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帝国の人質として連れて来られた王女は、敵国の皇太子によって聖女の力に目覚める  作者: 清川和泉
第2部 ひとときの自由

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第43話 夕刻の中庭にて

ご覧いただき、ありがとうございます。

 夕刻。

 クレアは身支度を終えて侍女長のサラ、侍女のリリーと共に中庭のガゼボへと訪れると、そこにはすでに侍従を連れたアーサーが待っていた。


「申し訳ありません。お待たせをしてしまいましたでしょうか」


 クレアに気がついたアーサーは、腰掛けていた椅子から立ち上がり彼女を一目見て一瞬動きを止めた。


「いや、私も今到着したところだ。……ところで」

「はい」

「……とても、よく似合ってる」


 瞬間、クレアの顔は耳まで赤く染まり、彼女の背後ではリリーとサラが小さく飛び跳ねてお互いに手を合わせていたのだった。


(似合うって言ってもらえることが、こんなにも嬉しいことだったとは……)


 クレアは必死に胸の高鳴りを抑えながら、アーサーのエスコートで庭園へと踏み込んだのだった。

 現在の季節は秋であるし、今は夕方なので大分日が沈んではいるが、まだ灯をつけなくてもお互いの姿を確認するのには問題なさそうだ。


 ゆっくりとアーサーと共に中庭を歩いていく。

 その間ほとんど会話がなく、クレアは必死に話題を探しているとアーサーが口を開いた。


「ときに君の作った香水だが、どうやら効果が発揮されてきたようだな」


 丁度クレアもその話題を振ろうかと思っていたので、出掛かっていた言葉を必死に飲み込み頷いた。


「はい。身につけてくれた方は皆『身体の調子がよくなった』と言ってくれています」

「そうか。……それでは、やはり魔法の香水は成功していたのだろうか」


 クレアは、思わずピタリと身体の動きを止めた。

 もし、アーサーの言葉どおりであれば、あの時の発光から現れた水を使用した香水は完成していたことになる。

 それは今更ながら、大変なことではないだろうか。


「アーサー様。……もし可能であれば件の香水を、アンナさ……アンナの実家の魔道具店で販売をしてもよろしいでしょうか」


 クレアは習慣でアンナを下女らしからぬ呼び方で呼んだので、慌てて訂正した。

 アーサーに不審がられていないだろうかと彼の方に視線を向けたが、特に動じた様子はない。


「そうだな。異論はないが、それには予め様々な根回しをしておく必要があるだろう」


 アーサーの話によると、「疲労回復効果の魔法の香水」の作製に万が一でもクレアが関わっていることが世間に知れ渡ることのないようにしなければならないそうだ。


「もし君が、便利な道具の制作に関わっていることが周知されれば、国内に混乱を生じさせるキッカケになるかもしれない。それは、なんとしても避けなければならない」

「……はい」


 やはり難しいのだろうか。

 もし、あの魔法薬が人々に受け入れられて多量に販売されるようになれば、アンナの実家の魔法道具店は閉店の危機を脱する可能性があるし、地域住民の健康も守れて一石二鳥だと思ったのだが。


「……そうだな。こちらの手札を最大限に利用して、君が関わっていることを伏せることができれば可能だろう」


 瞬間、自然とクレアの表情はパッと明るくなっていた。


「アーサー様……!」

「ああ。ただ、まだ薬の効果の情報が圧倒的に不足しているな。安全性に関しては検知器に掛けた際問題はなかったが」

「左様ですね。それは確かめる必要がありますね」

「ああ。ただ皇帝に漏れると厄介なことになりかねないので、あくまでも極秘で動こう。それは俺が手配をする」

「ありがとうございます!」


 クレアは嬉しくなり笑顔をこぼすが、反対にアーサーは無表情だった。

 どうしたのだろうかと思ったが、よく考えてみると彼は婚約式の後から時折クレアに対してこのような表情をするのだった。


「ところで」

「はい」

 

 アーサーは、小さく息を漏らしてから続ける。


「イリス公女から、君宛てに茶会の招待状が届いている」


 瞬間、クレアの鼓動が高鳴る。 

 確かに、イリスは婚約式の日にクレアを茶会に招待したいと言ってはいたが、あれはあくまで社交辞令なのだと思っていた。

 まさか本当に招待してくれるとは、とクレアは思った。


「……左様ですか」

「君が少しでも気乗りしなければ断ってくれて構わない。断る旨の手紙は侍女に書かせればよいだろう」


 断る。その選択肢は考えていなかった。

 そもそも、アーサーと想いを通じているはずのイリスと仮初めの婚約者であるクレアが交流をするのは、アーサーとしてもあまり好ましい事態ではないのかもしれない。


(ここは、やはり断った方がよいのかしら。そもそも貴族主催のお茶会は行ったことがないのに、初めてのお相手が公爵令嬢のイリス様だなんて……)


 考えるだけでも気が滅入りそうだった。

 だが、婚約式の際のイリスの真っ直ぐな眼差しを思い出すと、自然と負の感情が消えていくように感じた。


「茶会には彼女の婚約者、つまり兄上も同席するそうだ。よって同時に俺も招待を受けている」

「‼︎」


 さらりと言っているが、それはとても物騒なことではないだろうか。

 そもそも、先ほどアーサーは断ってもよいと言ってはいたが、そのような重要な、謂わば顔合わせの機会を欠席することは好ましくはないだろう。


(今後のことを考えたら、出席した方がよいはずね)


 そう考えを巡らせると、再度アーサーに視線を向ける。


(お二人の仲を取り持とうと思っていたけれど、現状でそれは可能なのかしら……)


 このブラウ帝国では、婚約式を行った後およそ二年以内には結婚式を挙げるのが一般的であった。

 クレアはそのことを婚約式の前に聞いてはいたが、アーサーの「愛することはない」という言葉が気になったし彼とイリスとの関係も判断がつかなかったので、実際に自分が結婚式を挙げるイメージが湧かなかった。


(けれど、アーサー様とイリス様のお気持ちが重要だわ。それに現婚約者の第一皇子様のご様子も知りたいし)

 

 そう考えを巡らせると、クレアは現状の状況把握をすることが必要だと結論に至った。


「承知いたしました。それでは是非出席をさせていただきたいと思います」


 アーサーはピクリと眉を動かした。


「……よいのか」

「はい」

「……そうか」


 アーサーはどこか歯切れが悪いようだが、それはきっと第一皇子と会うためなのか、それともイリスと婚約者同伴で会わなければならないからなのか。


 そのどちらなのだろうと、ふとクレアは思ったのだった。

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