第36話 庭いじり
ご覧いただき、ありがとうございます。
薔薇に関しての記述やアーサーについての記述をいくつか加筆、修正いたしました。
「是非、お手伝いをさせてください」
「ええっ! クレア様がですか!」
「はい」
「そ、それは流石に……、皇太子殿下の婚約者様にそんなことをさせられませんっ!」
確かに、クレアの立場を考えるとワナワナと震える青年の言い分も理解できるが、どうにもこの気持ちを抑えることはできそうになかった。
「構わない」
突然、聞き覚えのある低い声が聞こえたので振り向くと、そこにはアーサーが立っていた。
「皇太子殿下」
「君がやりたいことをやればよい。私はそれを咎めることはしない」
「殿下、ありがとうございます!」
クレアはとても嬉しく思った。
というのも、アーサーがいつの間にかクレアを探してなのかここまで来てくれたこともそうだが、土いじりなど本来王族がすることではないことを、彼は特に何の躊躇もなく快諾してくれたからだ。
じんわりと彼の言葉が心に染み入るようだ。
「いや、……君との約束だからな」
「はい。ありがとうございます」
アーサーは無表情で頷いた。
クレアはアーサーの様子が以前とはどこか違うような、まるで彼が感情を抑えているように感じていた。
思えば、婚約式の後からアーサーの様子が以前とは違うように思う。
だが、今は薔薇のことを優先しなければと思い直した。
「これから、よろしくお願いいたします」
クレアは青年に対してお辞儀をしたが、しばらく何の返答もなかった。
どうしたのかと思いチラリと見てみると、青年の身体はガクガクと震えて顔は青ざめていた。
「あの」
「申し訳、ございませんっ‼︎」
ものすごい勢いで土下座をしてなおかつ震えている彼に唖然としたが、背後の無残な花ビラが目に入ると、彼のその行動も理解ができる気がした。
「この薔薇は、以前は中庭に植えられていたと聞く」
アーサーの言葉に、青年は更に小さくなっていく。
「だが、少し前に病気になってしまい庭師が手を上げたそうだ。誰も気にかけなかったこの薔薇に気を掛けてくれたこと礼を言う」
ピクリと青年の身体が反応する。心なしか震えが治っているように見える。
「それでは、公務があるので私はこれで」
「はい。殿下、ありがとうございました」
カーテシーをしてアーサーを見送った後、青年が物凄く長いため息を吐いた。
「あわわ、ど、どうなることかと思いましたあ」
ガクガク震えながら立ち上がった青年を気の毒に思い声を掛けようとするが、彼は予想と反してハツラツとした表情になっていった。
「皇太子殿下が、ほ褒めてくださいました‼︎」
「え、ええ! 本当によかったです!」
クレアは、色々な意味でよかったと思ったのだった。
それから、クレアは庭師の青年トムに色々と教わりながら庭いじりを始めた。
加えて、衣服は一度自室へと戻りリリーに頼んで汚してもよいような服、お仕着せに着替えてきた。
ただ、リリーはクレアがお仕着せを着ることに対して最初は驚いていたが、事情を説明すると快諾して用意をしてくれたのだった。
そして、トムと一緒に鉢に苗を植えクレアがジョーロで水を撒いた。
ちなみに苗は以前に注文していたものがいくつかあったとのことだ。
「これで何日か経てば花壇に移せると思います」
「左様ですか。トムさん、ご苦労様でした」
「い、いえ! クレア様につきましては、お手伝いをいただきまして本当にありがとうございます!」
そう言って深く辞儀をした後、トムは身体を起こして周囲の道具をまとめはじめた。
「僕は道具を片付けながら師匠の元に戻ります」
「はい、ありがとうございます。私も水やりを終えたら戻りますので」
「分かりました。クレア様、それでは僕はこれで失礼します!」
「はい、ご苦労様でした」
そうして、トムを見送ると再び作業に戻った。
ジョーロで水をかけるのは、そういえば生まれて初めての経験かもしれない。
皇女宮では下女のような暮らしを送ってはいたが、庭園の花壇の手入れは専属の庭師の仕事だったからだ。
(水やりって、思っていたよりもずっと楽しいかも)
普段はしない鼻歌を歌いながら、お花がすくすくと育っていく様子をイメージした。
するとクレアの右手が発光し、鉢全体が光で包まれた。
クレアは突然のことで驚きで息を呑むが、その光はすぐに収束したのだった。
少々呆然とした後、慌てて周囲を見渡す。
幸い周囲に人はおらず、どうやらあの光はクレアだけが見たようだ。
「何だったのかしら……」
先ほどの光は、以前にどこかで見たことがあったような気がした。
(そうだわ。あの光は衣装が元通りになった時の光と同じだわ)
そう思い至ったとほぼ同時に、苗が伸び始めた。
「いくらなんでも早いのでは……!」
驚きすぎて、思わず声に出してしまった。
「皇太子殿下に報告に行かないといけないわ」
そうして、クレアはひとまず自室へと戻ったのだった。




