112. キメラ計画
キメラたちがバベルの塔で暴れ回っていた。
イカロスの実験体たちである。
イカロスは魂の研究をしてきた。
それはフレイヤの研究と大枠では同じ分野だ。
イカロスの研究は、2つの全く異なる生命体を一つにするというものだ。
キメラを作ること自体は、倫理的な問題ない。
それを人間でやらなければ何も問題はない。
尤も、イカロスの一番の目的は”キメラ作成”などではない。
それはあくまでも過程であり、イカロスが本当に目指しているのは魂の変容だ。
魂というのは、生まれたときから容量が決まっている。
そしてそれは扱える魔法にも影響を与える。
魂の容量を超える魔法を使うことはできない。
またたとえ容量を満たしていたとしても、魂と合わない魔法は使うことができない。
これを魂の”色が合わない”と表現している。
極端な話、水魔法しか使えない者は、たとえ最上級の水魔法を扱えたとしても初級の火魔法を扱うことはできない。
もちろん、そこまで極端な例はほとんどないが。
ちなみに神級魔法を扱える者が少ない理由は、容量と色の2つの制限があるからだ。
イカロスはその制限を取っ払いたいと考えてきた。
先天的に扱っている魔法が決まっている現状を憂いていた。
そのための魂の研究であった。
そしてイカロスは魂を変容させる方法を見つけ出した。
それは2つの魂を足すことだ。
つまり、2つの異なる生命体を合成させれば良いのだ。
それがイカロスの研究であり、キメラの研究であった。
キメラの研究はある程度のところまで上手く進んでいた。
当然の話だが、魂の形が似ているモノ同士のほうが融合しやすい。
だがどれだけ似ている魂であろうと、融合できないこともある。
そして魂の融合がミスれば使い物にならなくなってしまう。
そのせいでハゲノー子爵の干支実験では、多くの者たちが廃人になってしまった。
しかし、その程度の犠牲はイカロスにとって些細なものだった。
人類の発展には犠牲とはつきものだ、というのがイカロスの考えであった。
倫理観を外れようが、イカロスにとって何ら問題はなかった。
そうして研究を進めていく中で、イカロスはヘルの力が必要になった。
魂を融合させるためには、一度、魂を引き離す必要がある。
そのためには、死の力が必要だった。
死に近いほど魂は離れやすく、同様に結合もしやすくなる。
研究を進めることができるなら、イカロスにとって闇の手に入ることは何ら問題なかった。
ヘルの力を手に入れたことで、数々の犠牲を生みながら、より研究は加速させていった。
最高の存在になるために、イカロスは自身の娘すら実験体にした。
二人の娘たちを馬と羊と合体させた。
自分の研究のため、もっといえば自分のためにイカロスは娘たちを実験体にした。
その後、アークによってハゲノー子爵が騎士団に捕まってしまったものの、イカロスにとっては些細な問題だった。
イカロスは研究を次のフェーズに進めた。
自身のキメラ化である。
イカロスは最高峰の魔法使いの一人と言われていた。
過去にバベルの塔で競い合っていたラプンツェルがいなくなってからは、イカロスはバベルの塔でトップになった。
だが、イカロスには一つだけ大きな欠点があった。
それは神級魔法を使えないということだ。
どれだけ魔法を極めても器が足りていなかった。
天に届く才能があるのにも、魂の器というものだけで拒まれてしまう。
イカロスにとって許せるものではなかった。
「天が私を拒むなら、私が天になろう」
イカロスは、自身をキメラ化させ神級魔法の使い手になることを望んでいた。
そして、キメラの素材も手に入れていた。
悪魔だ。
それはアース神族とヴァン神族が争うよりも、ずっと昔の時代の化け物。
ミズガルズを化け物が支配していた時代。
その時代に生きていたとされる悪魔を長期保存された姿で見つけることができたのだ。
さらに運の良いことに、イカロスと悪魔との適合率も極めて高かった。
これでキメラ化に成功すれば、イカロスは神級魔法を扱えるようになる。
つまり、名実ともにトップと言えるようになるのだ。
イカロスは常に頂上を求めていた。
一番でなければならない。
そんなイカロスにとってちょうど良い存在が現れた。
アーク・ノーヤダーマだ。
この国で最強の魔法使いといえば、間違いなくアーク・ノーヤダーマだった。
アークを倒すことで、イカロスは最高であることを証明できる。
イカロスは悪魔を見る。
長期保存されていたと言うのに、その体はきれいなままだ。
神たちでさえも、殺すには至らなかった化け物だ。
器としては最適だろう。
さらに今、バベルの塔には死の力で溢れかえっている。
今こそがキメラ化するときである。
「ようやくこのときがきた。私が真の存在になる、このときが――」
イカロスの言葉が途中で途切れた。
「――がっ」
イカロスの心臓が剣で貫かれていた。
イカロスはゆっくりと振り向く。
「お久しぶりです。お父様。そしてさようなら」
プフェーアトは冷たくそう言い放った。




