第29話 強いだけ?
「キャーーッ! 来たぁっ! 人殺しぃ! 猫殺しぃ!」
幽霊少女が叫ぶ。
「煉獄に送り届けてやる!」
トメが掃除機のスイッチを入れて零那たちの方へと駆け寄ってきた、
零那は一瞬迷ったが、やっぱり話し合いは必要よね、と思って、錫杖を目の前に放り投げた。
それはいつものように宙に浮く。
「オン マカ キャロニキャ ソワカ!」
零那が唱えたのは、十一面観音の真言だった。
見えないものを見えるようにする真言。
しかし逆に、見えないものを見えすぎるようにする効果もあった。
それを聞いた瞬間、羽衣は両目を手で覆った。
他の三人はまともにその真言を食らう。
修行していない身にとって、見えないものが見えすぎる、というのは逆になにも見えないのと同じ意味を持つ。
見るべきものと見るべきでないもの。
その区別が普通の人間にはできないのだ。
結果どうなるかというと、ダンジョン内に満ちている不思議な粒子、マナ――零那は霊気と呼んでいる――までが目に見えるようになり、それは空気中に満ちているので、そのすべてが見えるとなると――。
「キャアッ」
「うわ! 眩しい!」
「目がぁ!」
虹子もトメも幽霊少女も、みんな目を押さえて倒れ込んでしまった。
傷つけずに人間の突進を止めるにはこれが一番なのだった。
中でも幽霊少女にはテキメンに効いたみたいで、
「キャーッ! キャーッ! なにこれなにこれ怖いーっ」
と叫びながら立ち上がると、手をバタバタさせながらその場を逃げ出す。
幽霊なのに壁はすり抜けられないのか、壁にゴチンとぶつかって、
「痛い痛い痛い怖い怖い怖い!」
と言いつつ、壁を手で触りながら向こうの方へと歩いていき――そしてすうっと空気中に溶け込むように消え去った。
「あらら……いなくなっちゃった……。まあいいでしょ、そのうちまた会えそうだし」
零那は呟く。
〈どうなったんだ?〉
〈カメラに映ってない誰かがいたのか?〉
〈どうなってんだ?〉
〈説明求む〉
〈っていうかS級探索者の突撃をあっという間に止めたな……レベルが違いすぎる〉
「トメさん」
零那はまだ目を覆って倒れているトメに向かって言った。
「妖怪退治はいいですけど、あの子は元人間なんで……。もうちょっと話を聞いてあげませんか?」
トメは目を手で抑えつつ、
「なに言ってるんだ。元人間のモンスターほど恐ろしいものはないぞ。それに、モンスターはモンスターだ。お前はモンスターを倒すのに相手を選別しているのか?」
零那は先日途中で襲ってきたスケルトンのことを思い出す。
あれも、元人間だ。
「そういうわけじゃないけど、なんというか……」
「なんだ、お前は気分で倒すモンスターかどうかを決めているのか? 何様だ?」
「何様って……」
「自分の気に入ったモンスターは倒さないのか? お前が逃がしたあの悪霊がこの先善良な探索者に取り憑いて被害をもたらしたらどうするんだ?」
「それは……」
正直、ないとも言えない話ではあった。
「それは、なんだ? どういうことだ? なぜあの悪霊を逃がした? 明確な基準があるのか?」
「それは、虹子さんと同じ手口にひっかかって死んじゃった人だから、なにか手がかりがあるかと思って」
「そのためなら他の探索者が霊障を受けたり最悪死んだりしてもいいのか?」
「…………」
零那は黙ってしまう。
「ふん、お前が強いのはわかったが、ただ強いだけだ。なんの思想もなく気分で強さを振り回すな。がっかりだよ」
ようやく目が見えるようになったのか、トメは床に倒れていたキックボードを起こすと、
「私もまだまだ修行が足りないみたいだ。私はあの悪霊を探しに行く。モンスターは滅しないと善良な探索者が被害を受けるからな。ふん、山伏女、見てろよ、いつか私も必ず特SSS級になってみせるからな!」
と言って、キックボードに乗り、そのまま去っていった。
「思想……思想といったって、そんな難しいこと私にはわかんないわよ!」
なんなのあの子。
言いたいことだけ言い逃げしちゃって。
だったら次こそ、あの幽霊と話つけてやるわ。
それはそれとして。
ああ、パチンコが打ちたい。
明日は絶対パチンコ打つぞ!




