第46話 イリスの本心
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「それでは、私たちはこれで失礼する」
一礼をしてからクレアとアーサーは、玄関へと向かった。
チラリと後ろを振り返ると、ブルーノはなお睨みつけていたが、イリスが扇子に口を当てて何かを耳打ちすると深く椅子に腰掛けてイリスと会話を始めた。
ホッと胸を撫で下ろしていると、前方を歩くアーサーが視線を前方に向けたまま話しかける。
「クレア、すまなかった。君をどんな理由があっても一人にしてはいけなかった」
「いえ……」
クレアはとても嬉しかったが、胸から熱いものが込み上げてきて言葉にできそうになかった。
それ以上言葉を紡がず、二人は家令の案内で共に馬車に乗り込もうとする。
「お待ちください」
綺麗な声の女性に話し掛けられたので誰かと思い振り向くと、そこにはイリスが立っていた。
「殿下。先ほどは大変失礼をいたしました。つきましては、クレア様とお話をさせていただきたいので、五分ほどクレア様のお時間をいただけませんこと?」
「断る」
「あら、先ほどの一件でとても警戒されてしまったのですわね。けれど大丈夫ですわ。あなた様が思っているようなことは起こりません」
アーサーはなお警戒を緩めない。
「アーサー様、心配ありません。少しお話をするだけですから」
「分かった。だが、何かあればすぐにクロを行かせる」
「はい」
アーサーは馬車に乗り込んだが、窓のカーテンを開けて遠目で二人の様子を確認しているようだ。
実質、二人きりとなった空間でイリスはクレアを真っ直ぐに見つめ、深く辞儀をした。
「わたくしの婚約者が、クレア様と皇太子殿下を侮辱する発言をしたことをここにお詫びいたします。大変申し訳ございませんでした」
なお辞儀をし続けるイリスの様子に、クレアはさあっと心が冷静になっていくのを感じた。
イリスが決して、表面的に謝罪をしているのではないと感じられたからだろうか。
「頭をお上げください、イリス様。……確かにあまり気持ちのよい言葉ではありませんでしたが、わたくしも充分不義理をいたしましたので。そもそもイリス様に謝っていただくことは一切ないのです」
第一皇子に対してあのような発言をすることは、通常ではまかり通らないだろう。
身体を起こしたイリスは表情を和らげた。
「クレア様はとても寛容なお方ですわね。だからこそ、わたくしはあなた様と交流を持ちたかったのです。いずれ、わたくしたちはそれぞれ嫁いで家族になるのですし、それに……」
イリスは真っ直ぐにクレアに視線を向けた。
「おそらく、ブルーノ様はこれであなた様に危害を加えるようなことはないと思いますわ」
「それはどういった意味でしょうか」
イリスは扇を口元にあてた。
「ブルーノ様は好戦的な方ですが、それはむしろあえて行っているのです。あなた方に挑発的な態度を取ってどのような態度を示すのか、いわば試しておられるのですね」
「……どうして、そのようなことをなさるのでしょうか」
「皇族たるもの、自分の意志を持たなければならないと常に仰っておりますわ。ただブルーノ様の性根が良い方かどうかは別の話ですが。自分の意志をキチンと言えたあなた様はさしずめ合格、といったところでしょうか」
イリスは瞳を細める。
「これは内緒にしていただきたいのですが」
クレアが頷くと話を続けた。
「わたくしは案外、ブルーノ様を気に入っておりますのよ。最初は大変な方と婚約を結ぶことになってしまった、どうして最初の婚約話が通らなかったのかと思いましたが」
それはアーサーのことだと思うと、胸がチクリと痛んだ。
「ただ、ブルーノ様は大変に偏った考えをお持ちの方なので、先ほどの発言も半分は本心でしょう。ですからわたくしが教育を……助言をと思いまして、就任式の夜、皇太子殿下にブルーノ様の情報を少々お伝えをしておりましたの」
瞬間、クレアはイリスの瞳に視線を合わせた。
「左様でしたか」
イリスは小さく頷く。
「とにかく、独特な偏見で凝り固まった方なものですから。あのまま皇太子殿下に情報を差し上げていなかったら、今ごろ第二宮には多数の刺客が押し寄せていたと思いますわ」
イリスは笑顔で言ってのけるが、その実全く笑えない内容だった。
心底恐ろしさが込み上げてくる。
「ただ、あの時はそれだけではなく、実はあなた様のことで一つ依頼を受けていたのですよ」
思わぬ言葉にクレアは目を見開いた。
「わたくしのことですか?」
「はい。実は」
イリスは、再びクレアの耳元に囁いた。
「あなた様をあの日の夜、園庭に呼び出して欲しいと依頼を受けていたのですわ。ただ、人払いの対策は立てていたのですがクレア様は予想外のタイミングであの場所に来られたものですから、あの時は『席を外して欲しい』とお伝えしたのです」
言葉の意味を呑み込んだ瞬間、イリスはクレアから離れてカーテシーをした。
「ではクレア様、本日はお越しくださいまして誠にありがとうございました。後日改めて謝罪をさせていただきますわ」
イリスの綺麗な仕草を見ると、会話は終わったのだと暗に示されているように感じた。
「こちらこそ、本日はお招きいただきましてありがとうございました。それではまたお会いしましょう」
「ええ、必ず。……クレア様とは個人的に親交を深めたいと思っておりますのよ」
そして、別れのカーテシーをし合い解散となった。
様々なことが判明し混乱しつつも、それでも真実を知ることができたので胸はスッとしたように感じる。
そう思いながら、クレアは馬車に乗り込んだのだった。




