第33話 あの言葉の真実
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クレアがトスカに対して怯まなかったのは、短い期間ではあったがアーサーと共に時間を過ごしたことでクレアの心に余裕が生まれたためだと思われる。
だが、同時にとても聞き捨てならないことを言い捨てられたためでもあった。
「切り裂かれた? どうしてそのことをご存知なのでしょうか」
「何であんたが言い返すのよ! 人質のくせに弁えなさい!」
アーサーがスッとクレアの前に出た。
「彼女は私の大切な婚約者だ。侮辱するのはたとえ妹でも許さない」
大切な、という言葉が際立って聞こえた。
そもそも、仮初めの婚約者のクレアに対して、何故そのような言葉を掛けてくれるのだろうか。
「どういうことだ」
いつの間にか、皇帝がクレアたちの周囲に近寄っていた。
皇帝は無表情であり、その蒼瞳からはどこまでも冷たさを含んでいるように感じられる。
「お父様……‼︎」
「トスカ、説明しなさい。お前は何をしたのだ」
「わたくしは……何も……」
「正確に説明をすることができなければ、どうなるかわかっておるな……」
トスカはヒッと大声を上げる。
「……わたくしが……侍女を使ってクレアの衣装を引き裂かせ……ました」
途端に周囲が騒めき立った。
「そうか。衣装は確実に裂いたのだな」
「…………はい」
瞬間、クレアは青ざめた。
クレアが今身につけているのは確実に引き裂かれたはずの衣装であって、それはあの不思議な力によって修復したから現在身につけることができているのだ。
あの力のことを皇帝に知られたら、クレアは一体どうなってしまうのだろう。
「そうか。……お前は実に愚かな行いをしたのだ。皇太子の婚約者の持ち物を傷つけるということは、即ち未来の皇后、ひいては皇帝をも傷つけたことと同義。お前が皇女であってもその咎からは逃れられない」
そう言って皇帝が右手を軽く上げると、すぐさま周囲の三名の近衛騎士がトスカの周囲を取り囲み、抵抗する彼女を何の躊躇もなく連れて行ってしまった。
近衛騎士が腰に下げている剣が、より恐ろしさを引き立てているように感じる。
瞬間、クレアは背筋が凍りついた。
(実の娘に対して、何の躊躇いもなくこんなことができるなんて……。皇帝陛下は私が思っていたよりもずっと冷酷な方なのかもしれないわ……)
そう思うと、身体が恐ろしさから小刻みに震えてくる。
いくら止めようとしても、震えが心の奥から湧き出てくるようだった。
「大丈夫だ」
冷え切った身体に温もりが溶け込んだ。
咄嗟に確認をすると、アーサーがクレアの右手を力強く握りしめていた。
「皇太子殿下……」
「君には俺が付いている」
そう短くクレアの耳元で囁くと、アーサーは前方を見据えた。
アーサーのその言葉が、心遣いが嬉しかった。
「して、そなただが」
皇帝はクレアの方に視線を移した。
「……はい」
何とか声を絞り出したが、皇帝は自分に何と声を掛けるのだろうか。想像しただけで恐ろしさが込み上げてきたが、右手の温もりが勇気をくれた。
無表情だった皇帝の表情が少し緩んだ。
「大事はないか? 何か物入りであったら何なりと侍女に申し伝えるとよい」
思ってもみなかった皇帝からの気遣いに、力が抜け落ちるようだった。
「……はい。皇帝陛下におかれましては、細やかなお心遣いに感謝いたします」
そう言って深く辞儀をすると、アーサーも同じように辞儀をした。
「うむ。今日はこれで仕舞いにしようと思うが、よいか」
二人は顔を見合わせ小さく頷き合った。
「はい、構いません」
「それでは二宮へと戻り身体を休めるように」
「はい」
そうして去っていく皇帝を見送った後、二人も侍従や近衛騎士と共に第二宮へと戻ったのだった。
その後、トスカには厳しい処分が下され、当分の間、罪を犯した皇族が入れられる塔に幽閉されることになったらしい。
クレアは胸がチクリと痛んだが、衣装を切り裂くというトスカのしでかしたことは彼女が心からの謝罪を受けない限り、きっと許すことはできないと思った。
(それにしても、何故皇女様は自らの罪を告白したのかしら……)
そうは思ったが、あの時のトスカは余程クレアが切り裂いたはずの衣装を身につけていたことがショックだったのだろうと思い、納得しようとした。
そうして、婚約式は終了したのだった。
◇◇
「して、そなた随分とあの娘に入れ込んでいるようだが、よもや朕との約束を忘れてはおらぬだろうな」
ガーデンパーティーの後、アーサーは皇帝に呼び出され、現在は皇帝の執務室で皇帝と向き合い立っていた。
皇帝は執務椅子に腰掛けているが、その椅子がまるで玉座のように見えて背筋が冷える。
「はい」
「あの娘を決して愛してはならない。その上であの娘と婚約をすること。それらの条件で、そなたを皇太子に指名をしたのだ。それを破ることがあれば、そなたの皇太子位を剥奪することも考えねばならない」
「…………はい」
クレアと婚約し、かつ彼女を愛してはならない。
それがアーサーが皇太子に就任をする際の条件であった。
とはいえ、彼は元々皇太子になりたい訳ではなかったのだが、母親である第三の妃のことが気にかかったのでその申し出を受けたのだった。
(俺は彼女を愛せない。それが、こんなにも歯がゆく思うとは……)
アーサーはクレアの姿を思い浮かべると、胸が締め付けられるように感じた。
クレアの笑顔が浮かんでは消えていく。
「それではもう行ってよい」
「はい」
速やかに退室しながら、ふと疑問が思い浮かんだ。
(何故、父上はクレアを愛してはいけないなどという条件を出したんだ。それに、あの様子では明らかに衣装に関して何かを勘付かれているはず)
そう思案をすると、ぎゅっと手のひらを握り締めた。
(彼女を愛してはいけない……。分かってはいたが、厳しい条件だ)
人の気持ちは常に移り変わるもの。
アーサーはこれから彼女と接する上で、自分は非情になり切れるのだろうかと思ったのだった。
今作をお読みいただきまして、ありがとうございました。
今話で第一部は終了となります。
また、今日からは、1日1話(多分お昼ごろになると思います)の更新とさせていただきます。
次話からもお読みいただけると幸いです。
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