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帝国の人質として連れて来られた王女は、敵国の皇太子によって聖女の力に目覚める  作者: 清川和泉
第1部 不遇な人質王女

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第26話 思い出の刺繍

ご覧いただき、ありがとうございます。

「本日は手間を取らせるが、私の婚約者に相応しい衣裳の手配を頼む」

「かしこまりました。我が店の店員の全てが全身全霊をかけまして取り掛からせていただきます」


 言い終わったと同時に、すぐさま店員と思しき二人の女性がクレアを店の奥へと案内してくれた。

 移動する前に、アーサーに対して「それでは行って参ります」と鈍くなっている思考をなんとか回して一言伝えると、アーサーは無表情のまま頷いた。


 今更だが、これから何時間も掛かるであろう仕立て作業に彼に付き合ってもらっても良いのだろうか。

 そんな考えが浮かび、心中に申し訳ない気持ちが立ち込め表情も少し沈むのだった。


「皇太子殿下のお母様の代から贔屓にしていただいている我が店に直接お越しいただけるとは、光栄でございます。それほど王女殿下のことを想っていらっしゃるのですね」


 店員は、これは出過ぎたことを申しましたと付け加えたが、クレアの心は少し軽くなった。

 加えて、気遣わせてしまったのだろうかと思ったが、純粋に店員の言葉が嬉しかったので気がつけば小さく微笑んでいたのだった。


「左様でしたか。お心遣いに感謝いたします」


 そうして、二階の特別室へと案内されると、その部屋は一階と同様、洗練された調度品が品よく置かれた好感の持てる部屋である。


 それから、この店の筆頭デザイナーにより採寸、クレアの好みの色、刺繍の嗜好などを訊かれ、その場で何点かデザインの案を提示された。

 一時間以上をかけて普段使いのドレスの案を練り、素材や刺繍、装飾の宝石などを決めるとクレアも流石に疲れ、椅子に腰掛けて休憩を取った。


 そして、十分ほどがたちそれが終わると、いよいよ本日の目的である婚約式の際に身につける衣裳作製の打ち合わせに入った。


「本日は、婚約式の際に身につけます衣装と普段使いの各シーン別に使用なさる衣裳をと予め伺ってましたのでいくつか候補を描かせていただきましたが、如何でしょうか」


 スケッチブックに描かれているのは、これまでクレアが見たこともないような豪華でかつ先鋭的な心惹かれるデザインのラフ画だった。


「素敵です」


 ポツリと本音をこぼすと、先ほど自身をアンリと名乗った筆頭デザイナーは満面の笑みを浮かべた。


「光栄でございます! さあ、クレア様、これから実際に着用していただきたいと思います」


 これまで、アーサーは時折意見を言ってはいたが殆ど部屋の隅でやり取りを見ていた。

 だが、今回は自身の衣裳も作製することもあってなのか、最初から打ち合わせに加わっている。


「皇太子殿下。まず婚約式のお衣裳ですが、こちらは如何でしょうか」

「ああ、それも良いが少々華やかさが足りないな」

「はい。でしたら」


 デザイナーは瞬時に移動し、本棚から分厚い本を取り出し戻って来た。


「こちらの刺繍図案の意匠(いしょう)は如何でしょうか」

「ああ、良いな。君はどうだろう」


 とんとん拍子に話が進み、現在は既製品のデイドレスを試着し終えたクレアは周囲に圧倒されていたが、アーサーの瞳を見ると何故か心が和らぐように感じた。

 補足をすると、意匠とは衣服等のデザインのことである。ここでは主に刺繍のデザインのことを指している。


 そして、その図案を一目見るとたちまち引き込まれるデザインがあった。


「この意匠は……」


 それは、アーサーたちが指したものではなかったが酷く気にかかった。

 これは確か……、そう。クレアがまだ幼い頃祖国にいた時に、何処かで見かけた刺繍だった。


(これはもしかしたら……)


「大丈夫か?」


 いつの間にか、心配そうに覗き込みハンカチを差し出すアーサーを見て、初めてクレアは自分が涙を溢していたことを知った。


「はい。……お心遣いに感謝いたします」


 ハンカチを受け取り、涙をそっと拭うと徐々に心が落ち着いてくる。


 アーサーはクレアに椅子に掛けるように促し、少し間を置いてから切り出した。


「何か記憶に残っている意匠があったのか」

「分かりません。ですが、ぼんやりとこの意匠を幼い頃に見かけた気がして……」


 それは、もうずいぶんと昔の記憶で色褪せてしまってはいるが、それでも強く記憶に残っていた。

 印象的なドレスの刺繍だなと思いながら、その胸に飛び込んだ時のことを。


(確かその胸は……)


「お母様……」


 そう呟くと涙が次から溢れて止まらない。

 そうだ、この刺繍のデザインはクレアの母が好きでよく身につけていたものだった。


「…………そうか」


 この場にいる一同は、皆クレアの境遇は知っているので彼女の心中を察したのか、クレアが落ち着くまでしばらく休憩をすることになった。


 その間、隣のソファに掛けるアーサーは労いかのようにそっとクレアの手を握った。

 驚き顔を上げるクレアだが、彼の眼差しがより柔らかかったので心に落ち着きを取り戻していったのだった。

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