トメは叫んで飛び上がるように起き上がった。
「な、な、なんだ? なにが……なんだこれ、ペッ、ペッ! 正露丸の十倍臭い!」
「起きたわね。心配しなくていいわ。それは山伏特別製の丸薬よ。気付けにはこれが一番」
「丸薬……。山伏の霊力がつまった回復薬……ってところか……敵に情けをかけるとは……しかしこの丸薬はまずい……おえっ」
ジロリと零那を睨むトメ。
零那はふっと笑って答えた。
「わざと苦くてくっさくしてあるの。そっちのが一気に目が覚めるでしょ?」
「苦すぎるだろう」
「一日は臭いとれないわよ。今日はもう人と会話するのはやめた方がいいわね。あと、今、トメさん私を敵っていったけど。あなたは敵じゃないわ」
「お前に攻撃したのにか?」
「ええ。だって、あなたには悪意はなかった。ただ、妖怪をやっつけようとしただけ……でしょ?」
「……ああ。……なぜお前はあのモンスターをかばう?」
トメは幽霊少女に目をやってそう言った。
「前にも言わなかったかしら? あの子を騙したヤツと虹子さんを騙したヤツが一緒かもしれないの。その手がかりが欲しいのよ。それだけじゃないわ。……あの子は、元人間だわ。きっと、他人には害をなさない」
それを聞いて、トメは何かを思い出しているような表情で、
「そう思ってると足元をすくわれるぞ……。モンスターなんて、人間とは別の価値観で動いているやつらだからな」
「モンスター……妖怪じゃ、ないわ……ただの幽霊よ……」
「ふん……。いつかお前も、わかるさ……」
その会話を聞いていたヤミはよくわかってない顔でポカーンとしている。
自分のことを話しているとは思っていないのだろう。
なにしろ、彼女は自分が生きている人間だと思い込んでいるのだ。
「妖怪? 幽霊? ここには私たちしかいないじゃない」
などと言っている。
「間抜け面しやがって……」
トメはそう呟くと、壊れて焦げ臭い煙を吐いている掃除機を眺め、
「300万円がパーだ……」
「300万円!?」
零那の額に冷や汗が流れた。
「え、あ、ごめんなさい、え、300万円? ええと、ごめんなさい、弁償、しなきゃ、駄目?」
こないだのフーバーキュイーンラッシュの勝ちでも全然足りない値段だ。
ウービーで稼ぐにしても、配達何回分かしら?
やばい、しばらくパチンコを打てないかもしれない……。
それは、いやだ。
「えーと、あのお……分割とか……? リボとかでなんとかならない?」
零那が恐る恐るそう聞くと、トメは笑って、
「ふふふ、戦った相手の武器をいちいち弁償してたら探索者なんてやってられないだろう。いいさ、予備はある」
「よかったぁ~~~。いやごめんなさいね、こんなに派手にぶっこわれるとは思ってなかったし……」
「それなりの容量はあったんだがな……。すさまじい魔法力だった。私もまだまだ修行が足りないみたいだな……ところで、そいつのことだが」
トメがヤミを指さして言う。
「ん? なに? 手は出させないわよ」
「もしかして、お前、まだそいつに教えてないのか? そいつ自身がすでに死……」
その時だった。
羽衣が叫んだ。
「お姉ちゃん! 向こうから何か来るよ!」
ふらつきながらも錫杖を構える羽衣。
「え、まじ?」
虹子も小銃を持ち直す。
といっても、その腰は引けている。
通路の向こうからやってきたのは、
「にじこぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーー!」
と叫びながら走ってくる、修道女姿の女性だった。
「え、なんで彩華さんが!?」
虹子は驚き、
「ちっ、朱雀院彩華か……」
トメはいまいましげに舌打ちをした。




