第52話 被甲護身
零那は足を引いてバックステップし、距離をとる。
そしてトメとにらみ合った。
「トメさん……」
「山伏女。その幽霊を――モンスターを滅そうとする妹を、なぜ止める? そいつはモンスターだ。放っておくと必ず人間に仇なすぞ」
ギロッと突き刺すような鋭い視線を零那に向けるトメ。
「違う、羽衣は今操られているの! 羽衣を止めて!」
トメはちらっと羽衣を見た。
羽衣は錫杖を構え、燃えるような怒りの表情で零那を見ている。
そして、トメに向かって言った。
「トメさん! いいところに! あのモンスターをやっつけるの! 手伝ってください!」
「そうだな、それには私も賛成だ。手伝ってやる」
零那はそれを聞いてさらに声を張り上げて言った。
「違うってば! 羽衣は今妖怪に操られているんだってば!」
「なにを言っている。モンスターに操られてモンスターを殺そうとしているというのか? ……むしろ、モンスターをかばおうとしているお前の方こそモンスターに操られているんじゃないか?」
零那の背中に隠れていた虹子も叫ぶ。
「違うよ! 羽衣ちゃんは私たちみんなを殺そうとしているの! それをお姉さまが止めようしているんだってば!」
それに、壁に貼り付いていたゴスロリ幽霊少女、ヤミも必死の形相で言った。
「そうだよ! その人、私を殺そうとしているの! なんか勘違いしちゃっているんだって!」
「お前を殺すのは探索者として当然だ。むしろ、モンスターをかばうお前らの方が操られているんじゃないか」
そこに羽衣も錫杖を構えて、
「トメさん! とにかくモンスターをやっつけないと! 一緒に攻撃しましょう!」
その羽衣の口元からはゲジゲジが頭を覗かせている。
埒があかない、と零那は思った。
一気に制圧してしまおう。
まずは、弱い方から片づける。
つまり、トメからだ。
零那は床を蹴り、トメに突っ込んでいく。
「ふんっ!」
トメはその場でひらりと跳び上がる。
そして、くるりと一回転、天井にぴたりとすいつき、掃除機のノズルを零那に向けた。
「吸引掃滅!」
トメが掃除機のスイッチを押す。
ギュオオオン! と掃除機のモーターがうなる。
目立製の特別仕様、と言っていたわね、と零那は思った。
サイクロン式じゃない。
きっとパック式だと思うけど……。
零那とトメの実力差は歴然で、一対一で戦えばあっという間に制圧できるだろう。
だけど、今は羽衣もいる。
羽衣は零那ほどではないが、それでも一流の山伏である。
トメを制圧するあいだに隙を見せれば、羽衣の攻撃を受けるだろう。
殺す気なら瞬殺できるかもしれないけど、もちろん零那にはそんな気は毛頭ない。
ただ無力化したい。
そして、命を奪うよりも無力化するほうが手間がかかる。
まずは、あの掃除機を壊さないといけないわね。
零那は一瞬でそう判断した。
両手を組んで印を結ぶ。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」
そして、真言を叫んだ。
「ソワタヤ ウンタラタ カンマン!!」
仏母大孔雀明王と並んで山伏が信仰する明王、不動明王の真言の一部である。
ちなみに『うんたらかんたら』という語の語源ともなっている。
零那は右の手の平をトメがこちらに向けている掃除機のノズルに向ける。
「南無倶利伽羅龍王! お力をお貸しください!」
倶利伽羅龍王とは、不動明王が持つ剣に巻き付いている竜のことである。
その竜の力を借りる、零那としては上級の法術であった。
零那の右手から渦巻く炎が湧き出る。
並みの人間――いや、トメのようなS級探索者すら一撃で灰にするほどの威力を誇る。
だが、零那の狙いはトメ本人ではなかった。
トメが持つ、掃除機だったのだ。
出力を最小に絞る。
零那が放出したその炎は、あっという間にノズルへと吸い込まれていく。
次の瞬間。
トメが背中に背負っている掃除機がボンッ! という音を立てた。
そして、焦げ臭い黒煙を吐き、その機能を停止した。
「な……!? こいつ……!」
トメはノズルを手放し、腰の後ろに横差しにしていた短剣を抜くが、零那はそのコンマ数秒のあいだにも距離を詰めていた。
そして掌底をトメのアゴに叩き込む。
「…………ぐっ…………」
トメはうめき声をあげるとその場で昏倒する。
「このカマキリ……!」
羽衣が錫杖を零那に向け、
「|臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」《りん・ぴょう・とう・しゃ・かい・じん・れつ・ざい・ぜん》!」
そう叫んで法術を発動しようとする。
「羽衣、山伏ってのはね、……身体も鍛えなきゃなのよ! 防御を固めなさい! じゃないと死んじゃうからね!」
零那はそう叫び返して、床を蹴った。
黒髪のポニーテールをなびかせ、零那の身体はドリルのように回転しながら、ミサイルとなって羽衣目がけて飛翔する。
羽衣が恐怖の表情を見せた。
「く! おん ばざら ぎに はらち はたや そわか!!」
羽衣が真言を唱える。
身を守る九字護身法、被甲護身と呼ばれる法術であった。
羽衣の全身を霊力でできた鎧が守る。
「それでいいよ、羽衣!」
零那の身体が頭から羽衣のおなかに突っ込んでいく。
ドン! という鈍い音ともに羽衣の身体が5メートルほど吹っ飛ばされ、壁に激突した。
「ぐ……うううう……」
そしてそのまま気絶する羽衣。
零那はシュタ! と綺麗に着地を決め、さらに気を失っている羽衣に向かってダッシュした。
「妖怪め! 引きずり出してやるわ!」




