06.祝宴に渦巻く思惑
両親への挨拶を手早く済ませたアストリンデは、その後すぐ、家族と共に大広間横の控えの間へ向かった。
控えの間の窓は特殊な加工が施してあり、こちら側からのみ、大広間の様子が窺えるようになっている。
そっと覗き込むと、既に大勢の招待客がひしめきあっていた。
国内の主要な貴族はもちろん、他国の王族や外交官の姿も多く見受けられ、色とりどりの衣装と宝石が広間を華やかに彩っている。
これまでになく異国様式の衣装が目立つ光景に、アストリンデは正直、驚きを隠せなかった。
招待客名簿にしっかりと目を通しておけば、今更驚くこともなかったのだろう。
けれど――かつてパルシアで開かれた宴で、これほど多くの外国の賓客が集まったことはあっただろうか。
「あら、緊張しているの? いつも能天気なあなたらしくもない」
扉からそっと離れたところで、ジルヴェナがこれみよがしに声を掛けてきた。
「気負うことはないわ。どうせお客さまたちがあなたに期待することなんて、何もないもの」
「お気遣いありがとう、ナナお姉さま。わたくしのためにこんなにも大勢のお客さまがお祝いに来てくださったのだと知って、感激してしまったの」
わかりやすい嫌みに、何事もなかったように微笑み掛ける。
ジルヴェナがかすかに顔を引きつらせた。
一年前、彼女の誕生日の祝宴には、これほど多くの来客はなかった。きっと、それが悔しかったのだろう。
ジルヴェナの視線が、不愉快そうにアストリンデから逸らされた。
ちょうどその時、高らかなラッパの音が響き渡る。それを合図に、広間奥の高座へと続く扉が、静かに開かれた。
「国王陛下、王妃殿下、ならびに王女殿下方のご入場です」
広間に控えていた儀礼官が朗々とした声で告げると、ざわめきが一瞬で静まった。
父と母、そして姉が先に高座へと進む。胸の奥で小さく息を整えながら、アストリンデもまた、広間への一歩を踏み出した。
広間のあちこちから、ひそやかなざわめきが広がる。
感嘆とも好奇心ともつかぬ視線が、一斉に高座へと集まった。その中には、アストリンデを値踏みするようなものも少なからず混じっている。
なるほど、これまでになく異国の客が多いと思ったが――どうやら彼らは『伝説の魔女に師事する王女』を一目見ようと、祝いにかこつけてやってきたらしい。
そしてあわよくば、縁を繋ごうとでも目論んでいるに違いない。
(愚かしいこと)
かつては、こんな視線を向けられることなどなかった。人々の関心はいつも、魔法の才を持つジルヴェナに向けられていた。
王女でありながら、アストリンデはいつもその光の外にいた。
けれど、ヴェスカルドは違った。
魔法の才など持たずとも、アストリンデ自身をまっすぐに見つめ、大切にしてくれたのだ。
自身に注がれる無遠慮な眼差しになど興味はない。アストリンデの視線は、人波の向こうを探していた。
そうして視線を巡らせたその先で、ふと、彼と目が合った。
ヴェスカルドが目を細めて微笑むのが見える。
その一瞬、時間が止まったような錯覚に陥った。
――だが、すぐに現実へと引き戻される。
父がゆっくりと立ち上がり、その動きを合図に、広間は水を打ったように静まり返った。
「――本日は、我が娘アストリンデの誕生日を祝うため、かくも多くの方々にお集まりいただき、心より感謝する」
父の視線が自身に向けられたことに気づき、アストリンデは王女らしく淑やかに微笑み返した。
父娘のなごやかなやりとりに、招待客たちも微笑ましげな表情を浮かべている。
「幼少より研鑽を積み、学びを重ねてきた王女も、一つの節目を迎えることができた。今後についても本人の意思を尊重しつつ、良い縁に恵まれることを、国王として、何より父として願ってやまない。――さあ、アストリンデ。お前もご挨拶を」
促され、アストリンデは一歩前に進み、優雅に一礼する。
「皆さまのお心遣いに、深く感謝いたします」
アストリンデの挨拶が終わると、傍らに控えていた儀礼官が見計らったように、父に酒杯を差し出した。
「本日は、心ゆくまでこの席を楽しんでもらいたい。各国の平安と繁栄を願って――杯を掲げよう」
受け取った酒杯を父が高らかに掲げる。
招待客たちがそれに倣い、一斉に酒杯が口元へと運ばれた。
アストリンデもまた、絞った果汁の入ったグラスを口につける。
一口目を飲み干した頃、楽団がゆるやかに音楽を奏で始めた。
広間にはざわめきが戻り、アストリンデのもとには招待客が列をなして群がる。
国内の名門貴族、近隣諸国の使者、友好国の王族――。
中には前の人生でアストリンデを歯牙にもかけず、姉に媚びへつらってばかりいた者さえいた。
祝辞や挨拶を一つひとつ丁寧に受け止めながら、アストリンデは礼儀正しい笑みを崩さず応じる。
こうした場では一言、二言儀礼的な挨拶を交わしたら次の者へと順番を譲るのが通例だが、今日に限っては様子が違った。
とりわけ未婚の若い貴族や、各国の王子たちがそうだ。
しつこくその場に残り、競うようにアストリンデの関心を引こうとする。
「アストリンデ王女殿下、今日はお祝いに我が領地で採れた葡萄を使った、とびきりの葡萄酒をお持ちいたしました」
「私はお抱えの工房で作らせた最高の首飾りを」
「我が国自慢の絹を献上いたしましたので、ぜひ新しいドレスを仕立ててください」
どうやらアストリンデが思っている以上に、稀少な魔法の担い手という立場を皆は重要視しているようだった。
悔しげなジルヴェナの視線が突き刺さるが、変われるなら変わってほしいとさえ思う。こうして無駄な時間を過ごすくらいなら、一秒でも早くヴェスカルドと話したい。
我先にとアストリンデのもとに押し寄せた主張の強い青年たちと違い、ヴェスカルドは列の後方で静かに、自身の順番が回ってくる時を待っていた。
客の応対をしながら、アストリンデはヴェスカルドと言葉を交わす時を、今か今かと待ち望んでいた。
そしてようやく、ヴェスカルドの順番がやってきたその時。
――耳をつんざくほどに鮮烈なファンファーレが、大広間に轟いた。
同時に、天井からまばゆい金色の光と共に、色とりどりの宝石が降り注ぐ。
赤、青、緑、紫――無数の輝きが渦を巻き、広間を埋め尽くした。
それだけではない。甘く香る風とともに、無数の花弁が舞い落ち、それは人々の視界を塞がんばかりだ。
皆驚いて手を伸ばすが、宝石は手のひらを通り過ぎて消えていくだけ。
そこで初めて、人々はそれが実体を持たぬ、精緻な幻影であることに気づく。
あまりに非現実的な、それでいて華やかで幻想的な光景を前に、皆は言葉を失い、立ち尽くしていた。
やがて幻影が消える頃。その中心に、一人の青年が姿を現した。
砂と陽光で織られたかのような長い金の髪を細く編み込み、褐色の肌に深い紫紺の衣を纏っている。衣装を飾るきらびやかな宝石が、照明の光を反射して眩く輝いていた。
「――砂海の帝国ザハル・カルナが皇太子、タリク・アフマル。この祝宴に、最大の祝意をもって参上した」
遠い異国の湖を思わせる蒼眼を愉しげに細め、その青年は広間の空気を塗り替えるに十分な存在感を持って、そこに立っていた。
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