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フレイ、マレットとデートする 1

 シュレイオーネ王国の夏の神舞祭。


 それは王都で開催される一年の祭りの中でも、かなり重要な祭りである。神舞祭という文字が示すとおり、祭りの中で、ほとんどの祭りの参加者が輪になって踊り、神への感謝と敬意を捧げるという部分が最大のイベントとなっている。


 多数の神への信仰を許容しているシュレイオーネ王国だが、三大神(スリーメイン)の存在感はその中でもかなり大きい。

 別格と呼べるだけの信者の数を備え、国公認のバックアップが存在するのだ。もし三大神(スリーメイン)の姿を見たいという者がいれば、王都のそこかしこにある教会に行けばいい。そこに掲げられた宗教画に、その姿を見ることが出来るだろう。


 生と死を司り、片手に剣を持ち黒いローブ姿の仮面を被った青年として描かれるディ・ユサール。顔を仮面に隠すのは人の生死を裁く際に感情を表にだしたくないためとも、酷い傷痕を隠すためとも言われている。長い白髪が黒いローブと好対照になっており、他の二神と比べ厳格な雰囲気がする神だ。




 右手に鍬、左手に麦の穂を持ち狼に跨がっているのは、農業と狩猟の神であるノーグ・グイエリテである。一番子供から人気のある神様なのだが、その理由はノーグ・グイエリテの頭部にあった。


 目と口にあたる部分が笑った形にくり抜かれた大きなオレンジ色のカボチャ。いわゆるパンプキンヘッドなのだ。可愛いのか気持ち悪いのか微妙なデザインなのだが、とりあえず親しみやすい神様なのは確からしい。



 白い竪琴を両手で抱え座る白いローブ姿の美女は、ルー・ルオンだ。波打つプラチナブロンドの美女の表情は柔らかく、慈愛に満ちた瞳を肖像画を見上げる者に降り注ぐ。見た目の通り、愛と芸能を司る神様である。



 ディ・ユサール、ノーグ・グイエリテ、ルー・ルオン。この三大神(スリーメイン)の教会は普段の行事は別々に行っているが、神舞祭の時だけは一緒に祭りの企画、運営を行う。それだけで、どれだけこの夏の神舞祭が盛り上がりを見せるのか想像もつくというものだろう。



 王都の住人が楽しみに待つ神舞祭。そしてハイベルク伯爵家に居候する黒髪の青年も、またその一人であった。



******



「早すぎたかな?」


 正午少し前、フレイはそわそわとマレットとの待ち合わせ場所で辺りを見回していた。いつもよりこざっぱりとした白を基調とした半袖シャツに同系色の麻のパンツという軽装である。素材が上等なだけに、シンプルなデザインが引き立つ。


 (ね、あの人ちょっとよくない?)


 (ほんとだ。待ち合わせかなあ?)


 フレイが壁にもたれ掛かっていると、横を通り過ぎる女の子二人組の小声が耳をくすぐった。誰のことやらとスルーする。しかし、付近に誰も立ち止まっている人間がいないことから(もしかして俺のことか?)と気づくも、とりあえずやることはマレットを待つしかなく変わりはない。


 (リーズ(ねえ)とブライアン(にい)には、気合いいれていけと発破かけられたものの......)


 満面の笑顔で送り出した従姉とその夫からの「今日は帰ってこなくてもいいわよ!」「武勇伝期待してるからな~」という明るい声が耳にまだ残っている。ぷるぷるとフレイは首を振って、それを振り払おうとした。


 (いきなりそんなの無理に決まってんじゃん! 物事順序ってもんがあんだよ!)


 そもそもフレイは田舎育ちである。都会も都会の王都でのデートなど初体験であり、それだけでも浮足立つ要素としては十分だ。リーズガルデとブライアンがそんな自分を励ましつつも面白がっているのは、火を見るよりも明らかだった。


 (応援なんだかからかってるのか。いや、両方か)


 そろそろ正午だなあ、と近くの日時計を見ながら、フレイはうーん、と伸びをした。


「ごめんなさい、待たせちゃった......んですよね?」


「はいっ!?」


 いきなり背中から届いた声に、ピキッと凍りつくフレイ。伸ばそうとした両腕をそのままに、声のした方にゆっくり振り向く。


「お待たせしました」


「ぜ、全然待ってなんかいないですよ。大丈夫デス」


 待ち人来たる。マレットが挙動不審な動きをするフレイに困惑しつつもにこやかに挨拶すると、フレイもようやくぎこちないながらも返事をした。


 いつも大人し目の服が多いマレットだが、今日は印象が違う。紺色の足にピッタリしたパンツが膝上まで伸びている。そこから覗く膝から下は、惜し気もなく脚線美を放っていた。

 袖のない青色のトップスを着込み、その上から白い薄手のストールを羽織っているので、そこから華奢な肩や二の腕が透けてみえた。


 (はっ! こういう場合はまず誉めなくては)


 まるで人生初めての女性とのお出かけではないか、と己の態度を恥じながら、フレイは頭を切り替えた。仮にも貴族の端くれである、ある程度の経験もあるし適切なマナーは心得ている。


「いつもと違う感じですよね。つい見とれちゃいました」


「え? そうですか。改まって言われると恥ずかしいですね」


 マレットもまんざらではない。何を着ていこうか迷った末のスタイルだ。スカートの方がいいかとは思ったがお祭りなので歩くだろうと考え、こちらに決めた。結構体の線が出る服なのだが、まあこれくらいは許容範囲である。


「で、まずお昼時なのでお昼ご飯にしましょう」


 ここは年上らしくある程度リードした方がいいのかな、と考えるマレット。フレイはフレイで(やはり男性が何か提案しないとまずいのかな?)と思ってはいたが、言ってくれるならそれに抵抗するほど意固地ではない。


「賛成です。じゃあどこかお店入ります?」


「ふふふ、実は一軒お勧めのお店があるんですよ」


 すでに下調べしてあったマレットの方が、一枚上手であった。



******



 抜けるような青空を仰ぐ。透明なクリスタルを利用して外壁としているため、この六階テラスからは王都の中心部がかなりの範囲まで見下ろすことが出来る。王城周辺に巡らされた堀の水面はキラキラと陽光を弾き、そこをゆっくりと進む祭りのディスプレイをされたボートが見えた。そこに乗る人々の歓声さえも僅かに聞こえてくる。


「うっわ、凄いなあ。王都ってこんな広いんすね」


「普段はなかなか実感しないですけどね。この高さから見ると、広さが実感出来るでしょ?」


 マレットの連れてきた店の売り、六階からのパノラマビューを前にして、フレイはまるで子供のように、祭りに沸く王都の風景に声をあげていた。視点の高さを変えるだけでこうも違うのかという驚きに加え、多くの建物が神舞祭用に窓から旗を出して華やかに準備しているのだ。


 加えてここからなら、いつもはフレイが足を運ばない区街の方も見える。小規模な町工場が集まった工業地区や学校が集められた教育地区などだ。用が無ければなかなか行くこともない地区の建物が祭り用に綺麗にされており、それを見ているフレイはやや興奮気味である。


「マレットさん、あれ何ですか? あの大きい建物、赤い旗が並んでる建物ですよ」


「あれは学校だったかしら。この距離だとちょっと自信ないかも」


 ごめんなさい、とマレットが付け加えると、フレイはとんでもないと笑顔で答える。


「王都の学校って大きいんですね。俺、一回でいいからそういうところ行ってみたかったなあー」


 フレイの言葉にマレットが注意を惹かれる。その間にも、二人の手はランチに頼んだコーン粉のチップスを摘んだりして忙しい。


「フレイさん、学校行ったことなかったんですか?」


「はい、俺の場合、ずっと家庭教師がいたから勉強はその人から教わってたんですよ。それに田舎だったから学校自体が無かったし」


 ああ、そういえば地方の貴族はそうだったわねとマレットは思い出した。彼女の初めての勤務先の地方の伯爵家でも、家庭教師がいたはずだ。その記憶と共に一人の男の顔と苦い感情が甦る。慌てて苺の実をすり潰したシロップ入りの甘いジュースで飲み下す。


 (嫌だわ、私って。フレイさんが目の前にいるのに、こんなこと思い出して)


 自責の念を封じ込めながら、マレットはフレイの顔を見た。彼女の隠された感情など知るはずもなく、フレイはまっすぐな目をして話し始める。


「うちの兄貴二人も同じように家庭教師つけて勉強してたから、別に不満とかはなかったんですけどね。うちの家の領地内にあるちっちゃい教会で、村の子供達が基礎的な勉強学ぶんですよ。そういうの見てたら、ほら、俺もちっちゃかったから、一緒に勉強したいーとか親に言って困らせちゃって」


 ハハ、と小さく笑って、フレイはその時を思い出した。要は皆と同じことをしたかっただけなのだが、子供というのは得てしてそういうものである。


「だから、学校行ったのって――あの勇者様に学ぶ簿記が初めてなんですよ。皆で同じ教室に座って勉強するのって、楽しかったです」


「え、そうだったんですね」


「はい、だからマレットさんが初めての学校の先生です」


 何気なくフレイは言うが、マレットにしてみれば結構恥ずかしい。彼女の本業は会計府の役人である。簿記講座の教師はおまけみたいなものである。


「え、なんかそう言われちゃうと......恥ずかしいですね。私別に専業の先生じゃないし」


 面と向かって先生と呼ばれる資格はないのだ。それに講座は終わったのだから出来れば止めてほしいなーと思う辺りは、マレットの女心である。


「ん、でもあの講座に行こうかなって決めたから、俺の今があるわけだし。だから、この前マレットさんに感謝してるって言ったのは嘘じゃないですよ」


 フレイに悪気は全くない。だがマレットとしては、その言葉にちょっとガッカリした。


 (今日誘ってくれたのは、所詮教師に対する感謝と尊敬からってことなのかしら)と思ってしまうのは、そもそも自分の方が六歳も年上だという事実がもともと下地としてあるからだ。それが組合わさり、自然と自己卑下してしまう。


 だからフレイの次の言葉は、マレットの予測を裏切った。いい意味で。


「だから誘ったというわけじゃないですよ。誤解、しないでほしいですけど」


「え?」


 フレイはやや伏し目気味にマレットを見た。よく見ると耳先が赤い。照れ隠しのように頬杖をつきながら、彼は口を開く。


「可愛いなと思った人しか誘わないし」


 瞬時に変わる空気にマレットの顔も赤くなる。クリスタルの外壁は空調管理も兼ねている、夏の日差しにも関わらず適温が保たれている、はずだ。


 なのに、やけに自分の頬が熱く感じる。


「......ありがとう」


 それだけ小声で答えるのが、マレットの精一杯であった。



******



 (ずるいです、フレイさん。このタイミングで言うなんて)


 初めて男と女の関係らしきものを意識させる言葉を投げつけられ、マレットは動揺する。もちろん彼女だって、あの失意の三年前から一度も男性に誘われたことが無かったわけではない。

 ちょこちょこと職場経由や知人経由でデートに誘われたことくらいはあるのだ。だが自分がそれなりに好意を感じた相手とのデートでもなく、言い方は悪いが、半ば義理か義務かリハビリのような感じだった。


 おまけに伯爵との関係は表沙汰に出来るような関係では無かったので、マレットにしてみればこうして堂々と好意を持っている男性と二人きりの外出という事自体が新鮮だった。


 (ああー、自分の恋愛経験値の低さが憎い......)


 深呼吸を一つ、そしてため息混じりに息を深く吐く。落ち着きを取り戻しながらフレイを見ると目が合った。


「ええと、ですね」


 何か言わなくては。マレットは視線をテーブルの上にさ迷わせた。とりあえず自分を可愛いと言ってくれたのだ。こちらからも何か言うべきだ、と論理的に考えてしまう。はっきり言えば、これはマレットの残念ポイントであろう。


「フレイさんは」


「何ですか?」


「素敵だな、と思って」


 それだけはっきりとマレットは言い切った。今度はフレイがあたふたする番である。意地悪なようだが、それを見たマレットは落ち着きを取り戻した。


「貴族のご子息って癖のある方多いんですよ。自分が世界の中心だ、みたいに考える人も多いですし。だけどフレイさんは人の言うことを聞く姿勢も、優しいところもあるから話しやすくて」


 思いのほかすらすらと出てくる自分の言葉に驚きながら、勢いに任せてマレットは更に一言付け加えた。自然と笑顔になったのは上出来だ。


「とても素敵な男性だと思います」


 マレットのストレートな表現は、彼女のまっすぐな視線でさらに破壊力を増した。言われる前から照れ気味だったフレイの薄い防御力では、止めきれるわけもない。


「そんなでもない、と思うんですけどね。あ、でも言われて嬉しい、かな」


 いやー、今日は暑いなあ~とわけもなくシャツの襟元をパタパタさせる。フレイは舞い上がりかけている自分を自覚せざるを得なかった。恋愛経験0ではないものの、最後にデートらしきものをしたのは王都に来る前だ。それもフレイに好意を持つ女子数人によるお別れ会みたいな形だった。一対一という形になると、ぐっと時間をさかのぼらなくてはならない。


 目の前のマレットとの距離はテーブルを挟んでいるので、そう近くはない。だが教室やバーニーズ事件の時の調査の時とは違い、明らかにお出掛け用の服装と化粧をしている。そんな彼女とこうして面と向かっていると、心臓が微妙に高鳴りそうになる。


 (なんていうか。これっていい雰囲気なんでは?)


 冷たい水を一口含んで頭を冷やしながら、フレイは考えた。こっちもちらりとだが自分が相手に好印象を持っていることを伝えたら、相手も同じ程度には好印象をもっていそうだと確認出来た。これは中々良い滑り出しではないか。

 どっちかというと綺麗系のマレットに可愛いと言ったのはちょっと適切ではなかったような気もする。しかし気にはしていないようだし、結果オーライである。


「えーと、おなかも膨れたし、そろそろ他の場所見ません?」


「あ、そうですね! せっかくのお祭りですもんね!」


 不器用にフレイが話を切り上げると、マレットもそれに素直に従う。生徒と教師から一歩距離を縮め、二人の神舞祭の一日はまだまだ続く。

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