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帝国の人質として連れて来られた王女は、敵国の皇太子によって聖女の力に目覚める  作者: 清川和泉
第2部 ひとときの自由

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第35話 庭園にて

ご覧いただき、ありがとうございます。

 ひとときの自由を満喫しつつ、手に職を。


 そう思いながら中庭を歩いていると、クレアの目線の先に脚立に登って木に登っている人物がいることに気がついた。

 庭師は見たところ中年の男性で、日差し避けなのか大きな麦わら帽子をかぶっている。

 彼は剪定鋏で木の枝を切り落としているが、突然長い溜め息を吐いた。


「あいつ、何をしているんだ。遅刻なんて珍しいが……」


 そうはっきりと聞こえた。

 見たところ、とても困っているようなのでクレアは思わず声を掛けようとしたが、すんでのところでやめた。


(突然、私が声を掛けたりなんかしたら迷惑よね。驚かせてしまうかもしれないし……)


 クレアはこの第二宮には何処か居候をしているような心地でいるので、未だに部外者のような感覚を抱いていた。

 自由に立ち振る舞うことを許可されているとはいえ、あまり見知らぬ使用人に声を掛けられる勇気はまだ持ち合わせていない。

 

 このまま立ち去ろうかと思い、クレアは気がつかれないよう息を潜めてくるりと向き直し歩きだすが、何歩か歩いたところで歩みを止めた。


(それでよいのかしら。……私でも、お話くらいは聞くことができるのではないのかしら)


 そう思い直すと、クレアはぎゅっと手のひらに力を込めた。


「あ、あの……!」


 掠れながらもなんとか勇気を振り絞って出したが、男性は特に動きを止めず先ほどと同じように作業をしていた。どうやら声は届かなかったようだ。

 もう帰ろうかと思い直し、中庭の出入り口の方に視線を移した。


「クレア?」


 すると、背後から思ってもみなかった人物から声を掛けられたのである。


「こ、皇太子殿下……!」

「散歩か?」

「は、はい」


 まさか、アーサーに声を掛けられるとは思ってもみなかった。


「あ、あの、皇太子殿下もお散歩でしょうか」

「ああ、まあそのようなものだな。ところで、君は今誰かに声を掛けようとしなかったか?」

「い、いえ。それは……」


 このまま誤魔化すこともできるが、果たしてそれでよいのだろうか。

 せっかくアーサーが質問をしてくれたのに、それを踏みにじるようなことはできればしたくなかった。


「実は、庭師の方が何か困っている様子だったので……」

「庭師? ああ、ガウルのことか」


 アーサーの声かけと共に、庭師のガウルは動きを止めた。


「殿下。いらっしゃっておいででしたか」

「ああ。少し散歩をな。そのままでよい」

「はっ!」


 思わず脚立から降りようとしていた彼の様子を汲んだような声掛けをし、アーサーはクレアに対して片目をつぶってみせた。

 それは何かの合図のように感じられたが、もしかしたらクレアに何かを促しているのかもしれない。


(皇太子殿下が背中を押してくれている……?)


 そう思うと自然に声が出ていた。


「あの! 何かお困りですか?」


 今度は、ハッキリと通った声で言うことができた。

 その声に気がついたのか、庭師のヴァンがクレアの方に視線を向けた。


「え、ええ。実は弟子がこれから合流する予定だったのですが、約束の時間になっても来ないんですよ」

「そうだったのですね」


 周囲を見渡してみると複数の道具が置いてあった。予定であればそれらの道具を使って弟子が補佐をするのだろう。


「よければ、声を掛けてきましょうか」

「クレア様がですか?」


 瞬間、ヴァンはアーサーの方に視線を向けた。

 ヴァンの目は戸惑いを含んでいるようだったが、アーサーは小さく頷いた。

 

「それでは、よろしくお願いいたします」

「……はい!」


 クレアの心は浮き立っていた。

 思えば、ここに来てからはずっと周囲の人たちに至れり尽くせりの待遇をしてもらってばかりだったから、ほんのささやかなことでも誰かの役に立てるようなことができるのが純粋に嬉しいのだ。


 そして、クレアはヴァンに詳細を聞き二人と別れて使用人たちの食堂へと向かった。

 弟子は食事をしてから合流する予定だったとのことだったが彼はそこにはおらず、もしかしたら外庭にいるかもしれないということだったのでそちらに行ってみると、そこには小柄な年若い青年が蹲っていた。


「どうかしましたか⁉︎ 具合が悪いのですか?」

「え!」


 突然声を掛けられたからか、青年はビクリと立ち上がった。


「わああ、ククク、クレア様‼︎」


 狼狽える彼の様子に驚かせて申し訳ないと思いながら、ふと彼の後ろの庭が目に入った。


「これは……」


 青年の背後には、枯れ果て散った花々が広がっていた。


「もも申し訳ございませんっ!」


 小さくなって蹲る青年を見ていると、なんだか気の毒な気持ちが込み上げてくるが、無惨な状態の花々を見ると胸が痛んでくる。


「どうしてこんなことに……」


 思わず口元を抑えたクレアに、青年は遠慮がちに声を掛けた。


「クレア様、実は……」


 青年の説明によれば、この庭園の薔薇は現皇妃が愛してやまない庭園だったそうだ。

 彼は薔薇の手入れをしていたのだが、この薔薇は特殊な薔薇で、とてもデリケートで枯れやすいとのことだ。


「最近までは順調だったんです。でも急にこの有様になって……」

「左様でしたか」


 クレアは、目に前で儚い命が散っていってしまったような感覚を抱いた。

 クレアの心の奥底から、「新しい命を吹き込みたい」という気持ちが込み上げてくる。

 だから、クレアは気がついたら声に出していた。


「是非、お手伝いをさせてください」


 そう言ったクレアの目は、希望に溢れる目をしていたのだった。

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