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帝国の人質として連れて来られた王女は、敵国の皇太子によって聖女の力に目覚める  作者: 清川和泉
第3部 幸せのために

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第65話 突然の訪問者

ご覧いただき、ありがとうございます。

本日2回目の投稿になります。一部修正しました。

「ブルーノ様から書簡ですか?」

「ああ、そうだ」


 アーサーは便箋にざっと目を通し、内容に差し支えがなかったのかそれをクレアに手渡した。

 その便箋には「手筈は整った。計画通りに動くように」と書かれていた。


「アーサー様。ブルーノ様はこちらの動きを把握なされているのでしょうか」

「……ああ」


 青ざめるクレアに、アーサーは丁寧に説明をしていった。

 アーサーの話によると、今から二ヶ月ほど前にブルーノから接触があったらしい。どうも彼は、母親である皇后に何かを言い含められて行動をしているようであるが、どうもそれだけではなさそうだ。


 アーサーはクレアを連れ戻すのに協力すると持ちかけられたらしいが、おそらく何か裏があると考えクロや他の隠密を使って探らせたのだがそれを見つけることはできなかった。

 ただ、皇帝に関してブルーノは何かを掴んだらしいということは判明した。


 そうして、ブルーノと協力して計画を整えることができたとのことだ。


「左様でしたか……。それで計画というのは」

「ああ、それは……」


 アーサーが次の言葉を紡ぐのを躊躇っている様子に、クレアは直感的に悟った。


「アーサー様。ひょっとして、最初から亡命自体を行なうつもりはないのではありませんか?」


 アーサーは、一瞬目を見開いた。


「私があの時、帝国へと戻るとお兄様に伝えたら大事になったでしょうから。亡命ももちろん反対されましたが、皇帝から一度出国を命じられた身の上で、更に長年人質として住んでいた帝国に戻ると伝えた方が反発されたでしょう」 


 アーサーは、小さく息を吐いて苦笑した。


「流石に君に隠しごとはできないな。ああ、そうだ。ただ、君の要望に合わせて動きを変える手筈であったから、兄上とはその件で照らし合わせていたんだ」

「左様ですか……」


 アーサーの説明によると、彼は亡命するにあたっての対策として、亡命先に皇帝の秘密を渡す手はずを整えているとクレアに伝えていた。

 その秘密は、大方皇帝が把握している属国の王族の力だとか、主力軍隊の現在の状況などだ。

 だが、それはフェイクであった。そもそもアーサーはクレアと共に隣国へと亡命するつもりはなかったのだ。


 というのも、皇太子である彼が亡命したところで、すぐに隣国の憲兵らに拘束されて帝国側に引き渡されたのち、皇帝の逆鱗に触れるのがおちだからだ。

 だから、アーサーはマルガリータ皇后のある提案に乗り、ほぼ単身でユーリ王国に赴いたと偽装をした。


 実のところは、護衛にと異母兄ブルーノ直属の近衛騎士らが潜んでいたし、ブルーノの協力もあり隣国の国境付近で転移魔法を使用して帰国する手筈も整っているらしい。


 また、帝国に戻り次第正式に皇帝に謁見をし、アーサーとクレアの結婚を認めるように迫るつもりとのことだ。

 アーサーはその時のために、皇帝の()()()()を握ったとも打ち明けてくれた。また、その弱みの捜索自体は、クレアと婚約式を挙げる前から行っていたそうだ。


「申し訳ない。結果的に、君を騙すことになってしまったな」


 クレアは小さく首を横に振った。


「いいえ。むしろ、あの時にそう仰っていただけなかったら、私はきっと動くこと自体を躊躇していたと思います。アーサー様は様々なことを考慮された上で動いていることも、あの時の私には知ることができませんでした。……ですが、今はアーサー様と共に戻る決心ができました」

「クレア……」


 アーサーは目を細めた。


「君は、俺の計画を受け入れてくれるんだな」

「当然です」

「そうか、ありがとう。それでこの後の手筈なんだが……」


 アーサーが切り出そうとすると、丁度ノックの音が響きクロが入室した。


「殿下。来客です」

「……そうか。思っていたよりも早かったな。通してくれ」

「御意」


 そして間もなく、フードを深く被った小柄な女性が入室した。

 彼女はバイオレットの髪に紫色の瞳を持つ女性で、クレアとは初対面のはずだが、強い既視感を抱いた。


「ご機嫌よう。私はブラウ帝国から参りましたテオと申します。あなた方の助けになればと馳せ参じましたの」


 アーサーは、無表情で軽く一礼をするが警戒を怠らない。

 テオの話によれば彼女は旅の占い師で何か予感を覚えてこの宿屋まで訪れたとのことだ。加えて、クレアとアーサーに事情があり帰国できないようだから何か協力したいと申し出た。


 だが、クレアはいくらなんでも無理がある話だと思った。

 そもそも、何故彼女はこの場所に訪れることができたのだろうか。

 そう思うと、ふと彼女から醸し出す雰囲気がクレアが昔からよく知る人物とよく似ていると思った。


「さあ、ナディアさん、リウスさん。私が占って差し上げます」


 タロットカードを取り出して微笑むテオに、クレアは既視感を抱いた。彼女のものを持つ仕草が昔から知っている人物と重なったのだ。


「あなたはまさか……、イザベラ皇女様ですか?」


 テオの動きがピタリと止まり、一瞬眉をひそめたがすぐに戻した。

 

「よく分かりましたわね。魔法で変装をしているのに」

「長年側におりましたから」

「そう……。クレア、本当にごめんなさい」


 テオに扮したイザベラは、クレアに対して深く頭を下げた。皇女である彼女がこのようなことを他人にするなど、通常では考えられないことである。


「イザベラ皇女様、何を……」

「全てお母様からお伺いたしました。具体的な方法は伏せられましたが、トスカが助かったのはあなたの尽力によるところが大きいのだと」


 その言葉にどきりとする。

 皇后は一体、クレアのことに関してどこまで知っているのだろうか。


「あなたは、トスカやあの病に苦しむ人々のために大変尽くしてくれたと。わたくしたちはあなたに大変な仕打ちをしてばかりだったのに、あなたは苦しんでるあの子を見捨てなかった。本当にごめんなさい。そしてありがとう」

「イザベラ様。私は……」  


 許したい気持ちもある。そう伝えようとしたのだがアーサーが肩に手を置いてできなかった。


「用件はそれだけか。ならもう帰ってくれ」

「分かりました。では、わたくしは先に国に戻ってあなた方をお待ちしておりますね。ご機嫌よう」


 軽やかにカーテシーをするイザベラを見送ると、唖然としていた思考が少しずつ戻ってきた。


「あの、アーサー様。イザベラ皇女様のご用件はなんだったのでしょうか」

「ああ。おそらく、俺たちの現状を探りに来たんだろうが、あまりにもあっさり引き下がったのが気にかかるな」

「はい……」


 イザベラの意向は気にかかったが、ともかくアーサーから今後の説明を受けたのだった。


 ◇◇


 そして三日後。

 二人は、国境付近のとある施設へと立ち寄った。

 この施設の一角に設置された魔法のゲートから、皇都の第二宮へと戻れるように予め手筈を整えていたとのことだ。


 馬車を降りて建物へと向かう途中で、クレアは目前に女の子が座り込んでいるのに気がついた。

 気にかかったが、今は要件があるので通り過ぎようとすると、その女の子が突然勢いよく立ち上がった。


「お姉ちゃん!」

「あら、どうしたの?」

「えっと……」


 女の子は困ったように首を傾げるが、「そうだった」と言って何かをクレアに差し出した。


「お姉ちゃん、これあげる!」

「あら、何かしら」

「えっと、可愛いブローチだからきっとお姉ちゃんに似合うと思って!」

「あら、こんな素敵なものをもらうわけには……」


 と女の子に返そうとするのだが、彼女はにっこりと笑ってから勢いよく走り去ってしまったので返すことができなかった。


「行ってしまったわ……」


 ともかく女の子の行為を無下にしたくないと、クレアはブローチを胸元に身につけた。

 そして施設内へと入ると、アーサーとクレアは大きな門の前に立った。


「よし、クレア。一緒に戻ろう」

「はい、アーサー様」


 門の付近に三人いる魔法使いが詠唱を始めると門全体から青白い眩い光が放ち始めた。


 アーサーは隣に並ぶクレアに小さく頷き合図を送ると、二人は手を繋いだまま門をくぐった。


(これで、第二宮に戻ることができるのね……)


 瞼を閉じるとリリーやアンナをはじめとした、懐かしい第二宮の人々が過った。


 心躍りながら門の外へと足を踏み出したのだが、何か力が抑制されたような、そんな感覚を覚えたのだった。


 

 ◇◇


 同時刻。

 施設の付近にある公園では、先ほどの女の子がフードを被った女性の近くに駆け寄っていた。


「お姉ちゃん、渡しておいたよ!」

「ふふ、ありがとう。それでは約束通りお菓子をあげるわね」

「ありがとう!」


 可愛らしい包みを手渡すと女の子は満足そうにかけて行ったのだった。


 バイオレットの髪の女性、──変装したイザベラは細く笑んだ。


「ごめんなさい、クレア。だけど仕方がなかったの。お父様にトスカを一生幽閉するなんて言われてしまったら、逆らえないじゃない? それに、トスカは結局わたくしと入れ替わる提案は受け入れることはなく、わたくしにはどうすることもできなかったの」


 クレアにはトスカのことで尽力してもらえたことは心から感謝している。それは本心だった。

 母親である皇后からは、これまでのことをこれからも謝罪しなさいと強く言われた。それも頭では理解している。


 だが、頭ではわかってはいても中々人の習慣や奥底にある偏見は変えられない。

 そういうものなのかもしれないと、イザベラは空を見上げながら思った。

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