第44話 イリスのお茶会
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あれから、「綺麗な水」と薔薇を持たせた下女仲間を装った使いの者を通して、例の香水を商品化しないかとの旨の手紙をアンナの母親宛てに送った。
また、綺麗な水は何故かそれを思い浮かべると発光後に手元に現れるので、量産することができたのだった。
マリは最初は戸惑ったようだが、試しに近所に配ったところ思いのほか評判がよく「いつ販売するのか」との問い合わせが後を絶たないため、先日にクレアの申し出を受けるとの連絡があった。
そして、今日はイリス公女の件のお茶会の日である。
ごく少数の集まりではあるが公爵家自体のお茶会のドレスコードは淡い紫色なので、クレアは今日のために特別に仕立て屋を第二宮に呼んで紫色のドレスを仕立ててもらったのだった。
また、パートナーのアーサーはウエストコートの下地やクラバットの色を淡い紫色に合わせている。
「お待たせいたしました」
お茶会は午後三時からなので、軽く昼食を摂った後に身支度を始めたのだった。
ドレスを纏い三つ編みに編み込んでハーフアップにした髪型、ゲストという立場なので控えめにしつつ本日のカラーコードの紫色を主にした化粧を施したクレアを一目見ると、アーサーは目を見開いた。
動かないのでどうしたのかと思ったが、同時に彼の普段とは異なる色合いの装いを目にしたからか、クレアは胸が高鳴ったのだった。
◇◇
そして、第二宮を出発し二人を乗せた馬車は一時間ほど掛けて、目的地の公爵邸へと到着した。
公爵家の敷地は実に広く、外門から本邸の玄関に到着するまで二十分近く掛かったのだった。
「よくぞ、お越しくださいました」
アーサーのエスコートで馬車から降りると、すでに玄関の外に男性が待ち受けていた。
上質なモーニングコートを着込んでいるので、公爵家の家令だろう。
「本日は招待に痛み入る」
「よろしかったら、こちら少ないですが」
クレアは家令に持参したバスケットを手渡した。中にはカップケーキやマフィンなどの焼き菓子が綺麗に敷き詰められている。
「これは、お心遣いをいただきまして誠にありがとうございます。さあ、こちらに。ご案内をさせていただきます」
「ありがとうございます」
そうして、二人は家令の案内により中庭のガゼボに通された。
中庭は第二宮のものとは趣が異なり、華美な装飾品が至る所に置かれている。ただ、どれもが洗練されているので嫌な印象は持たなかった。
到着すると、ベースが赤紫の金糸の刺繍が見事に入った女性──イリスと、隣に立つ長身の青年が立ち上がって二人を出迎えた。
「本日はお越しくださり、誠にありがとうございます」
「こちらこそお招きに預かりまして、誠にありがとうございます」
お互いにカーテシーをして挨拶をし合った。
クレアは緊張でどうにかなりそうだったが、イリスがニコリと微笑んだので緊張が少し和らいだように感じる。
「君が、妹たちが可愛がっていた人質王女か」
笑みを含んでいるのに、その瞳は氷のような冷たさを感じた。
ブロンドにエメラルド色の瞳、整った顔立ち。幼い頃に故郷で読んだ絵本に出てきた王子様のような人だとクレアは思った。
「……ブルーノ皇子殿下につきましてはお会いすることが叶いまして大変嬉しく思います」
「そうか。まあ、上手くやるんだな」
(怖い方だと思っていたけれど、意外と温和な方なのかしら)
そう思いお茶会は進んでいく。
紅茶は上質な茶葉を使用しているのか芳しい香りがしてとても美味しく、お茶うけのクッキーやスコーンも口当たりが滑らかだ。
目前の第一皇子ブルーノは実に綺麗な仕草でティーカップに口をつけており、特にクレアに対して興味を示していないようだ。
「皇太子殿下。使いの者が来ております」
「そうか。後ほど対応する」
「今すぐにとのことです」
ブルーノはティーカップをテーブルの上に置いて、温和な笑みを浮かべた。
「どうした、行ってきたらどうだ。何か重要な用事かもしれないだろう」
執事に声をかけられると、アーサーは立ち上がりクレアに声を掛けた。
「クレア、すまない。すぐに戻る」
「わたくしのことはお気になさらず、ご用事をお済ませください」
言葉に気をつけつつ、クレアはアーサーに気を遣わせまいと笑顔を浮かべた。
「ああ。すぐに戻る」
アーサーはイリスの方に視線を向けるとイリスは小さく頷いた。
そうしてアーサーが席を外し彼が退室すると、途端に目前に座るブルーノから嫌な気配が漂ってきたのだった。




