第99話 やはり、こうなるわね
「頼みたいことがあります」
私は精霊門の状態を確認しつつ、幻惑の魔女に声をかけます。
「なに?」
「精霊門が完全に消えたら、私はあの木を始末します」
「そうね。あのままだと、森が本当に死の森になるわね」
幻惑の魔女も上を見上げ、赤い花びらを降らしている魔力食いの木を視界に収めていました。
「その時に花をつけた枝を数本落とします。だから、それを黒い霧にぶっ刺すように彼らに渡してください」
絶え間なく攻撃をしている中に、どうやって届けるのかという問題はきっと幻惑の魔女なら解決してくれるでしょう。
「確かにこのままだと何れこちらの力負けね。あの気味が悪い枝で、力となる魔力を吸い取るということね」
「はい」
あらゆるものの魔力を奪い取るのであれば、逆に奪い取ってしまえばいいのです。
「魔導師長さん。刺したところで植物の根を成長させる呪文を唱えてください」
「ん? それはお主がすればよい。今のままでは吾は魔法を使えぬ」
「そこをなんとかお願いします。魔導師長さんが頼りなのです」
私は魔導師長さんに懇願します。
私には無理なのです。
「そこまれ言うのであれば、仕方がない!」
「あら? 貴女、ラファを上手く扱えているじゃない」
「扱うとは何であるか!」
空に浮かび上がる扉の姿が消えました。
しかし、黒い根は空間にはびこるように伸びて、赤い花を咲かし、散らしていっています。
「それではお願いします」
そう言って、私は自分の周りに結界を張って、鈍器に乗って上空に飛んでいきました。
花びらに接触するだけで、結界が消えていきます。その都度内側から補強していきました。
そして、途中から結界の消失が酷くなっていきます。
空中に飛んでいる花粉が、結界を消失させていっていました。
ここまではいいのです。
問題はここから。
私は結界を解いて、座っていた鈍器を振り切ります。
バキッという音と共に数本の枝が落ちて行きました。それを見届けた私の身体は力が抜けるように脱力感に見舞われました。
やはり、この距離では聖騎士の誓約にひかかってしまいましたか。
最後の力を振り絞って、空間に手を突っ込みます。
そして、取り出した魔石を握り潰しました。
「遠き冬の名残。北颪に舞い踊る銀華。芽吹きの春を遠ざけよ『寒木への誘い』」
私から力を得ようと伸びてくる黒い枝。
吹き荒れる冷気をまとった風。
力が入らない私に絡みつく黒い枝。
自分の魔力ではない力で魔法を施行したため、私にも冷気が絡みついてきます。
私ごと魔力食いの木を封じるのです。
この魔法の効力は一日。
一日あれば、聖獣の誓約をなんとかできるまで回復してみせます。
*
「黒い枝。本当に魔力を吸っていくわ」
「早くせんか! 神官騎士の嬢ちゃんがやられたぞ!」
黒い枝を空中で確保したマリーアンヌは、ラファウール魔導師長に言われ、戦闘を繰り広げられている場所に視線をむける。
魔女には黒いモヤにしか見えないが、他の者達には髪も肌も黒い青年の姿が見えていた。
ここに押し留めて数分の間ですでに五歳は歳を重ねた姿に変化している。
その青年は黒い剣を持ち人のように戦っていた。まるで、己は生まれながら人であるかのようにだ。
そして、少し離れた茂みの中に飛ばされたのであろう神官騎士の鎧をまとった者の足が見えている。
ぴくりとも動かないため、完全に気を失ってしまっているのだろう。
「ディー! これを突き刺して!」
己の伴侶であるサイザエディーロに声をかけるも、視線を向けるだけでマリーアンヌの方に足を向けることはなかった。
これは、そんな余裕がないということなのだろう。
「かせいっ!」
五本はあるであろう枝をファウール魔導師長はマリーアンヌから奪っていき、戦闘空間の上空から枝を投下した。
それにいち早く反応したのはクロードだ。
落ちてくる黒い枝を空中を移動しながら掴み、黒一色と言っていい青年の右肩に突き刺す。
一瞬、動きを止めたが、黒い青年の攻撃は止むことはない。
光を吸い込みそうなほどの漆黒の刃を振るう青年。
しかし、その刃を持つ手は左手だった。
黒い枝が突き刺さった右腕は機能していないかのように、垂れ下がっている。
そして無言で左足の付け根に黒い枝を突き刺すクロード。
体勢が崩れ青年に反撃をさせる暇なく、三本目を左肩に突き刺し、右足の付け根、最後に普通であれば心臓がある左胸に突き刺した。
本来であれば非道だと言われてしまうだろう。だが、クロードは容赦なく、敵に赤い花が咲いた黒い枝を突き立てたのだ。
「魔を食らう貪欲な木よ。その根を肉体に降ろし、そのモノの力を食らいつくせ『植物成長促進』」
そこに、ラファウール魔導師長の呪文が降り注ぐ。
「ラファ。食らったら枯れる定義ぐらい入れなさいよ」
「うるさい! 若作りババァ。それぐらい後で追加するわい!」
黒い枝に花が次々と咲いていくのに比例して、黒い青年の姿は萎れるように崩れていっている。
その姿をみると、やはり人ではなかったと思わされた。
その中、クロードはあちらこちらに視線を巡らせていた。それもかなり焦っているようだ。
「幻惑の魔女。シルヴィアはいったいどこに!気配が感じられないのだが」
「ああ、彼女ならあそこで……」
上空にある魔力食いの木を始末していると言おうとして、マリーアンヌは言葉を止めた。
そこには凍りつき白い霜が降りた木に、緑の茨が絡みついたものが存在していた。
一見、封印しているように見えなくもない。
だが、その場に魔女の気配は無かったのだった。




