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帝国の人質として連れて来られた王女は、敵国の皇太子によって聖女の力に目覚める  作者: 清川和泉
第1部 不遇な人質王女

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第21話 ふかふかのベッド

ご覧いただき、ありがとうございます。

 それから、リリーとアンナに連れられて廊下を進んで階段を登り、突き当たりの部屋の前で歩みを止めた。


「こちらが、本日からクレア様にご利用をしていただきますお部屋でございます」

「案内していただき、ありがとうございます」


 クレアが仮初めの婚約者になることは、たった先刻前にほぼ成り行きで決まったことなのに、すでにクレアの部屋が用意されていることは全くもって意外だった。

 おそらく、第二宮の使用人たちは相当優秀でかつ主人に忠実で仕事が早いのだろう。


 これまでクレアは、物置だった部屋に無理矢理朽ちたベッドを持ち込み居室とされて住んでいたのだが、今回はどのような物置なのだろうか。

 ふと、そんなことを思いながらリリーが開けてくれた扉の先に一歩踏み込んでみる。


 ──すると、そこはクレアの予想と全く反し物置部屋などではなく、広大な居室であった。


 居室に広大などいう表現はそぐわないのかもしれないが、ともかく広いのだ。


 皇女の部屋には踏み入る許可がなかったので比べることはできないが、目前の部屋は何かのイベントを開催しても問題がなさそうなくらい広く、このような広い部屋をクレアはこれまで目にしたことはなかった。

 居室は二間続きとなっていて、どうやら活動を行う部屋と寝室とが分かれているようだ。


 身体を硬直させて動けずにいると、傍にいるリリーとアンナが急に膝を折って頭を下げた。


「クレア様。ご居室はお気に召しましたでしょうか」


 振り返るとそこには穏和な表情を向けた女性が立っていた。見たところ三十代後半といったところか。


 身体も思考も未だに固まっているし、リリーには申し訳ないのだが、そもそもこの部屋が自分の割り当てられた部屋だということ自体が間違いではないのではないかと巡らせていたところだった。


「……はい。……このような素敵なお部屋をご用意していただき、とても嬉しく思います」


 何とか、思考を搾り出して伝えることができたので心の中で小さく安堵の息を吐くが、まだ気を抜くことはできそうになかった。


「そのような温かいお言葉をいただきまして、安心いたしました。わたくしは本日よりクレア様の専属の侍女長を拝命いたしましたサラと申します。よろしくお願いいたします」

「サラ様ですね。こちらこそよろしくお願いいたします」


 サラは微笑んだまま首をゆっくりと横に振った。


「クレア様。わたくしに対して敬称は不要でございます。何なりと敬称を付けずにお呼びください」

「……左様ですね。分かりました」

 

 とはいえ、これまでの習慣では侍女には敬称をつけて呼んでいたので、今更変更するのは中々難しそうだ。


「調度品など最低限のものは揃えてはありますが、何かご入用であればその都度に何なりとお申し付けくださいませ」

「……はい、ありがとうございます」


 居室に一歩踏み込むと、そこには見間違えかと思うくらい上質なソファやテーブル、天蓋付きのベッドが広々とした室内の然るべき場所に置かれている。

 反射的に汚さないようにと直立しそれらから離れていると、サラがワゴンを押して入室して来た。


 そのワゴンにはカバーがかけられており、サラはそれらをテーブルの上に一つずつ丁寧に載せていく。

 瞬く間に周囲に湯気が立ち込め、良い香りがクレアの鼻腔をくすぐった。


 瞬間、それらの方を見ると温かいポタージュスープやハムとチーズを挟んだバケット、彩り豊かなサラダが並んでいた。


 それらを目にするとこれは夢なのかと思うほど現実味がないように感じるが、間違いなく良い香りが漂っているのでこれは現実なのだと実感した。


「すでにパーティーでお料理をお召し上がりになられているかと存じますが、コルセットを閉めた状態では中々食事もままならなかっただろうと皇太子殿下からのご配慮でございます」


 思わず耳を疑った。

 何故アーサーが、先ほどに偶然知りあって成り行きで仮初めの婚約者になった自分のことをこのように気にかけてくれるのだろうか。

 そもそも、彼はイリス公女のことを想っているはずなのに、クレアに対してこのように配慮をする理由がわからかなった。


(いいえ、おそらく婚約者だと偽装しているからこそ、周囲を欺く必要があるのだわ)


 そもそも、クレアがこれまで生きてきた世界が異常であって、通常であれば他人に対してこのような配慮をすることは何も特別なことではないのかもしれない。


(それでも……私にとっては……とても特別なことで……)


 クレアは目の奥から熱いものが込み上げてくるのを必死に抑えながら、椅子に腰掛けて目前のスープをスプーンで掬って口にする。


 すると、コーンの芳醇な香りが身体の中で自然に溶けて、心がホッと落ち着いたように感じた。


「……とても美味しいです……」


 そう言って微笑んだクレアの目から一筋の涙が溢れた。

 サラは取り乱すことなく、クレアにハンカチを差し出してくれた。


 ああ、ここでは自分自身の弱さを他人に見せても否定されないのだ。

 そう思い、そのことのありがたさを噛み締めながら、残りの料理をゆっくりと味わったのだった。


 そして、食事が終わってからは椅子に腰掛け食後に休息をとっていたのだが、酷く疲れているのか睡魔が猛烈に襲ってきたので今日のところは就寝することにした。


「それではおやすみなさいませ、クレア様」

「はい、おやすみなさい」


 リリーに就寝の準備をしてもらいベッドに横になると、そのふかふか加減に心底驚いた。

 この世にこのようなふかふかで、寝心地の良いベッドが存在していたとは……!


 これまでは、よく倒壊しないなと思うほど横になるとギシギシと音を立てるベッドだったからか、今横になっているベッドのふかふか加減が、より心身を優しく包み込んでくれているように感じるのかもしれない。


(ここは天国だわ……)


 あくまで自分は仮初めの身なので、ここにいられるのはそう長い期間ではない。

 加えて、ここは敵国であり敵国の皇太子であるアーサーや侍女らにも安易に心を開いてはいけないと頭では分かってはいた。


 だが今は、与えてもらった幸せに感謝をして、少しでも誰かの、皇太子であるアーサーの役に立ちたいとクレアはぼんやり思いながら、眠りについたのだった。

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