第27話 幻影の掃除人(トメ)
ゴスロリを思わせるヒラヒラのついた黒い洋服、手の込んだ編み込みサイドテールにしていて、全力疾走しているのでそれが風に踊っている。
表情は真剣そのもの、目を見開き、陸上選手のような見事なフォームでこっちに向かって走ってくる。
以前出会った、あの幽霊だった。
あらかじめ真言を唱えていたので、その姿は虹子にも見えているようだった。
「ギャーッ! 来た来た来たぁ!」
虹子は自分の身を守るように零那の後ろにまわり、零那の背中からぎゅっと抱きしめてきた。
あ、虹子さんってあったかい。
女の子に抱きつかれるのも悪くないわね、などと零那はのんきに思う。
ドッドッドッドッ!
すさまじい足音を響かせて、幽霊が近づいてくる。
「いやぁぁぁ! なんで幽霊なのに足があるのぉ!?」
「ま、中にはそういうのもいるわよ」
実は零那も少し驚いていた。
幽霊にしては存在感がすごい。
この足音も、物理的なものじゃなくて霊的な圧力が生み出している音だろう。
きっと、自分の実在にいっさい疑問を抱いていないタイプの幽霊だ。
まあそんなに危険そうじゃないし。
なんであんなに一生懸命走ってるんだろ?
脅威じゃないと判断したのか、羽衣も落ち着いた表情で幽霊を見ている。
幽霊はあっという間に零那たちのところにたどり着くと――。
零那の背中に隠れている虹子の背中に抱きついてきた。
「ぎゃーーーーーーーっ! 憑かれたぁぁぁっ」
涙声で叫ぶ虹子。
あんまり耳元で叫ばないでほしいわ、耳がキンキンする。
〈ん?〉
〈ニジー、なにを怖がっているんだ?〉
〈なにも見えないぞ?〉
〈なにかいるのか?〉
〈カメラには映っていない〉
霊体である彼女の姿はデジタル機器であるカメラでは捉えられていないようだった。
その幽霊は、虹子の耳元で叫んだ。
「たすけてぇぇぇ! 人殺しが来るのぉぉぉ!」
幽霊少女が言う通り、角を曲がってもう一人の人物が姿を表した。
全身黒ずくめの装束を着、背中に機械を背負った女性が電動ではないキックボードに乗り、地面を蹴りながらこっちに向かってきていたのだ。
「ほらほらほら、あれ人殺しなの! 殺されるぅ! たすけてぇぇ!」
「ぎゃぁぁぁぁっ幽霊が耳元で殺すとか言ってるぅぅ!」
幽霊も虹子もパニック状態で泣き叫ぶ。
「ちょっとふたりともうるさいわよ。もう少し静かに叫んでくれる?」
そんなことを言っている間にも、黒尽くめの女性がグングンとこちらに近づいてくる。
そして零那たちの前方数メートルのところで止まった。
「…………ウービーの山伏! それに、甘白虹子……」
そう、そいつは、以前地下四階で零那がアップルパイを届けた、お客様だった。
背中に掃除機みたいなのを担ぎ、片手でキックボードのハンドル、もう片手は掃除機からのびるホースの先の、これまた掃除機みたいなノズルを持っている。
着ているものはというと、まさにニンジャみたいな黒尽くめの装束。
長いツインテールに小さな顔。
身長は零那より頭ひとつ低い、160~165センチくらいだろうか。
「いやぁぁぁ! 幽霊が背中にぃぃ! ってかあんたもだれぇえ?」
虹子はこの女性と面識がないようだった。
というか、幽霊にぴったりと背後に憑かれて、大混乱状態だ。
もう冷静な会話ができそうにない。
しょうがないわね、と零那は思って、眼の前の女性に話しかける。
「あの、前にここで配達したお客様ですよね?」
「……ふん。あのときはよくも無視してくれたね」
「えっと、状況がよくわからないんですけど。この幽霊を追ってきたんですか?」
「当然。そいつは悪霊だ」
「悪霊?」
正直、零那から見るとこの幽霊少女はそんなに危険な存在には思えなかった。
悪霊ならもっとこう、邪悪なオーラに包まれているものだ。
「違うと思うけど? ただの幽霊よ」
「幽霊によい存在なんていない。世の中にいるのは悪霊とすごく悪い悪霊しかいない。そこをどきな、ウービー女山伏。特SSS級だからって有名になって調子にのって……。私も実力に劣るものじゃない」
「うーん、そうは言ってもねえ。この子にはいろいろ聞きたいこともあるし……。そもそも、あなた、誰?」
「ニンジャゴーストバスタ―だ。この国に十人しかいないS級探索者。その一人が私ってわけ。人は幻影の掃除人と呼ぶ」
シャキーン! という効果音が聞こえてきそうな感じで掃除機のノズルみたいなのをかっこよく構えて彼女はそう言った。
かっこよすぎてかっこ悪い、と零那は思ったけど、もちろん黙っておく。
「虹子さんはこの人知らないの?」
「ちらっと噂には聞いたことあるけど、顔までは知らなかったよ」
〈知ってるぞ〉
〈探索者マニアならみんな知ってる〉
〈なにしろニジーと同じS級だからな〉
〈おお、夢の共演〉
〈トメじゃん〉
〈トメ北!〉
〈山田トメ〉
〈そいつは山田トメだぞ〉
〈トメばあちゃん、今新潟来てたのか〉
〈ばあちゃん〉
〈トメー!〉
〈ニジーと女山伏とトメか。夢のコラボじゃん〉
コメント欄がざわつく。
というか。
「山田トメってなに? おばあちゃんなの?」
零那がそう呟くと、幻影の掃除人と名乗った女性は目を吊り上がらせて怒り始めた。
「私は幻影の掃除人なの! おばあちゃんじゃない! まだ24歳! くそ! 親フラで……親フラのせいで本名がバレるなんて! 自宅で雑談配信なんかしなきゃよかった……」
ちなみに親フラとは配信中に親の声が入り込んだり、映り込んだりすることである。
〈だって大声で配信してるんだもん〉
〈母親に『トメ、うるさい! 早く寝ろ』って怒鳴られてたなw〉
〈しかもお母さん、カメラの前で『山田トメの母です。あまり娘を夜ふかしさせないでください』とか言ってた(笑)〉
〈あれはウケた〉
〈というわけでその人は山田トメさんだよ〉
「トメさんっていうんだ」
「違う! 幻影の掃除人だ!」
「変わった名前だけど、素敵よ?」
語感も個性的だし、いいじゃん、と普通に零那は思った。
しかし、零那より素直な性格をしていない虹子がつっこむ。
「それって、大正とか昭和初期に子どもが生まれすぎて『これが最後の子どもにします。打ち《《止め》》です』って意味でつけた名前だよね……。トメさん、何人兄弟?」
「それ今関係ある? 悪霊の話してたんでしょ?」
「一人っ子だったり?」
「8人きょうだいだ! なんか文句ある? みんな私の大好きなお兄ちゃんお姉ちゃんたちだからな。侮辱は許さんぞ!」
それを聞いて、零那は思わず言った。
「いいじゃん! きょうだいっていいわよね! 私も妹のことは大好きよ! トメさんも末っ子だからみんなに可愛がられたでしょ?」
「……る……」
「え、なに?」
「……が、いる……」
「え、聞こえない」
「妹が、いる」
途端に虹子が叫んだ。
「止まってないじゃん!」
同時に虹子の背後にいた幽霊少女も叫んだ。
「そうだバーカバーカ!」
「ギャーこいつがいるの忘れてたー! 怖いーっ!」
トメはビッと幽霊を指さして、
「だから私がその悪霊を煉獄に送ってやると言ってるんだ!」
幽霊少女はトメを指さし返して、
「ほらほらほら! あんなこと言ってる! 私を殺そうとしている快楽殺人鬼だよ!」
虹子は虹子で、
「ひぃ~~~取り憑かれてる~~~! 無理無理無理無理無理!」
もう収拾がつかなくなったところで、羽衣がポツリと言った。
「トメさん、後ろに妖怪いますけど、大丈夫そですか?」




