第38話 薔薇の有効活用
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翌日。
クレアは侍女のサラと共に中庭へと赴き、庭師のガウルの許可を得た上で彼の弟子のトムと昨日の別の庭へと移動した。
サラは少し離れた場所で待機をしている。この場所からは様子を見守ることはできるがおそらく会話までは聞こえないだろう。
サラが、クレアのプライバシーを保つ距離をとってくれていることがクレアは嬉しかった。
「ば、薔薇が咲いている!」
庭師の青年トムは花壇の薔薇を一目見ると非常に驚いた。
驚くトムに、クレアは予めアーサーと照らし合わせておいた「魔法肥料」を薔薇の苗に使用をしたためだと彼に説明をした。
また、クレアが庭師に栄養剤を使ったと説明をして、薔薇は鉢から花壇へと移してもらったのだった。
「魔法肥料! そ、そんなこ、高価な物をお使いいただけたのですかっ‼︎」
ガタガタぶるぶると震えだすトムの様子に、魔法肥料は非常に貴重なものであると実感をした。
クレアはこれまで人質という立場から街で自由に買い物をしたことがなく、物品の相場を今ひとつ把握をすることができていないのだ。
だが、トムの震え具合からアーサーは非常に高価な魔法薬をクレアに簡単に手渡したことになる。
(それほど高価な物をいただいていたのね……! どうやってアーサー様に恩を返していけば……)
そう思うが、そもそもこの肥料は実際に使用してはおらず、ただ一時的に借りている物である。
つい目前のトムの様子に侵食されてしまったが、よく考えるとクレアまで萎縮する必要はなかった。
そう思い、クレアはともかくトムに挨拶をしてから自室へと戻ったのだった。
自室にはリリーとアンナが側に付いており、クレアにお茶を淹れてくれた。
なお、アンナは侍女ではなく下女であるので、本来ならば皇太子の婚約者であるクレアの私室に足を踏み入れることは許されない。
だが、クレアがアーサーに頼み許可を得たので特別にアンナは自由にクレアの自室に入室することができるようになったのだった。
「ローズティーですね。とても美味しいです」
リリーが淹れてくれた紅茶は、とても芳醇でよい香りがした。
クレアは第二宮に来るまではほとんど水しか飲んだことがなかったので、紅茶の鮮烈な味に衝撃を覚え今ではとても気に入っていた。
「はい。クレア様がお育てになられた薔薇の花びらを使用して淹れたのですよ」
「そうなのですか?」
あの不思議な力で育った花の紅茶は、どういった味がするのだろうか。
そう思い一口飲んでみると、鮮烈な香りがより感じられた。
「とても美味しいです」
「それはよろしゅうございました」
クレアは心から美味しいと思った。
それに、何処か身体の奥底が熱く活力がみなぎってくるように感じる。
なので、このローズティーを自分だけで飲んでいるのではもったいないと思い至った。
「皆さんにも飲んでもらえないでしょうか」
「それはとても畏れ多いです」
咄嗟にアンナがそう言ったので、クレアは考えを巡らせた。
(私は他にローズティーを飲んだことはないから比較ができないけれど、このお茶は飲んだだけでとても調子がよくなったように感じるわ。これを私だけで飲んでいるのはもったいないわね)
そう思うと、ふと思いつく。
「では、他に薔薇の花びらを何かに利用できないでしょうか」
「そうですね。では、薔薇のクッキーなどはいかがでしょうか」
アンナの言葉にクレアは心が躍るように感じた。
「それはとてもよい案ですね! 早速取り掛かってみます」
リリーとアンナは互いに顔を見合わせたが、クレアを止めることはしなかった。
それは、きっとクレアの顔がとても生き生きとしていたからだろう。
◇◇
それから、クレアはアーサーに許可を得た上で、自分の余暇時間を利用して厨房へと赴き薔薇のクッキーを焼くことにした。
アーサーはクレアが料理をしたいと申し出をした時はしばし考えていたが、クレアの生き生きとした顔を見たからなのか許可を出したのだった。
クレアはお菓子作りは初めてなので、ほぼ料理人に指示を出してもらいながら工程を丁寧に行っていった。
オーブンで焼き上がったクッキーは、薔薇の上品な香りがほどよく感じられた。
「とても美味しいです。よかったら二人もいかがですか?」
日頃からクレアは、皇妃教育の講師らからリリーやアンナ、他の侍女らに対しての言葉遣いを改めるように指導を受けているが、彼女らはクレアにとって特別な存在なのでリリーやアンナに対しては改めなくてもよいようにアーサーに話を通している。
二人は顔を見合わせたが、小さく頷いた。
「はい。それでは一枚ずついただきます」
「ええ、是非!」
本来なら、使用人が王族であり皇太子の婚約者であるクレアから易々と何かを受け取ることなど許されないことであるのだが、リリーとアンナはこれまでクレアに仕えてきて「こういった時に受け取った方が喜ぶ」というクレアの性格や気質をよく理解をしているので、あえて受け取ることにしたのだ。
リリーとアンナはクッキーを受け取り上品に食すと表情を綻ばせた。
思わず目を見開き二人とも完食し口元をハンカチで当ててからクレアに切り出した。
「とても美味しかったです」
「それはよかったです。安心しました」
クレアは「美味しかった」という言葉の余韻にしばらく浸っていたいと思った。
「この薔薇はとても良い香りがします!」
「ええ、私もそう思います」
クレアは感動してくれているアンナに、ふとあることを相談しようと思いつく。
「よろしければ、この薔薇を何か有効に使える手段があれば教えていただきたいのです」
「有効に使える手段ですか?」
アンナはしばらく口持ちに手を当てた後、真っ直ぐにクレアと視線を合わせた。
「それでは、ポプリは如何でしょうか」
「ポプリですか?」
「はい。ポプリは今皇都中の女性の間で流行っているのですよ」
「まあ、左様でしたか。ただ、それはどうやって作るものなのでしょうか」
「それでしたら、私の母が魔法道具のお店を開いていて、趣味でポプリを作っていますので作り方等は聞いてきますね。手紙でもよいのですが実際に作っているところを見た方がよいと思うので。ただ外出の許可が下りればよいのですが」
クレアはすぐにサラに視線を合わせると、サラは満面の笑みを浮かべて頷く。
「その点は、おそらく問題はないかと思います」
クレアは今日の夕食の時に、その件をアーサーに持ちかけようと思ったのだった。




