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【書籍化】仏頂面な旦那様ですが、考えはお見通し 引きこもり令嬢と貧乏騎士の隠し事だらけの結婚生活  作者: 雨傘ヒョウゴ
きらきら星を見つけるまで

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彼女の顔を見ることができなかった。


もしかするとこれは罪悪感なのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。ただ残りの日数を数えた。エヴァさんの青い瞳を見ると、何かを望んでしまいそうで必死に顔をそむけて逃げた。それでも渡した花を嬉しそうにかかえて、家中の花瓶に飾って水を取り替えている彼女を見るとくすぐったくて、心の中は逃げ出したいのに、体が動かない。


花瓶の隣では大きなカボチャの頭が並んでいる。



エヴァさんがこちらを向いた。だから慌てて顔をそらした。これでは嫌ってくれと言っているようなものだ。でも今度彼女の顔を見てしまったら、自分がどうなるのかわからない。


同じ部屋の中にいて、同じく暖炉に向かっている。なのに会話もなく、ほんのりと赤くなる石を見つめているだけだ。彼女の顔を見ることができなくても、せめて声くらいは聞きたかった。でも何を話したらいいかわからない。そうだ。


「エヴァさんは、犬が好きなのか?」


花屋の店主が飼っていた小さな犬を思い出した。きっとまだ子犬だろう。花瓶を見たら思いついたが、彼女からしてみればいきなりの話題に違いない。「えっ?」と不思議な声を出して、ことりと俺の目の前に紅茶を置いた。とても恥ずかしくなった。ええ、まあ、えっと、そうですね? と律儀にも反応してくれる彼女にとても申し訳なくなった。

俺は会話すらもままならない男だった。




***





……私の顔も見ることができないって、どういうことなんだろう。そんなにひどい顔してるかしら、ぺちりと頬を触っている間に、リオ様はそそくさと距離を離して逃げていく。私は彼の考えを知ることはできるけれど、彼自身が困惑していて、いまいちよくわからない。


普通に考えれば、外に出たくないと駄々をこねる私に呆れて、もう顔を見たくないと、そういうことなのだと思うけれど、どうやらそれも違うみたいで、心の中でしっぽを振ったり、耳を垂らしたり、それはもう大変忙しそうだった。もともとリオ様は色んな考えが多くて、他の人よりも読み取りづらいのだ。


まあいいか、と適当に頷いて、温かい紅茶を持って、彼の目の前に置いた。人の心の中を詮索しても仕方がない。


視界の端には、彼がくれた花がちらちらと揺れている。真っ白い、雪のような花が可愛らしくて、あの花をいただいたとき、あんまりにも嬉しくて、ありがとうございますと彼に告げたときのことを思い出した。私の顔を見ることができない、と彼は考えながらも、なぜだか嬉しげにしっぽが揺れていた。私が喜んでいるようで、嬉しい。そう叫んでいるみたいで、少し照れた。


(リオ様って、ほんとに犬みたい)


頑張って難しい顔をしているけれど、本当はこちらのことが気になって仕方がないのだ。

そう考えたとき、「エヴァさんは、犬が好きなのか?」とリオ様に問いかけられたから、てっきり考えがわかってしまったのかと思って、「はえっ!?」と飛び跳ねた。いや実際は気合でもう少し抑えたものだったかもしれないけれど。



「えっと、まあ、そ、そうですね、好き……です、ね」


他意はない。

ほんとに。

これっぽっちも。


必死にお盆で顔を隠して、こっちを見ないでください、と思っているのに、そもそもリオ様は私を見てすらいない。(俺はエヴァさんを見てはいけないからな!) いやもうほんとに、それはなぜに。彼自身が理解できていないことは、私自身が考えて予想しなければわからないのだけれど、人との接触を極端に避けていた経験不足な私としては、気になるけどまあいいやと投げ捨てる以外の選択肢はなかった。


でも、変わろう、と思った。

もういいや、となんでも投げ捨ててしまう、そんな自分を変えたかった。鉄の扉を前にして、しくしくと心臓が痛む。怖い、と叫んでいる。この少しの門扉をくぐることもできない。息が苦しい。それでも。


(リオ様の、お夕食を作ろう)


そうだ。リオ様の晩ごはんを、私は作らなければいけない。材料は宅配をお願いしているから、困ることはないけれど、それでもやっぱり、あとちょっとの材料があればな、と思うときがある。後少し緑があればな、とか。風味をつけることができたらな、とか。なら自分でお買い物に行けばいい。リオ様のために、おいしいご飯を作るんだ。それだけだ。


扉の前で、幾度も息を吐き出して、飲み込んだ。怖い。怖いけど。



彼はとってもかわいいお花をくれた。





えいや、と飛び越えていた。たった一歩のことだけど、自分でびっくりして、使いもしないものだから、ぴかぴかのまるで新品のままの外靴を見下ろした。それから何度も行ったりきたりを繰り返して、ばんざい、と両手を上げた。そしたら転んだ。通り過ぎた人が、不思議にこちらを見て、何をしているのかしらと訝しげに思っていることに気づいたから、やっぱりそのまま家の中に逃げ帰ってしまったけれど、確かに、一歩を踏み出せたのだ。


それなら、明日は二歩踏み出そう。

いいや、お店まで辿り着こう。

お買い物をしよう。



今度はシャルロッテさんからもらった地図を頼りに、お肉屋さんに行ってみた。買い物をするのも初めてだから、声がひっくり返って、結局何も買わずに逃げ帰ってしまったけれど、家の扉に背中をつけて、どきどきする心臓を握りしめた。大丈夫。進んでいる。




きらきら星をかきわけて、わたしはあなたに会いに行ける。


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