第41話 剣技
「マーダースラッグよ。人間の死肉を漁るモンスターだけど、戦闘能力はそんなでもないわよ。虹子、あんたがやっつけなさい!」
藍里がそう言う。
そんなでもないと言われても、これは虹子にとって、初めて対峙するモンスターだった。
魔導銃を抜き、構える。
手が震えているのが自分でもわかった。
狙いが定まらない。
巨大なナメクジの口から、人間の手が生えている。
いや、生えているように見えるだけだ。
つまりマーダースラッグは人間の死体の腕を根元から食っている最中だったのだ。
あれは、人間の死体。
その腕は、指先が真っ黒に変色している。
一部とは言え、モンスターに殺されたのだろう人間の死体を虹子は初めて見た。
――怖い……。
手の震えが大きくなる。
マーダースラッグは天井にさかさまになって張り付いたまま、角を虹子に向けた。
「だ、だめ……無理……」
「撃ちなさい、虹子!」
「で、でも……」
「撃て!」
藍里の大声に、虹子はビクッとして引き金を引いた。
狙いもせずに撃っても当たるわけがない。
弾丸はかすかな虹色の光を放ちながら、見当はずれの場所に当たった。
鳴き声を出すわけでもなく、マーダースラッグが人間の腕を口に咥えたまま、天井から落ちてきた。
ナメクジのくせに猫のように回転して着地するマーダースラッグ。
ベチャ、と気持ち悪い音が響いた。
「……しょうがないわね。私がやるわ」
藍里が剣の柄を握った。
その剣は藍里の身長――160センチほど――よりも長い。
〈え、あの剣、鞘から抜けるのか?〉
〈お前初見か、綺麗に抜剣するぞ〉
藍里は剣を抜きながら背中を大きく反らす。
自分の身長より長い剣を抜く方法のひとつだ。
その抜剣の美しさは、虹子も恐怖を忘れて見とれてしまうほどだった。
「――行くぞっ」
長剣を振りかぶり、藍里が駆け出す。
その剣さばきはまるで舞いのように華麗だった。
藍里が長剣をパートナーにしてダンスを踊っているようにも見えた。
キラキラとした光を撒きながら長剣が円を描き、藍里のポニーテールが揺れる。
マーダースラッグはあっという間に切り刻まれ、見るだけでいやな気持になりそうな緑色の体液をまき散らしながら絶命する。
人並外れたこの剣技、そしてそれが生み出すパワーこそが藍里のスキルなのだ。
「すごい……やっぱり藍里先輩、すごいです……」
「こらこら。感心してる場合じゃないでしょ。ビビりすぎよ。次のモンスターは絶対に虹子がやっつけなさいよ」
「は、はい……」
「……で、この腕……。多分、探索者のものだと思うけど……。ほかの部分は食べられちゃったのかしら」
「なんか、指が真っ黒になってます……」
「そうね……。壊死しちゃってるみたい……。どうしたらこうなるのかしら。まるで……凍傷になったみたい……」
「あの、その……ご遺体、どうします?」
「一応、こういう場合は届け出ることになってるわ。ダンジョンの中までは警察はこないから、私たちがこれを持って帰るしかないわね」
「ええ!? 持って帰るんですか!? その、それを……!?」
藍里は持ってきていた袋に、丁寧に腕を入れる。
「そういう義務はあるわ。違反しても罰則はないから無視する人もいるけど……。ダンジョンの中はヒマラヤの山と一緒で、自分が生き残るのが第一だからね。私も、ここが地下五階なら置いていくかもしれない。自分の命を守るが精いっぱいの階層だから。でも、地下一階でご遺体を見つけちゃったら……持って帰って、できたらご遺族にお渡しするのが務めってものよ。この人も、誰かの大事な人だったに違いないから……」
「そうですか……」
「さて。じゃあもう少し進むわよ」
「そ、そうですね……」
しばらく二人で通路を進む。
通路の角を曲がるとき、そしてドアを開けたとき。
ダンジョンにおいて、それが最も危険な瞬間である。
モンスターの急襲を受けやすいタイミングなのだ。
地下二階への階段がある部屋へと続くドア。
そのドアに藍里がそっと耳をつける。
音で気配を探るのだ。
「……人がいるわね……ほかの探索者たちだわ……。男が二人……。うーん、どうしようかな」
ダンジョン内で別グループの探索者と出会うのはそんなに珍しいことではない。
だが、探索者というものは、ダンジョンで命を賭けてモンスターと戦い、レアメタルを掘りあてて一攫千金を狙うやつらなのである。
無用のトラブルになることもあるので、積極的に出会いたいものではない。
虹子も藍里の真似をしてドアに耳をつける。
聞こえてきたのは、男二人の野太い声と、それに。
女の子の、か細い声だった。




