第53話 引きずり出す
零那は倒れている羽衣に駆け寄る。
血の気の失せた顔、でもしっかり呼吸はしている。
さすが私の妹ね、と零那は思った。
あの攻撃を食らっても気を失っているだけでどこもケガをしていないわ。
羽衣の口の端から頭を覗かせていたゲジゲジは、すでに口の中に引っ込んでいる。
「クーちゃん!」
零那は自分の孔雀を呼び寄せる。
羽衣が呼び出したアルフスはすでに消え去っている。
「にゃおー!」
クーは鳴き声を上げながら零那の頭の上に止まった。
「オン マユラ キランデイ ソワカ! クーちゃん、羽衣の口の中からあの虫を引きずり出して!」
「にゃお!」
クーは一度大きく羽ばたきすると、ピンク色の粒子を空気中に撒きながらふわっと浮き上がる。
零那は羽衣を仰向けにさせると、顎をもってクイッとあげた。
薄いピンク色の唇が目に入る。
口を開けさせる。
白い歯が見えた。
「クーちゃん!」
「にゃおーーー!」
羽衣の口の中にクーが飛び込んでいく。
クーの姿はすっかり羽衣の体内に入った。
「ウグッ! グァッ! ガァッ!」
羽衣が喉の奥から唸り声をあげながら四肢をばたつかせる。
「虹子さん! 足! 羽衣の足を押さえて!」
零那と虹子、二人係で羽衣の身体を押さえつけた。
「グウゥゥッ! グゥゥッ!」
羽衣の口からはクーの発したピンク色の光が粒子となってあふれている。
「ニャオ! ニャオー!」
クーがそのクチバシにゲジゲジを挟んで、羽衣の口から頭だけ出した。
だが、ゲジゲジに抵抗されてそれ以上出てこられないようだった。
「オン マユラ キランデイ ソワカ! 羽衣! 耐えて!」
零那は真言を唱えると、羽衣の両腕を自分の両手で押さえつけたまま、孔雀が頭を覗かせている羽衣の唇に自分の唇を合わせた。
そして、歯を使わずに唇だけで孔雀の頭をゲジゲジごとしっかり挟み込むと、
「むーーーーーー!」
と、思いっきり頭をのけぞらせる。
ズルズルッ! とクーの身体が羽衣の口から抜き出される。
「ミャオ!」
孔雀の身体が床に叩きつけられた。
そのクチバシから、全長30センチほどのゲジゲジが離れ、床を這って零那から逃れようとするが、
「ソワタヤ ウンタラタ カンマン!!」
不動明王の真言とともに零那がゲジゲジに向けて指差すと、人差し指から赤い炎がゴウッ! と噴き出てゲジゲジを包み込んだ。
「ギシャァ!」
ゲジゲジは燃えさかる炎になすすべなく、黒い炭となる。
「はあ、はあ、はあ……」
肩で大きく息をする零那。
息を整えるための時間も惜しくて、
「羽衣、羽衣! 大丈夫?」
ペチペチと妹の頬を叩く。
しばらくそうしていると、
「う……うーん……」
ようやく羽衣が目を覚ました。
「ふーー……。よかった。無事だったようね」
「お姉ちゃん……あの……私……?」
「蟲使いの蟲に操られていたわよ。それか、幻覚を見せられていたか。羽衣、覚えてる?」
「……なんか、すっごい強いカマキリと闘って……」
「幻覚の方かな。私をカマキリだと思ってたのね」
「嘘……私が……妖怪に……?」
羽衣はしばらく呆然としていた表情をしていたが、倒れているトメやまだ壁に背中を貼り付かせているヤミ、それに近くにいる零那や虹子を見て、やっとのことで事態を把握したのか、
「そんな……私が……? お姉ちゃんたちを攻撃したの……? 妖怪にいいように操られて……? 嘘でしょ……?」
そして唇を震わせながら、その大きな目からポロポロと涙をこぼし始めた。
「そんな……私が……お姉ちゃん、ごめんなさい……ごめん……虹子さんも、ヤミちゃんも……ごめん……」
「まあいいわよ、無事だったんだし。でも、羽衣に幻覚を見せるなんて、とんでもない妖怪ね……。こんな地下四階にいていいやつじゃないわよ。多分、蟲使いの蟲だったと思う。本体はもっと地下深くにいるんだと思うわ。やっつけに行こうかしら」
と、そこに虹子が口を挟んできた。
「そんなすごい奴、私たちの手には負えないと思うからお姉さまに任せたいところだけど……。それより、この子はどうする?」
虹子の視線の先には、零那の掌底で失神しているトメの姿があった。




