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小向ツインズは旅の恥をかき捨てる  作者: ありの みえ
2章 異世界行ったら素人料理でも絶賛Umeeeされるものだと思ってた
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異世界行ったら、素人料理でも絶賛(略)

 エンマとパウンドケーキを食べていて思ったのは、どうやらこの国のお菓子は『甘い』らしい。

 いや、お菓子は確かに『甘い』ものだが。

 私と花蓮かれんの慣れた『甘さ』と、この国の『甘さ』は少々かけ離れている。

 私と花蓮には『少し甘い過ぎるけど美味しい』パウンドケーキは、エンマの感想としては『美味しいけれど甘さが足りない』物だったようだ。

 ジャムや蜂蜜で甘さを足した方がいいだろう、と言ってあの謎の赤い物体をどこからか取り出していた。

 食堂では見かけなかったあの赤い物体は、エンマが子どもである私たちのために、と別に用意してくれていたものだったらしい。

 作り方を聞いたところ、正体はジャムとしか思えなかった。

 ジャムを低温で長時間焼き――要は乾燥に近い――食感としてはゼリーに近い個体になっていた。

 

 ……異世界行ったら、素人料理でも絶賛Umeeeされるものだと思ってたよ。

 

 流行の素人小説のように、物事は都合よく進んではくれないらしい。

 とはいえ、その理由はよく判った。

 私と花蓮がこの国の料理を『口に慣れない』と違和感を覚えるのと同じで、この国の人間からしてみれば私たちの料理が『口に慣れない』ものだ。

 口に入れるものだから、食べることにすら抵抗があるのは当然のことだろう。

 

 部屋に作られた小さな調理場キッチンは、お菓子作りと食堂に並んだ料理をアレンジする時に使っている。

 この国の料理にも少しは慣れた方がいいと思うし、毎日、毎食自炊するのはいろいろな意味で辛いのだ。

 時間はあるが、自分で料理をするとなると、一日が料理だけで終わってしまう。

 

 ……このあたりが、料理の種類が少ない理由でもあるんだろうな。

 

 食堂のメニューが毎日同じことには、それなりに理由があったらしい。

 コンロや冷蔵庫の性能が日本とは違ったし、電気で動く調理器具もない。

 ほとんどを手仕事で行っているため、できることには限界があるのだ。

 

 ……調理用の魔道具を発明したら、ひと財産作れそうな気がするんだけど?

 

 これはこれで、法的に難しいらしい。

 レアンドロが電子レンジの魔道具化について考察していた時に言っていたはずだ。

 個人用には作れるかもしれないが、魔道具として実用品にするのは難しい、と。

 

 理由としては、おそらくは魔力を扱える人間と、扱えない人間がいるからだ。

 魔力が動力になり、それを譲渡することで金銭を受け取るようになれば、生まれながらにして働かなくとも金を稼げる人間と、それが出来ない人間とに別れてしまう。

 ならば無償にすれば良いだろう、とすると、今度は生まれ持った魔力を、本人にはなんの非もないというのに強制的に搾取される側の人間が生まれる。

 行き過ぎれば、魔力を持った人間が『人間』と思われず、『動力』とみなされる世界に変わってしまうだろう。

 

 ……使えればちょっと便利なもの、ってぐらいの扱いが丁度いいかもね。

 

 レアンドロが『個人用』と言ったのも、似たような理由だろう。

 実用品として普及すれば、魔力を使える料理人と、魔力を使えない料理人では、雇用者がどちらを雇うかなど考えるまでもない。

 

 ……魔力か。

 

 魔力というか、魔法は少し面白い。

 思っていたのと少し違うというのか、突き詰めていけば確かになるほどというのか、奥が深いのか、浅いのか判らない感じだ。

 

 魔法で作り出した水は飲めない。

 飲むこと自体はできるのだが、本物の水ではないので無意味な行為だ。

 プールいっぱいの水を一瞬で呼び出すことも可能だが、消えるのも一瞬だった。

 ゲームのように攻撃魔法として使うこともできるが、攻撃の手段としては水流で対象を押し流すだとか、水で包んで溺死させるといった方法になるだろう。

 間違ってもダメージが数値として表示されたりなんてしない。

 

 そして、魔法で作った水で、本物の火を消すことはできない。

 これは『本物ではない』から不可能らしい。

 そのかわり、魔法で作られた火は、魔法で作られた水で消せる。

 どちらも『本物ではない』からだそうだ。

 

 ……火の魔法で一番怖いのは、延焼だね。

 

 火の魔法は、扱いがとても難しい。

 魔法で作った水同様、魔法で作った火は『本物ではない』ため、一瞬で消すことができる。

 が、これは術者が作った最初の火だけである。

 火は触れたものに燃え移り、延焼を引き起こして燃え広がる。

 魔法の火から新たに生まれた火は『本物』で、術者の制御から外れてしまうのだ。

 

 ……火の魔法はライター代わりにするぐらいが丁度いいね。

 

 使えればちょっと便利、という扱いが実は真理にある気がする。

 過信すればすぐに大火傷を負いそうで怖い、という感覚は必要だろう。

 

「リン、お昼だよ。食堂に行こう」


 肩を指で突かれて、本から顔をあげる。

 私を呼びに来たのは、部屋で昼食を作っているはずの花蓮だった。

 私が魔法棟に慣れてきたこともあって、近頃はこうして別行動をしている。

 私だっていつまでも花蓮にべったりとくっ付いているわけではないのだ。


「食堂? 中庭じゃないの?」


「おじさんがパスタソースを改良したから、味見してくれって」


 ちなみに、生パスタは持参である、と言って花蓮がバスケットを持ち上げる。

 バスケットの中に、本日の昼食である生パスタが入っているのだろう。

 

 花蓮が迎えにきたので、と読んでいた本を本棚へと戻す。

 司書のお姉さんに声をかけている間に、机の上に広げていたメモ書きを花蓮が片付けてくれていた。

 

 

 

 

 

 

「……あ、これ面白そう」


「レンちゃんならそう言うと思って、術式も移しておいたから……歩きながら読むのはやめようよ」


 危ないよ、といって花蓮の腕を引きとめる。

 メモ書きに気を取られた花蓮の足元は、完全に『お留守』になっていた。

 うっかり階段から足を踏み外しかけていたのだが、怖いことに本人の危機意識は薄い。

 

「昼食後まで没収ー!」


「ああー!」


「メモはいつでも読めるけど、怪我はうっかりしたら死んじゃうんだからね。歩きスマホ、駄目」


「スマホじゃないしー」


 ぶーぶー、と唇を尖らせる花蓮の手を引き、食堂へと入る。

 時間としては昼食の時間なのだが、食堂を利用している魔法師たちがとっているのは朝食だ。

 彼らの朝は遅く、朝食はいわゆる昼食を兼ねたブランチに近い。

 昼食という概念はあまりないらしく、そのかわりおやつの時間がある。

 夕食は少し遅めの時間にとっているようなのだが、これは魔法棟内での常識だ。

 

 花蓮が仲良くなった料理人から聞いた話によると、街の住人たちの生活リズムは私と花蓮に近い。

 午前と言われる時間に起きて活動を始め、日が暮れてくると夕食をとって就寝をする。

 これが農村になってくると、夜明けと共に置きだして、日暮れと共に眠るのだとか。

 

 ……これだけ聞くと、魔法師って駄目な大人の集団に聞こえてくるよね。

 

 とはいえ、魔法師たちの朝は特別遅いわけではないらしい。

 魔法師たちの生活は、使用人たちが支えている。

 そのため、魔法師たちに同じ時間に起きられてしまっては、世話をする側の起床時間が早くなってしまうのだ。

 

「カレン、カリン、こっちだ!」


 厨房から顔を覗かせて私たちを呼んでいるのは、料理人のダンだ。

 気が付けば花蓮が仲良くなっていて、『ダンさん』とではなく『おじさん』と呼んでいた。

 

「生パスタ持って来たよー」


 すでに茹でたあとであり、固まらないように少しオリーブオイルをまぶしてある、と花蓮がバスケットからパスタの載った皿を取り出す。

 あとはダンが改良したというソースを和えるだけで食べられるはずだ、と。

 

「少し待ってろよ」


「「はーい」」


 厨房に足を踏み入れるのなら、と一応エプロンは渡されているのだが、エプロンを付けていても厨房で私たちが作業をすることは少ない。

 素人わたしたちが手を出すより、料理人が作業した方が手際がいいからだ。

 

「……あ、唐辛子の匂い」


「『とうがらし』? こりゃ『イサラグ』つー、香草ハーブだよ」


「唐辛子じゃないの?」


「唐辛子だね」


 ダンが『イサラグ』という香草を見せてくれたのだが、どう見ても『唐辛子』だ。

 日本とは名前が違うが、同じものにしか見えない。

 名前は違うが、見た目は同じものと言えば、トマトもこれに当たる。

 この世界でトマトは『オタモト』と呼ばれているようなのだが、味も見た目もそのまま『トマト』だった。

 

 鉄のフライパンにオリーブオイルを落とし入れ、ニンニクと唐辛子ことイサラグを輪切りにして炒める。

 ダン曰く、オイルにイサラグの香りを付けている、とのことだったが、料理には詳しくないので、私にはよく判らない。

 前に花蓮が作った時にイサラグは入っていなかったので、この点がダンによる『改良』だろう。

 花蓮が作ったものはニンニクの香りが強すぎた気がするのだが、あれは単純なニンニクの入れすぎではなかったのだろうか。

 

「カレンはそっちの葉っぱを水洗い。カリンは洗った葉っぱを小さくちぎってくれ」


「「はーい」」


 今日も安定の、『子どものお手伝い』だ。

 完全に『なにもさせない』と私たちから文句が出ると思っているのか、本当に簡単な作業をダンは私たちにさせる。

 厨房へ顔を出す時は、花蓮でさえも包丁すら握らせて貰えなかった。

 刃物を私たちに持たせるのが危なく見えるらしく、芋の皮抜きさえ、厨房ではさせてもらえない。

 

 ……あれ? 魔道具なら法的に難しくても、普通の道具だったら作って売れるんじゃない?

 

 ピーラーでもあれば、芋の皮向きぐらい手伝わせてくれるのではないだろうか、と考え始めた隣で花蓮が魔法を使って水を呼ぶ。

 食器洗いと同じで、魔法で呼んだ水で葉を洗えば、あとで水を切る必要がない。

 

「……これなんの葉っぱだろ?」


「小さい気がするけど、ルッコラかな。日本のスーパーでも売ってるよ」


「えっと、お野菜?」


「一応ハーブかな?」


 ルッコラをちぎっている間にダンの作業は進んでいく。

 『オタモト』ことトマトを切ったかと思うと、フライパンへと投入した。

 このあとの作業は、なんとなくわかる。

 トマトを炒め、塩コショウで味を調えたあと、先に茹でてあったパスタを絡めるのだ。

 花蓮がそうやって作っていたので、私でも判る。

 

「……あれ? 葉っぱはいつ入れるの?」


「それは生でも食べられるからな」


 どうやらルッコラは彩りの役割も持っていたらしい。

 トマトと一緒に炒めるのではなく、トマトソースに絡まったパスタと一緒に食べるもののようだ。

 

「どうだ!」


「……確かに、レンちゃんが作ったのより美味しそう」


「やっぱルッコラの青さかな。私が作った時はルッコラなかったし」


「野菜の名前がわからないってのは、それだけで不利だよね……」


「いや、何と勝負してるんだよ」


 綺麗に皿へと盛り付けられたトマトソースのパスタへとルッコラを添えて、見た目は完璧な一皿の完成だ。

 花蓮が言うように、ルッコラが載っているだけでも、彩りとして素晴らしい一皿に見える。

 

 とりあえず食べてみろ、とダンに促され、花蓮と同時にパスタを口へと運ぶ。

 唐辛子の効果でピリリと辛いが、やはり料理人の手が加わったものは違う。

 花蓮が作ったものはニンニクの香りが強く、トマトは火を通されすぎて煮崩れていたが、ダンが作ったものは半生状態で食感がある。

 どちらが美味しいかと問われれば、さすがは料理人、とダンに一票入れるしかない。

 この料理は普段からダンたちが作っている味付けとは方向性が違うはずなのだが、確実に花蓮が作ったものより美味しく改良されていた。

 

「唐辛子……じゃなくて、イサラグ? は輪切りにする前に種を取った方がいいかも。種に当たると超辛い」


「そうか? 俺はもっと辛味を足したい気がするが……」


「あと、トマトは皮を剥いた方が食感がいいかも?」


「トマトじゃなくて、オタモトな。オタモトの皮なんて普通剥くもんかよ」


 トマトの皮なんて、薄くて気になるほどの物じゃないだろう、というダンと、むしろその薄い皮が口に残って気になるのだ、と花蓮の間で口論が始まる。

 こうなってくると長いので、話を半分聞き流しながらパスタを食べた。

 私としては、美味しくて口に合えばなんでもいいので、トマトの皮のあるなしなんてどうでもいい。

 

 ……下拵えの段階から、けっこう違うみたいだね。

 

 どうやらダンには『トマトの皮を剥く』という概念がなかったようだ。

 皮を剥いたトマトの使い道を花蓮が熱弁するのを聞きながら、そんな調理方法・料理があったのか、と驚いていた。

 

 ……今日も一人分避けてあるね?

 

 ダンはそろそろ私と花蓮が一度に食べる量を把握しているので、丁度よく皿へと盛り付けてくれる。

 お残し文化があるそうなのだが、それは完全にお世話をされる身分の人たちの間だけのことらしい。

 エンマはレアンドロから私たちの世話を任されていたので、お残し文化で行動していたが、食堂を使う魔法師たちは違う。

 自分たちで必要な量をとって食べる魔法師たちは、そもそも料理を残す要素がない。

 つまり、お残しをしたくなければ、食堂で食事をとればいいのだ。

 

 ……あれ、誰が食べるんだろう?

 

 なんとなく答えは判っているが、考えずにはいられない。

 

 花蓮が作った生パスタは三人分だ。

 ダンが作ったソースは、この三人分に絡められた。

 そして、盛り付けられた皿の数は四枚になる。

 私と花蓮は二人でだいたい一・五人前食べ、その残りの〇・五人前を味見としてダンが食べる。

 まるまる残った一人分の皿はというと、私の目の前ではオーブンの保温部屋へと入れられた。

 

 しかし、どうやら私たちの行動がレアンドロへ筒抜けになっているらしいことを考えれば、あとでエンマあたりの手によってレアンドロの元へでも運ばれるのだろう。

誤字脱字はまた後日探します。

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