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恋の会計期末はハッピーエンドで

 マレットがパドアールに旅立ってからちょうど一年。冬の真っ只中のある日の朝、フレイ・デューターは毛皮の外套を取り出していた。明らかに外出用の装いである。昨夜雪が降ったため、これが無いと寒いだろう。


「今日合格発表よね?」


「そうだよ」


 リーズガルデの声もめずらしく緊張気味だ。振り返らぬまま、フレイは答える。冬用のブーツに足を通す。ずれないように、トントンと踵を玄関の床に着く。


 (三週間も発表まで時間かかるなんて、ずいぶん待たせてくれるぜ)


 フレイの表情は落ち着いている。この一年で幾分精悍さを増したなと、見る人が見れば思うだろう。先日受けた試験自体はそれまでの勉強の成果か、浮き足立たずに取り組めた。合格しているかいないかは分からないが、自分の実力は出しきったとは思っている。


 その自負があったとしても、合格発表までの期間は長い。この三週間じりじりする思いであったが、それも今日でおしまいだ。


「どこで発表されるんだっけ?」


「会計府。行けば案内してくれるってさ」


 答えながら、フレイは恋人のことを思った。もしマレットが転勤にならなかったら、彼女が合格者の貼りだしをしていたかもしれない。そうすると、恋人の目の前で運命の分かれ道に立たされるという、非常に心臓に悪い状態になっていたのだ。


 (いや、マレットさんの転勤が無ければ、会計士を目指しはしなかっただろうな。だからこの仮定は意味がない)


 頭の中を切り替える。ひょいと立ち上がると、玄関の側で控えていたロクフォートがすっと扉を開けた。


「そんなに積もらなかったね」


「それでも用心に越したことはありません、若様。試験の合格発表の日なのですから」


「滑るなってな。ありがと、ロクフォート。じゃリーズ姉、行ってきます」


 片手をひらひらさせて挨拶し、フレイは白雪を踏み締めながら歩き始めた。サクサクという軽い雪の感触が足に伝わる。顔をあげると、微かに遠くから子供達の歓声が聞こえる。雪合戦でもしているのだろうか。


 雪化粧を施された屋敷の庭を横目に、フレイは歩きはじめた。その足取りはしっかりとしていた。その靴が雪を踏む度に、一対ずつ足跡が刻まれていく。


「さあて、どっちに転ぶやら」


 朝日にきらめく雪に目を細めながら、フレイは会計府を目指す。吸い込んだ空気は冷たく澄んでいた。




******



 普段、シュレイオーネ王国運営の中心地たる各府が集う王城に隣接した敷地には、一般人が入ることは許されない。治安上の問題が主な為である。けれども今日に限っては、会計士試験の合否を確認に来た当人ないし、当人の代理人であれば入場が許されている。


 フレイもまたその一人だ。厳めしい槍を構えた衛兵達が入場しようと列をなす一般人をチェックする中、おとなしく列に並ぶ。


 列の前後から聞こえる今年の合否を不安視する声、すでに結果を確認して戻ってくる受験者達の明るい表情、あるいは落ち込んでいる表情。落ち込んでいる表情の方が圧倒的に多い。


 (しゃあねえよな。合格率例年一割前後だもん)


 ――俺だってどうなるか分からない――


 列に並びながら前を見る。着々と列は処理され、その度にずらりと並んだ人々の背中が進む。冬用の外套を羽織る人が多い為、全体的に黒っぽい装いが並ぶ。少し陰欝な印象を受けた。


「受験票を見せていただきますか」


「はい」


 いつの間にか自分の番になっていた。ポケットに入れておいた受験票を差出し、衛兵に見せる。


「受験番号84番、フレイ・デューター様ですね。失礼致しました」


 フレイの受験票をチェックし、衛兵が少し丁寧な態度でお辞儀をしてきた。辺境の子爵家とはいえ貴族は貴族、やはり対人関係で多少は有利に働くこともある。


「いえ、お勤めご苦労様です」


 返却された受験票をまたポケットに捩込みながら、フレイは軽く会釈した。


 列は着々と前に進む。自分の順番が近づくにつれて、普段はのんびり屋のフレイも流石に緊張してきた。


 (ここで落ちてたら、一年間何してたんだってことになるよな。くそ、びびるなよ、俺)


 やるだけやった実感と結果を待つ不安が改めて沸いてくる。その両方の感情が、試験を受けてから今日までフレイを支配していたのだ。


 そして審判の時は来た。


「84番、84番っと」


 わざとふざけたように声を踊らせながら、フレイは合格者の番号が貼り出された掲示板を見る。それほど受験者が多くないため、掲示板は大きくはない。だが、何故か斜めからは見えないように細工されているため、一つ一つの番号の正面に回りこまなくてはならない。


「そろそろ出てきてもいい頃だけど」


 じりじりと焦りが増す。基本的に小さな番号から大きな番号に、左から順に並べて掲示する方式だ。さっきの合格番号は70番だったから、フレイの84番が出てもおかしくない。




「あ、あった!? いぃやったあああ!」


 いきなり上がるフレイの絶叫。その青い目が捉える84番の数字が、キラキラと輝いて見える。


 奇跡か。いや、違う。


「これが実力だ......!!」


「はい、終わったらどいてくださいねー」


 さらっと衛兵に退場をお願いされるあたりは、やはりフレイはフレイだった。




******



「こっちも飾り付けしてね。お皿足りる?」


「はい、奥様。万全の準備です。料理はまだ少々お時間頂けますよう、お願い致します」


 冬の寒さが厳しい日々の中、ふと訪れた晴れの日のことだ。ハイベルク伯爵家では、バタバタと慌ただしく使用人達が動き回っていた。


 彼ら彼女らに指示を出すリーズガルデは、いつもと違う青いドレスを纏い、髪はアップにしている。

 それを聞くロクフォートは、いつもの黒い執事服に白い飾りをつけている。ほんの少しドレスアップしているようだ。


「お客様はまだいらっしゃっておりませんが、そろそろ気持ちの準備はなされた方がよろしいかと」


 慇懃にそう言いながら、ロクフォートは何か不備がないか確認するため場を離れる。その背中に、リーズガルデは「お願いするわね。私はブライアンと玄関に回るから」と声をかけた。


 来客用の皿が整えられ、テーブルクロスも新調されている。テーブルの上のキャンドルはいつでも火が点せるように入念に確認がされ、頭上のシャンデリアはきらきらと輝いていた。


「おーい、リーズ。お客様だぞ、早く」


「今行くわ、貴方」


 ブライアンの声が玄関から聞こえてきたので、リーズガルデは食堂を後にして玄関へ向かう。廊下には丈の長い絨毯が敷かれ、外の雪の溶けた跡を吸い取るように配慮がされていた。


 時刻は午後五時頃か。冬ならばそろそろ日が落ちるのを心配しなくてはならない時間だ。実際、屋敷回りの家はぽつぽつと明かりを燈し始めている。


 今日の特別な装いは、フレイ・デューターの会計士試験合格を祝うパーティーである。二週間前に受かった彼の合格祝いをこの日まで待ったのには、ちゃんと理由がある。


 道中が順調ならば、フレイの恋人のマレットが一年間の転勤を終えて王都に本日戻ってくる予定である。彼女の赴任終了祝いも兼ねて一緒にパーティーを開こうという訳だ。これは会計府に勤務するクロック所長からブライアンが聞いてリーズガルデに提案し、諸手を上げて彼女が賛成してから、実行に移された。


 主役のフレイが「そんなの落ち着いてからすればいいじゃないか。マレットさんだって長旅から帰ってきた直後で疲れているのに」と反論したのだが、例によってリーズガルデの「こういうのは勢いが大事なのよ。マレットさんはそのまま屋敷に泊まってもらえば問題ないじゃない、ね?」という親切なのか強引なのか分からない意見に押し切られたのである。


 (うちの嫁は強引なんだか、お節介なんだか)


 そのリーズガルデと並んで玄関ホールに立ち、ブライアンは苦笑しながら来客を待っていた。冬用の厚めのシルクの上着は扉の隙間から忍び込む外の寒気をシャットダウンし、この美丈夫をより引き立てている。


「それにしても、フレイもやるわよね。うちに来た時は何にも目標が無かったのに、今や会計士ですもの。あの子がどんな仕事をするのか楽しみよ」


「ああ、その件なんだけど、冒険者ギルドの主計部にしようかなと言ってたぞ」


 ぽつりと漏らしたブライアンの言葉に、リーズガルデは固まった。何故わざわざ冒険者ギルドなのだ? 会計士まで取って?


 髪をかきあげながら、ブライアンが妻の疑問に答える。


「魔物の処理された肉体やドロップアイテムの鑑定と、その経理処理が出来るのが楽しそうに思えたらしいね。商業ギルドによる監査対策も任せてくれるので、業務範囲は広いらしいし。まだ本格的に決めたわけじゃなさそうだがね」


「――会計士取得した貴族が冒険者ギルド、ねえ」


「あと、たまにギルドに大型の魔物の情報が寄せられると、主計部でも狩り出されることがあるらしいぞ。"ドラゴンに会うかもしれないから、あのバスタードソード+5とレザーアーマー+4、就職祝いにくれない?"とこの前言われた」


 全く愉快な奴だよ、とブライアンは肩を竦める。夫がそう言う横で、リーズガルデは苦笑するしかなかった。


「まあフレイらしいといえば、フレイらしいわよね。型にはまらないというか。あら、いらっしゃったわね」


 きい、とちょうど開いた扉の向こうから、顔を覗かせる人物が二人。

 背の低い金髪の女の子が前に立ち、その後ろにいる栗色のポニーテールの女の子はオドオドとその長身を屈めるようにしている。


「本日はこの晴れの日にご招待に預かり光栄至極に存じます。ハイベルク伯並びに伯爵夫人」


 まだ若年に過ぎないにも関わらず、金髪の女の子がしっかりとした挨拶をする。ぴんと背を伸ばし美しい紫色の瞳をブライアンとリーズガルデに向けて。ハイベルク伯爵家にも顔馴染みとなった、ソフィー・アンクレスである。


 背後に控えていたポニーテールの女の子、ナターシャ・ランドローも、ぎこちなく頭を下げながら挨拶する。


「お招きに預かり、ありがとうございます。いつもご贔屓にしていただいているお礼も含め、感謝いたします」


 やや堅苦しいながらも、ナターシャも挨拶は何とか終えた。だがソフィーに比べれば表情に余裕がない。


「いらっしゃい、ソフィーさん、ナターシャさん。お荷物はこちらに貸していただけますか」


 にこやかに笑うブライアンが自ら荷物を受け取り、召し使いに手渡す。その間に視線を交わし、リーズガルデとソフィーはどちらからともなく微笑をこぼした。


「元気そうね、ソフィーさん。それに綺麗になったわよ。前よりずっと」


「リーズガルデさんにはまだまだですが。私なりに努力しましたので」


 スカートの裾を摘みながら、ソフィーは優雅に一礼する。まだ16歳のはずだが、身に纏う雰囲気は立派な令嬢のそれだ。商人の娘というよりは、貴族の血筋の者という方がしっくりくる。


 それに何よりも子供っぽさが抜けていた。もともと美少女ではあるが美女に開花しつつある、そんな言葉がしっくりとくる。


 (白鳥の雛が白鳥になったようね。もともと素材は良かったけど)


 感心したリーズガルデも礼を返す。こちらは丹念に礼儀を仕込まれ身につけた結果、完全に板についた優雅さを醸し出す。その一方で、慣れぬ場にあたふたとする者もいる。


「ここここ今晩は、ロロロロクフォートさん! は、ははじめまして!」


「ナターシャさん、落ち着いて下さい。もう何回か会っていると思うのですが」


 ナターシャの来訪を知らされ、ロクフォートが出てきたまでは良かった。しかし、その顔を見るなり、ナターシャは固まったような表情である。顔は赤く染まり、口調は呂律が回っていない。それを何とか宥めようとするロクフォートは、やはり年の功というべきか大人の魅力を発揮している。けれどそれすらも、今の頭真っ白のナターシャには逆効果のようだった。


「ねえ、ソフィーさん。あの二人もう出会ってから長いよね?」


「まあ、初めてデートしたのが前の年の春ですから、結構長いですね。まだ正式に交際しているわけではないらしいんですが......」


 話しかけてきたブライアンに、ソフィーが答える。全くあの背の高い友人ときたら、いつまでたっても誰かを好きという状態には慣れないらしい。困ったようなその表情をちらりと見てから、ブライアンはこほん、と一つ咳をする。


「しかし、ソフィーさんも見違えたな。このままシュレイオーネ王国の正式な晩餐会に出ても、何ら見劣りしないだろう。何かこの一年でありましたか」


「あら、女の過去は問わないのが殿方の礼儀にございませんか、ハイベルク伯?」


 フフッと意味ありげに、ソフィーは笑う。その笑顔にブライアンは沈黙せざるを得ない。そんな一本取られた夫の頭をコツンと叩き、リーズガルデが軽く突っ込んだ。


「野暮なこと聞かないの、あなた。フレイじゃあるまいし」


「ああ、そういえば、フレイの姿を見ていないのですけれど。どちらにいるんですか?」


 ソフィーは首を左右に回す。広い屋敷といえども来客を迎えるスペースは限られており、見落とすはずもない。しかし、彼女の視界には、見慣れた黒髪の男の姿は無かった。


「屋敷にはいない。南門に今頃いるはずだよ」


「マレットさんが帰ってくるのを迎えるらしいわ。ま、あの子らしいわね」


「――そうですか」


 ブライアンとリーズガルデの言葉に、一瞬だけソフィーの反応が遅れた。それをごまかすように玄関の外へと目を向ける。少女の顔には穏やかな笑みしか浮かんでおらず、それ以上の感情は読み取れない。


「ほんとにフレイらしいですよね。まっすぐで優しくて」




「ほら、いつまでも玄関にいるのもなんだし、中に入って。今日の主役達を迎える準備をしましょう。ここにいても寒いでしょ?」


 リーズガルデの一声に皆が動く。ようやっと落ち着いた感じのあるナターシャは、ソフィーの側に寄ってきてこっそりと囁いた。


 (済まない。貴族の屋敷に招かれるなど初めてなんだ。醜態を見せてしまったな)


 (ナターシャって見た目落ち着いてるのに、その辺残念よね......)


 ソフィーは答えながら、玄関の方を一度だけ振り向いた。扉は閉ざされており、外はまるで見えない。もうそろそろ暗くなっている時間である。


 (ちゃんと帰ってきてね、二人とも)


 ソフィーの心の中の願いは、ゆっくりと空気に溶けて消えていく。代わりに室内のざわめきだけが、その場を支配していった。




******




「おっせえなあ......」


「そう焦ることはないですよ、デューター様」


 南門閉門まであと30分という時刻。外界に接した城壁は黒々とそびえ、当然ながらその城門にも存在感がある。その南門近くに建てられた見張り小屋の中で、フレイはいらいらとしていた。

 足を組んで椅子に座ってはいるが、落ち着きの無さは明らかだった。その姿を見かねて声をかけたのは、マレットの友人、ティリアである。


 既にフレイがこの小屋で待ち始めてから、二時間が経過している。王都守護隊に属するティリアは、フレイに万が一のことが無いように用心棒として同行していた。これには友人の出迎えという側面もある。


 (この男がマレットの恋人なんだ? 確かに結構格好いいかもしれないな)


 丹念に剣を研ぎながら、ティリアはフレイを評価する。見た目も悪くないのは良いことだ。けれど彼女は、フレイの真価は頭脳にあるということを聞いていた。首の辺りで短く揃えた金髪を一度払いながら、ティリアはフレイについての情報を思い出す。


 今年の会計士試験合格者全22名中、堂々の3位。しかも1位と2位は、王都にある学府で徹底的に会計士試験対策を積まれた人物である。つまりフレイは、民間の私塾で学んだ中ではトップ合格者である。


 貧乏子爵の三男とはいえ、貴族の血を引く人間があのハードな会計士試験をわざわざ苦労して受けて、しかもこの好成績である。一時期王都の会計府と民間の商会連合の間で、この逸材を巡って取り合いになりかけたとか。その話は、ティリアも小耳に挟んだことはあった。


 (しかしこうして見てみると、普通の人なんだな)


 噂だけなら秀才だ。だが冷たい知的な人物ではない、どちらかというと人情味のある好青年に見えるなと、ティリアは判断した。


 パサ、と建物の屋根から雪が落ちる。フレイもティリアも早くマレットが来ればいいと思う半面、今日は無理かもと考え始めた時だった。


「南方から馬車が一台接近中。魔物のいる様子無し」


 門外を見張る兵士の言葉に、フレイとティリアは立ち上がる。そのまま走りだしかねないフレイをティリアが抑えた。


「走れば転びますよ。雪です。落ち着いて」


「――そうだな、ありがとう」


 一瞬躊躇ったものの、素直にフレイは忠告に従った。久しぶりに会うのに雪まみれとは、洒落にもならないだろうから。




******




 一台の黒い軽装馬車が近づいてくる。既に暗くなった冬の空気を突き抜けるように、王都の南門目指して走ってくる二頭立ての馬車。馬の口から漏れる白い呼気が、流れて消えていく。薄闇を背景にその白さが浮き上がった。


 熱っぽい目で、フレイは馬車を凝視する。微かなカタカタという馬車の音が彼の耳にまで届き始めると、城門で待つ彼はしびれをきらしたようであった。


「ティリアさん、馬車の扉、俺が開けてもいい?」


「本来は私達の仕事なんですが、仕方ないですね、特別ですよ」


 フレイの頼みにティリアは苦笑した。馬車の扉の開け閉めなど、自分のような守護隊の隊員に任せておけばいいのに。だが、それだけ気が急くのだろう。


 ブフル......と鼻息を上げ、二頭の馬が城門前で止まる。その辺りは除雪されており、馬も歩き易い。御者のどうどうという掛け声を耳にしながら、フレイは馬車に小走りに駆け寄った。


 馬車の扉の小窓が開く。そこから覗いた鳶色の目がフレイを認めた。フレイの気持ちが昂る。


「今、開けますから」


 馬を刺激しないようにしながら、慎重に馬車の扉を開ける。すっかり暗くなった外より尚暗い馬車の中から、白い外套を羽織った女が飛び降りるような勢いでフレイの腕に飛び込んだ。フレイの記憶に焼きついた鳶色の長い髪が、ふわっと翻る。


「おっと、我ながらナイスキャッチ!」


「ただいま戻りました」


「お帰りなさい、マレットさん」


 一年離れていた恋人をしっかりと抱き止め、フレイはマレットを地上に下ろした。城門に吊されたランプの明かりが、その顔を照らす。


 記憶にある顔と寸分違わない。いや、よりキラキラと輝くような印象すらあるマレットの顔が、そこにあった。


「ずっと待っていてくれたんですか? 寒かったでしょ?」


「たいしたことないですよ。この一年間に比べたら」


「あ、会計士試験合格おめでとうございます。ごめんなさい、連絡もらった時にはもう向こうを引き払う準備を進めていたので、お手紙できませんでした」


 ちょっと済まなそうにしながらもフレイの腕をとり、ぴたりと自分の腕に絡めるマレット。フレイは久しぶりの感触にどぎまぎしながらも、浮き立つ気分を抑えようともしなかった。


「そんなのいいですよ。こうして本当に戻ってきてくれたんですから。それだけで十分ですよ」


 急く気持ちをその声に乗せ、フレイはマレットと共にうっすらと雪の積もった王都の道を歩いていく。普段は部下に持たせる旅客の荷物を自ら引き受け、ティリアは恋人達を追う。振り返った自分の友人に左目だけつぶって"気にするな"と伝えた。


「それでね、皆マレットさんの帰りをお祝いする為に、ハイベルク家の屋敷で待ってるんです。だからこのまま行きますよ?」


 フレイの言葉に、マレットは目を丸くする。手紙では聞いていたが、本当にそうなるとは思っていなかったらしい。


「え、え、でもそんな私なんかの為にわざわざ、ほんとに?」


「はい!」


 戸惑う恋人に対して、フレイは笑顔で答える。「行きましょう」と促し、そのままマレットをいわゆるお姫様抱っこの形で抱き抱える。


「え!? だ、ダメですよ、フレイさん! 私、重いってー!」


「全然ですよ? じゃ行きましょうか」


 危なげない足取りで、フレイはマレットを抱えて歩く。冬の闇を照らす道脇の街灯が、二人のその姿を幻想的に浮かび上がらせていた。まだ片付けられていない残雪は、まるで白い絨毯のように前へ前へと続いている。


「もう離さないですから――なんか、こうやってると夢みたいです」


「夢じゃないですよ、フレイさん」


「現実ですよね?」


「ええ。貴方が努力で掴んだ合格も、こうして腕の中にいる私も」


 雪の上に伸びる影、一人が一人を抱き抱えてしっかりと歩む姿は力強く、また美しいシルエットとなって冬の王都を彩った。いつしか静かに降り始めた粉雪は、二人にふりかかる祝福の花びらか。それは白く、白くどこまでも透明な雪の花であった。





 静寂に全ての音が吸い込まれていく。切り立つように、凛と。泣きたくなるほど、穏やかに。




「良かったね、マレット。あんた、いい恋出来てるよ」


 荷物を持ち上げたティリアは、そのシルエットを眺めながら、そっと優しく呟いた。







 This is the end of the story, " bookkeeping you learn in the fantasy world ".



 Thank you for reading!

これでファンタジー世界で学ぶ簿記!の本編は終了です。

ここまで読んでいただいた全ての読者の方々に感謝の意を。

そしてもし簿記という学問に少しでも興味を持っていただければ作者として大変嬉しいな、と思います。


本編はこれで終わりますが、エピローグやサイドストーリーなどがあるためまだ連載終了にはしないつもりです。ただ、少々疲れたのでゆっくりになると思います。

本当にありがとうございました!

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