第42話 アーサーからの誘い
ご覧いただき、ありがとうございます。
「クレア様! 私あれから絶好調なんです‼︎」
三日後の朝。
いつものように朝の身支度をしていると、アンナが意気揚々とクレアに話しかけた。
「左様ですか!」
「はい! いつもなら夕刻には身体が重くて仕方がないのですが、昨日は寝る前まで快調でした!」
意気揚々とした表情で笑うアンナに、クレアは自分自身も嬉しくなっているのを感じた。
(アンナさん、体調が良さそうでよかった。それにしても急に体調の変化が起こったのはもしかして……)
そう思いつつ、リリーやサラらと共に朝の身支度を整えていると、アンナから心地の良い香りが漂ってきた。
「とても良い香りですね」
「クレア様。この香りはクレア様が贈ってくださった香水の香りです」
「あら、私が贈った香水を身につけてくれているのですね」
「もちろんです!」
アンナは最近は体調がよく、かつ先日クレアが作成した香水を身につけているという。
(もしかして、魔法の香水は成功していたのかしら……?)
そう思っていると、ふとリリーや侍女長のサラが目に入り、二人とも顔色がよくないことに気がつく。
クレアはベージュのデイドレスを身につけた後、自身のビューローの引き出しから二瓶の香水を取り出して二人に手渡した。
「これは薔薇の香水なのですが、もしよろしければとても良い香りなので試してみませんか?」
瞬間、リリーとサラは身体をクレアの方に向けて姿勢を整えた。
「よろしいのでしょうか?」
「はい、是非使ってみてください」
「「ありがとうございます!」」
このようなとき、下手に主人からの贈り物の受け取りを断らないのは貴族の習慣といえる。
こうして、アンナだけではなくリリーとサラも香水を身につけることになった。
ちなみに、クレア自身も香水が完成した当日から香水を身につけているのだが、確かに毎日疲れもなく快調な日々を送ることができていると感じていた。
「クレア様、皇太子殿下から書簡が届きました」
「左様ですか。ありがとうございます」
柔かな笑みを浮かべたリリーから封筒を受け取り便箋に書かれた書面を読むと、それには「今日の夕刻、一緒に中庭でも散策しないか」と書かれていた。
瞬間、クレアの胸の鼓動は高鳴った。
(アーサー様が私に対して時間を割いてくださるのだわ)
そう思うと胸が騒めき、顔が赤く染まっていくのだった。
その様子をリリーや他の侍女らは生暖かい表情で見守っている。リリーたちに書簡の内容を説明すると、皆瞳が一様に輝いた。
「クレア様。それでは、講義が終わり次第念入りにご用意をいたしましょう!」
サラの気合いの入った声に、クレアは彼女の言葉の真意を察知してより顔を赤める。
「い、いえ。そんな、庭園を散策するだけですので」
「いいえ、クレア様。クレア様には常にクレア様の尤も素敵なお姿で皇太子殿下とお会いしていただきたいのです!」
リリーの気合いの入った声に、一同「うんうん」と強く頷いた。
「そ、そうなのですね……」
「はい! ですから是非わたくしたちにお任せ願えないでしょうか」
「それは構いません。いえ、むしろとてもありがたく思います」
未だにクレアは、人から何かをしてもらうことに慣れていないので、こういうとき必要以上にかしこまってしまうのだ。
だが、そんなクレアの性分を専属の侍女らは皆弁えているので、眉根一つ動かさずに朗らかに返事をしたのだった。
◇◇
そして十五時頃。
クレアは今日の妃教育過程を終えて講義室を退室し私室へと戻ると、リリーたちはすでに準備をして待ち構えていた。
「それではクレア様。これから始めさせていただきます」
「はい。よろしくお願いします」
クレアは、サラとリリーと共に服が収められている衣装部屋へと移動してドレス選びを始める。
(あまり、飾り立てるのは苦手だわ)
様々な種類のドレスがあるが、クレアはいつも装飾が少なく色味も比較的落ち着きのあるものを選んでいた。
なので、今も装飾がほとんど無いダークブルーのシンプルなデザインのドレスを選んだのだった。
「クレア様。この色味のドレスは如何でしょうか」
そう言ってサラが選んだのは、ピンク色の胸元に大きなリボンがあるタイプのドレスだった。
「い、いえ。ドレスはとても綺麗なのですが、その分私が着たらそぐわないような気がするのです」
「いいえ、そんなことはありませんわ!」
リリーの声に侍女一同は「うんうん」と強く頷く。
彼女たちの熱気ないし情熱に気圧され、クレアは自分ではきっと選ばないだろうピンク色のドレスを選んだのだった。
「とても腕が鳴りますわ!」
意気揚々とドレスの着付けをするサラとリリーらの手によって、クレアは瞬く間に華やかな色合いのドレスに身を包んでいた。
「お飾り物は如何なさいますか?」
そう言ってリリーは宝石箱をさしだした。
それにはクレアの両親が贈ってくれた宝石が多数収められている。
クレアはその箱を見る度に胸が締め付けられるように感じ、ほとんど覚えていない両親や兄妹の姿を思い浮かべるのだった。
ちなみに、クレアの衣装室に収められているドレスの三分の一ほどは祖国の両親から贈ってもらったものなのだが、祖国のことに想いを馳せてしまうと思い身につける勇気は今のところ持ち合わせていなかった。
「それでは、飾り物はこちらを選びます」
クレアが選んだのは、ピンクダイヤが嵌められたネックレスとそれと遂になっているイヤリングだった。
一目で、今身につけているドレスに似合うと思ったのだ。
「まあ、とても素敵な組み合わせかと思いますわ」
サラの弾んだ声を始めとし、一同再び意気揚々とクレアのヘアアレンジや飾り物の装着をし、瞬く間にクレアの着付けは終了し整えられたのだった。
姿見にいつもよりも華やかな色合いの自分が写っていて、自分でも見違えたとクレアは大きく目を見開いた。
「とても素敵でいらっしゃいます!」
満面の笑みでそう言ったリリーの後にサラが続く。
「ええ、きっと皇太子殿下もお気に召すと思いますわ」
「左様でしょうか」
「はい、自信を持ってそう言えますわ」
サラの言葉に多少胸の奥にくすぐったさを感じたが、クレアはこれからアーサーと会うことがいつも以上に楽しみに感じたのだった。




