いや、もうオチは判ったっ!
……誰だろう?
花蓮の背中へと逃げ込み、顔だけ出してレアンドロの背後に立つ人物を観察する。
魔法棟では初めて見る顔だ。
というよりも、制服のローブを着ていないところを見るに、《新月の塔》関係者ではないのだろう。
「花蓮、花梨、こちらは――」
「『ヴェイン』じゃ。わしは『ヴェイン爺』と呼ばれておるよ」
「……ヴェイン様だ」
……あ、はい。やんごとなき身分の方なんですね。なんとなく判りました。
微妙に間の開いたレアンドロの紹介に、こちらも微妙な空気を読み取る。
ヴェインと名乗る老人は、レアンドロが姿勢を正して紹介する必要のある身分の人間だ。
それを察知して、私も背筋を伸ばすのだが、花蓮はまったく違うところに反応した。
「『老人語』だ! 老人語だよ、リン! 使ってる人、初めて見た!!」
「レンちゃん、それは思ってても黙ってっ! レアンドロさんが青い顔してるからっ!」
《新月の塔》で一番偉いらしいレアンドロが、花蓮の言動に内心で困惑しているのが判る。
これは珍しいことだと思うのだが、ヴェインの身分が高いのなら、仕方のないことだろう。
魔法棟内で子どもらしく振舞っているのは故意だったが、相手は選ぶ必要がある。
ヴェインは、おそらく子どもであっても礼を尽くさなければならない相手だろう。
「よいよい。子どもは元気なのが一番じゃ。……それで、お嬢さん方の名前を教えてくれるかの?」
「あ……えっと、小向花蓮です」
「小向花梨です」
ぺこりと頭を下げると、花蓮と並んで頭を撫でられた。
どうやらやんごとなき身分にいる人物のようなのだが、気さくな性格でもあるようだ。
行き過ぎなければ、子どもの言動として多少の失礼は見逃してくれそうな雰囲気で何よりである。
……『ヴェイン』が愛称になりそうな人って、いたっけ?
こっそりとヴェイン老を観察しつつ、ここしばらくで覚えたばかりの知識を探る。
図書室へ通ってここドナート王国の歴史については大雑把に学んだが、人名についてはまだ手付かずの状態に近い。
せいぜいが、現国王の名前が『マルツェル』ということと、七年前に始まった『リオネッラ戦争』の『リオネッラ』が現国王の娘、第三王女リオネッラの名前から来ている、ということぐらいだ。
『ヴェイン』という名前で、すぐに思いだせるものはない。
「――それで、ヴェイン様が二人に『こちら』の一般教養を教えてくださることになった」
レアンドロは少しわざとらしく『こちら』という部分を強調する。
ということは、ヴェインには私たちの事情が知らされている、ということだ。
異世界から召喚されてきた子どもである。
常識も何もかも違うだろうから、多少の無作法は目を瞑ってほしい、と。
「しばらくヴェイン様から『こちら』の話を聞いて、大丈夫そうだと判断できたら、護衛つきで街へ出ることを許可しよう」
「やったー! 街ー! 異世界見学!」
きゃあ、と手放しで喜ぶ花蓮の影から、ヴェインとの距離を図りつつレアンドロの横へと移動する。
常識や認識のすり合わせをしてくれる人間をつけてくれた、ということは、私たちの扱いについてある程度偉い人たちの間で話し合いが行われたのだろう。
「……そういえば、私たちについて『上に報告する』ってお話、どうなったんですか?」
「表向きは、私の母方の従兄弟の妻の父方の又従兄弟の妹の夫の姉が産んだ双子の娘……つまり、私の親戚という話になっている」
「それ、ほとんどどころじゃなく他人ですよね?」
あと、『レアンドロの親戚』というだけでは、図書室で見られたような生温かい目では見られないはずだ、とも指摘する。
近頃は『姉に比べて魔力の才が劣る妹』という同情の目で見られているが、初めて図書室へ行った時にもらった視線は違うものだった。
「図書室で『嫌なことを思いださせちゃってごめんね』的な謝罪を受けたことがあるんですけど……?」
「それは、そう……花蓮と花梨が多少突飛な発言をしても不信がられないように……少し?」
「少し、何をどう通達したんですか?」
なにか隠しているだろう、と少しだけ踏み込んで聞いてみる。
私と花蓮についてレアンドロがどう通達したかは、どこかで辻褄を合わせる必要が生じた時に必要になる情報だ。
曖昧なまま放置していい事柄ではない。
「……まあ、いずれ街へ行くのなら知っておいた方がいいか」
そう前置いてから、レアンドロはドナート王国には双子に纏わる迷信があるのだと教えてくれた。
男女の双子と、顔の似ていない双子ならそれほど問題にならないが、顔がそっくりな子どもは縁起が悪い、と。
「平民の家ではそれほど問題にはならないが……」
「ということは、跡継ぎ問題的な話ですか?」
「どこにでもよくある話だろう? 双子で跡目を争うなんて話は。私が聞いた話では――」
とある商家に、双子の兄弟が生まれた。
兄はとんでもない遊び人で家を傾けるほどの散財を繰り返し、弟はそのたびに商才で金を生み出して家を支えた。
そんな兄弟に、親がどちらを跡取りにと考えるかは、誰でも判る。
親は弟を跡取りに指名し、兄は家から出て行った。
こうして商家は優秀な弟が継ぎ、散財する兄がいなくなったことでさらなる発展を――とうまくは行かなかった。
兄がいなくなった弟は、兄の行いを真似るように遊興にふけ、あっという間もなく家を潰してしまったのだ。
これはおかしい、とようやく気が付いた親は弟をよくよく観察した。
そうすると、あることに気が付いたのだ。
弟の立ち姿、話し方、ふとした表情の一つひとつにに違和感がある。
これでは弟ではなく、兄の方ではないか、と。
両親は家から出て行った兄を探すが、どこを探しても兄の姿は見つからない。
町から出て行った、という話は聞こえてこないので、絶対に町のどこかにはいるはずだ。
では弟を探したらどうだろう、と両親は家にいる『弟』ではなく、かつての弟を探し始める。
すると、恐ろしく簡単に弟は見つかった。
深夜、家から出て行く弟の姿を見つけた父親は、予感にかられてそのあとを追う。
先を歩く弟に気付かれないように、息を潜め、足音を潜めて。
父親にあとを付けられていると知らないはずの弟は、裏庭の片隅で足を止める、父親に振り返った。
薄い微笑みを浮かべた弟は、足元の地面を指差すと――
「いや、もうオチは判ったっ! 怪談話なんて聞いてませんからっ!?」
それ怪談話ですよね? と怒りを込めてレアンドロのわき腹へと拳を押し当てる。
グリグリと抉るように拳を押し当てているのだが、レアンドロは微笑みを浮かべたままだ。
抗議を込めて攻撃しているのだが、まるで効果がないところが腹立たしい。
「……まあ、とにかく。顔の似た双子に対して、この国には迷信がある。それは田舎ほど顕著で……きみたちはその田舎出身だ、という話にしてある」
双子に対する迷信深い田舎育ちの双子は、生家では花蓮ともに離れに閉じ込められて育てられた、という設定になっているらしい。
両親にも見捨てられ、ほとんど教育らしい教育もされておらず、二人だけで暮らしていた、と。
そのため魔力制御の方法も独学で曖昧、未熟。
常識も少しどころではなくかけているので、レアンドロが預かることになった、と。
常識から外れたものは《新月の塔》には溢れているし、魔法師たちは基本的に他者への興味が薄い。
双子であっても迷信的な意味では興味を持たないし、魔力制御については専門家ばかりの環境である、と。
「……とりあえず、図書室のお姉さんが言った意味は判りました」
田舎について、嫌なことを思いださせてしまった、という謝罪は、これについてだったのだろう。
田舎で両親に見捨てられ、離れで押し込められるように花蓮と暮らしていた、と聞けば、まともな大人であれば同情もするはずだ。
両親については、本当の両親とは似ても似つかない人物像になっている気がするので、悪く言われようとも気にならない。
あくまで『ここ』での『設定』と割り切ることも簡単だった。
……うちの両親、すっごい子煩悩の心配性だけどね。
離れに子どもだけで押し込んで放置するなど、私たちの両親には不可能だ。
そんな生活を強いられるぐらいなら両親も離れで暮らすことを選ぶし、そもそもそんな田舎からは引っ越すことを選択するだろう。
「上としては、花梨たちの世界に興味があるという話ではあったが……『子ども』からそう面白い話は聞けないだろう、という判断になったかな」
不慮の事故による異世界からの召喚という扱いになり、私と花蓮の扱いは正式に『異世界からの客人』ということになったそうだ。
これにともない、私たちの帰還方法の研究は、魔法師たちの正式な仕事となった。
研究費も、少しだけ上乗せされるそうだ。
「幼い子どもが行方不明となれば、ご両親はさぞや心配されていることだろう。ウルスラたちには――」
「……『そこ』は正直に報告しなかったんですか?」
幼い子ども、という単語について言外に指摘する。
私と花蓮の見た目はこの国の人には幼く見えるようなのだが、実年齢は十六歳と、この国では成人に数えられる。
これを伝えると伝えないのとでは、扱いに差が出てくると思うのだが、レアンドロはこの情報を伏せたらしい。
見たとおりの子どもである、と。
「大人が行方不明なのと、子どもが行方不明なのとでは、後者の方が同情を誘い、やる気も出るってものだからね」
利用できるものは何でも利用する、と言ってレアンドロは自分の唇に指を当てる。
私たちの実年齢については、これ以上話題にあげるな、ということだろう。
誤字脱字はまた後日探します。




