第51話 棒
このカマキリの妖怪、強い。
羽衣はそう思った。
なんだか変な鳴き声で攻撃してくる。
その音を聞くと、頭が痛くなって、おなかの奥の方が熱くなる。
目がかすむ。
なかなかやるじゃない、と羽衣は思う。
さらには、こっちの攻撃も全部受けきってしまう。
かなりの強敵だ。
さっさとやっつけて、早くお姉ちゃんと合流しなきゃ……。
視界の端に、カブトムシが壁に貼り付いているのが見えた。
あいつもどんな攻撃をしてくるかわからない。
カマキリが一番脅威なのだろうが、そっちにかかりきりになっていると、カブトムシやチンアナゴがどんな攻撃をしてくるのかわからない。
戦闘は、まず弱い敵から片づけておく。
それがセオリーだ。
「ドーマン!」
羽衣は叫ぶ。
目の前に四縦五横に光る格子が現れる。
「ドーマン! ドーマン!」
さらに叫ぶ。
格子が二重、三重に羽衣を守る。
これでカマキリの攻撃をある程度は防げるだろう。
羽衣はカマキリを睨んだまま、錫杖を掲げる。
「セーマン!」
羽衣の叫びにカマキリが防御の体勢をとる。
だが、錫杖の頭から飛び出た五芒星はカマキリには向かわず、壁に貼り付いているカブトムシへと飛んでいく。
「ギャシャシャ!」
カブトムシが驚いたように二足歩行でよけようとするが、羽衣の五芒星はそんな動きでかわせるスピードではない。
殺った、と羽衣は思った。
しかし。
五芒星がカブトムシの身体を真っ二つにする直前、とんでもないスピードでカマキリがカブトムシをかばうように跳んできた。
そして、羽衣の五芒星をカマで叩き落す。
このカマキリ、ほんとに強い!
でも――。
一発なら防げても、これはどう!?
「セーマン! セーマン! セーマン! セーマン!」
羽衣は全力全開で五芒星を連射した。
飽和攻撃。
防御されるなら、相手の防御力を上回るほどの物量攻撃で勝負だ。
何十もの五芒星が連続してカマキリの妖怪に襲い掛かる。
霊力を使いすぎて膝から力が抜けそうになる。
「ぐううう!」
気合で足に力を入れる。
履いている地下足袋がダンジョンの床にこすれてジリッと音を出した。
「キシャァァァ!」
カマキリが雄たけびをあげて、五芒星をカマで防ぐ。
「まだまだぁっ! うわぁぁぁぁぁっ!!」
★
零那は焦っていた。
なによ、羽衣の奴、完璧に操られているじゃない。
次々に飛んでくる五芒星の攻撃を錫杖で叩き落していく。
「ひぃぃぃっ」
背中でヤミが恐怖の声を上げている。
埒が明かないわね、と零那は思った。
あの羽衣の精神をここまで完璧に支配してしまうなんて、地下十五階レベルの妖怪だ。
なんでそんなのがここに?
羽衣もまさかそんな強大な妖怪がこの地下四階にいるとは それに――。
零那は気づいていた。
相手すべきは羽衣だけではない。
なにかがこの部屋に侵入してきている。
『そいつ』は、天井にはりついてこちらを監視しているようだった。
羽衣を支配しているのはこいつ?
いや、今はまず羽衣を安全に無力化しなければならない。
「あー、もう! しょうがないわね! 羽衣、ちょっと痛いわよ!」
零那は錫杖を宙に放り投げる。
それは空中で浮いた。
そして、羽衣の放つ五芒星を正確な動きではじき返し始めた。
この杖は、自分を守るために設置したのではない。
ヤミを守るための杖だ。
その隙に、大声で叫ぶ。
「臨!」
そして両手の指で組んだ。
これを印を結ぶ、という。
仏の悟りの内容を手指をさまざまな形で組むことで表す方法だ。
それと同時に、零那は床を蹴った。
「兵!」
次の印を結ぶ。
五芒星がまっすぐ飛んでくるが、零那はそれをスウェーでかわす。
「闘!」
さらに踏み込んでいく。
五芒星が次々に飛んでくるが、そのすべてをヒラリヒラリとかわしていく。
その五芒星はまっすぐヤミを狙っているが、すべて錫杖が叩き落した。
零那は印を結び続ける。
「者! 皆! 陣! 烈! 在! 前!」
一語発するたびに手指の形を変えていく。
丹田――下腹を中心にして、霊力が自分の中からあふれ出していくのを零那は感じた。
印を結びながらも、零那はどんどんと羽衣との距離をつめていく。
「羽衣、あんたはすごいわ。あんたと同い年のころの私よりも強いかもね。でもね、今はまだお姉ちゃんのほうが――」
そして、零那は羽衣の目の前にたどりつく。
「筋力がある! 物理で抑え込んであげるわ!」
左のこぶしをギュッと痛いほど握ると、
「ふん!」
羽衣に左ボディフックを叩き込む。
だが羽衣もただものではない。
零那と同じく、徒手格闘の訓練も受けている。
そのパンチは右の肘でガードする。
さすがに妹の顔だけは殴りたくなかったので、今度は右足で下段回し蹴り。
羽衣の左ひざを正確に狙う。
「ケガしたらごめん!」
そう言って、渾身のローキックを羽衣に叩き込んだ。
ガキィィィン!
ものすごい音が響く。
だが、その感触は――。
零那はギリッと奥歯をかみしめた。
クリティカルヒットとなっただろうその蹴りを、一本の棒が防いでいたのだ。
いや、棒ではない。
その先には掃除機のようなノズルが付いている。
「――せっかく幽霊を殺せるところだったのに、なぜお前は幽霊を――モンスターをかばう?」
そこにいたのは、黒装束に身を包み、背中に掃除機本体を背負った、長い黒髪ツインテールの女性だった。




