第50話 彗星の尾
「ちょ、ちょ、いったいなんなのぉ?」
虹子が零那の背中に隠れながら叫ぶ。
ヤミは壁にべったり背中をつけて、
「え? え? え? なにこれ?」
と戸惑いの表情だ。
零那は羽衣が孔雀を召喚したのを見て、すぐに対応する。
「オン マユラ キランデイ ソワカ! クーちゃん、おいで!」
零那の錫杖から、孔雀が呼び出され、零那の頭上にとまった。
「ニャオ?」
零那のクーも羽衣のアルフスも顔を見合わせて戸惑っている。
「クーちゃん、アッちゃんが襲ってきたらみんなを守って!」
零那はそう叫ぶ。
羽衣の瞳を見る。
まずいわね、と零那は思った。
完全にイッちゃってる。
敵と味方の判別もできていないようだ。
その羽衣は重い錫杖を軽々と掲げ、
「アルフス、行けっ!」
と怒鳴るように言った。
途端に、アルフスが零那に向かって飛んでくる。
アルフスの孔雀の羽からは青く指の先ほどの小さな五芒星がキラキラ光りながら無数に飛び散った。
まるで彗星の尾のようだった。
「クーちゃん!」
「ニャオーー!」
零那の頭にとまっていたクーが迎撃のために飛び立つ。
クーの羽からはピンク色の光が粒となってはじけ飛ぶ。
「ニャオ!」
「ニャオー!」
クーとアルフスは空中で激突する。
閃光が爆発した。
二羽とも反対方向に吹っ飛ばされるが、空中で体勢を立て直すと、再び激突。
「クーちゃんとアっちゃんは互角みたいね……。羽衣の霊力も強くなったわね……。姉としては嬉しいけどっ! 今は厄介!」
羽衣はなにかに操られている、もしくは騙されている。
幻覚を見させられているのかもしれない。
どうにかして正気に戻させることはできないだろうか?
零那は首にかけていた法螺貝を口に当てた。
神を呼び、邪を払う法螺貝。
「全力全開で行くわよ! 虹子さん、ヤッちゃん、耳をふさいで!」
そして零那は「すぅぅぅっ」と胸いっぱいに空気を吸い込むと、法螺貝に思い切り息を吹き込んだ。
プオオオオオオオオオン!
プオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
プヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲン!
空気が震動する。
岩でできている壁にひび割れができ、破片が落ちた。
耳をふさぐのが少し遅れた虹子は法螺貝の爆音をまともに受けて、
「痛い痛い痛い!」
と耳を押さえながら床に崩れ落ちた。
ヤミは部屋の隅に向かってしゃがみ、耳を押さえている。
そして。
羽衣は。
「ドーマン!」
錫杖を掲げて叫ぶ。
すると、いつか零那が出現させたのと同じ、四縦五横の光り輝く格子が羽衣を守るように姿を現した。
法螺貝の狂暴なまでの音は、四縦五横の格子に阻まれて羽衣に直撃することができない。
だが。
それも長くは続かない。
光り輝く格子は、法螺貝の音の衝撃で、端の方からボロボロと崩れていく。
羽衣の霊力を、零那の霊力が上回っていたのだ。
「く! この妖怪め! 臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」
羽衣は九字を切り、もう一枚の格子を出現させた。
「ゼーゼー、オン マユラ キランデイ ソワカ! もういっちょ! すぅぅ……」
零那はまた息を吸いこむ。
「やだ、待って待って次は死ぬ!」
虹子がそう言いながら耳の穴に指を突っ込んだ。
ブゥヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲン!!
強烈に鳴り響く法螺貝の音、揺れる空気、天井からも壁からも破壊された岩の破片が落ちてくる。
羽衣が生み出した二重の光の格子が、今度はたやすく崩れ去っていく。
「くそ、このカマキリ妖怪……!」
「ゼーゼー、誰がカマキリよ! みんな美人ってほめてくれるんだからね! ゼーゼー、ゼーゼー、すぅぅっ、プオオオオオオン!」
その魔を払う法螺貝の音は今度こそ確実に羽衣の身体に届いていた。
羽衣の薄い桃色の唇の端から、なにかゲジゲジのようなものがちらりと頭を覗かせ、苦しそうにうねっているのを、零那は見逃さなかった。
「やっぱり! なにかいる!」




