第24話 アーサーとの朝食
ご覧いただき、ありがとうございます。
「皇太子殿下、おはようございます」
「ああ、おはよう。よく眠れただろうか」
「はい。お心遣いをいただきましたので、よく眠ることができました」
「……そうか、それは何よりだ」
他愛のない会話を返してくれるアーサーに、クレアは緊張して固くなっていた身体が少しほぐれたように感じた。
リリーの説明によると、第二宮の食堂は二つあるらしい。
一つは来客用のもので、広く豪勢な作りになっているのだとか。
そしてもう一つは、現在クレアとアーサーが二人で真っ白なテーブルクロスが敷かれた長いテーブルを挟んで座っている、この食堂である。こちらは主にプライベートな目的で使用される場所とのことだ。
よって、慣例からこの食堂に通され使用することができるのは皇太子とその家族のみだ。
ただ、皇太子の婚約者は幼い頃から妃教育を施される者が殆どなのだが、クレアのように成長をしてから決まる者もいる。
そういった者は婚姻を結ぶ日、つまり結婚式までこの第二宮で暮らし教育を施されることになっているのだった。ちなみに結婚してからは第二宮内での私室が変更される予定である。
なので、婚約者に関しても本来はごく限られた者にしか使用することのできないこの食堂を使用することができるのだ。
尤も、クレアはあくまで仮初めの婚約者であると思うのだが。
クレアは、そんなプライベートな空間に皇太子と一緒に朝食のパンを食べていることが、今でも半ば信じられずどこか夢心地でいた。
ただ、パンは焼き立てなのかとてもふかふかで、昨日とは別の種類と思われるポタージュは味が濃厚だった。
それらを噛み締めれば噛み締めるほど、強く感謝の念が心に溢れてくる。
「皇太子殿下、本当に、本当に……」
アーサーはスプーンを皿の上に置いてクレアの方に視線を向けた。
「本当にありがとうございます! 美味しいお食事も豪華なお部屋も温かいお風呂も、全て私には身に余るものですので一生をかけてお返して参ります。このご恩は一生忘れません‼︎」
想いが強かったためか、反動で思わずテーブルを強く叩いてしまったので、ガタンという音とともに反動で皿が少し揺れた。
慌てて確認してみると、どうやらテーブル上のポタージュやはグラスの水などは溢れ落ちていなかったのでホッと胸を撫で下ろす。
「も、申し訳ありません……」
慌てて立ち上がって頭を下げるクレアに、アーサーは少しだけ口元を緩ませて腕を上げた。
「いや、よい。それに君はこれから私の婚約者となってもらうのだから、それらの待遇は当然のものだ。何かに変えて返す必要もない。加えて私は君にある条件をつけた。それで充分だと考えているし、むしろこの待遇を与えても足りないと考えている」
先日の「君を愛することはない」という条件を敢えて「ある条件」と伏せて伝えたのは、周囲に侍従や給仕の者が控えているからだろうか。
確かに、その言葉を聞いた時は中々人にそう言われる機会がないからか衝撃を受けたが、そもそもクレアはあくまでイリスが婚約破棄をして無事にアーサーと婚約を交わすまでの繋ぎに過ぎないはずだった。
なので、むしろ自分を愛することがあったらまずいのではないだろうか。昨日も思考したことではあったが、改めてそう思った。
ただ、後ほどクレアは、「アーサーが自分を愛することはない」という条件に対して切ない気持ちを抱くことになるのだが、今のクレアには知る由もなかった。
「左様でしょうか……」
色々と疑問には思ったが、これ以上は立場も考えて追求しないようにした。
そしてデザートのヨーグルトをいただきながら、食後の紅茶もいただく。温かくて茶葉の芳しい香りが全身を駆け巡るようだった。
これまでは、自分で井戸で汲んできた水しか飲むことを許されていなかったので労働もせずに飲料水を飲めることに対してまだまだ免疫はないが、一口一口を味わって飲むことにしたのだった。
「ときに急で悪いのだが、私たちの婚約を本日の午後に交わすことになった」
「……! 本日の午後でしょうか」
それはまた急な展開である。
昨晩、アーサーと遭遇してからとんとん拍子にことが運び過ぎてはいないだろうか。
「正式には婚約式の際に交わすのだが、これから一ヶ月弱君がこの第二宮で暮らすにあたって婚約に関する署名をしておく必要があるのだ」
「……左様でしたか」
「今日署名してもらう書類は、婚約式が終わり次第宮内庁に提出することとなる」
婚約式……。
今更だが、本当にクレアはアーサーと婚約を交わすのだと一気に実感が湧いた。
「とはいえ、今日の仮の署名で君の皇太子妃教育を今週中にも開始できるそうだ。私も政務のかたわら教育を受ける身でもある。一緒に受けることはないと思うが共に励んでいこう」
「皇太子妃……教育……」
またしてもことが瞬く間に決まっていく。
そのことに驚きつつも、教育を受けさせてくれるという言葉が強く胸に響いた。
「無理強いはしないが、少しずつで良いので……」
「はい、受けさせていただきます!」
気がつけばそう答えていた。
イリスのことを考えたら遠慮をした方が良いのだろうが、それよりもこれまで誰かを気にせず教育を受けたいと強く願ってきたのでそのチャンスを掴みたかった。
「そうか。非常に頼もしいな。私もその姿勢に是非倣いたい」
二人の間に温かい空気が流れたのだった。




