妖精のいるオーブンってすごいね!
焼くことについては、エンマにお任せだ。
というよりも、オーブンの勝手が判らなさすぎて、おとなしく教わる側に回るしかない。
オーブンの中には妖精がいるようなのだが、妖精は人間たちには姿を見せてくれないのだ。
コツを聞く為にも、エンマの仲立が必要だった。
「……いま、音がした?」
「音がしたね。音したよね?」
ね、と確認を込めてエンマの顔を見上げる。
オーブンからの物音は、予めエンマがオーブンの妖精と取り決めていた合図だ。
パウンドケーキは焼いている途中で一度表面に切れ込みを入れたい、とあらかじめ言っておいた。
そのため、程よい焼き具合になった、とオーブンの妖精が中で薪を転がして音を立ててくれたのだ。
「ちょっと膨らんでる気がする」
「……お二人とも、少し離れていてください」
「はーい」
手際よくエンマが鉄鍋を取り出し、ナイフで表面を十字に撫でる。
長方形のパウンドケーキ型であれば一度線を引くだけでいいのだが、今回の鍋は円形だ。
そもそも切れ込みを入れる必要があるのかどうかも怪しい。
「今度は焼けたら教えてください」
鉄鍋をオーブンに戻し、エンマがオーブンの妖精へと声をかける。
エンマは精霊だから妖精と会話できるようなのだが、私たちには不可能だ。
私たちがオーブンを使う時には、慣れるか側を離れずに見守る必要があるだろう。
……まあ、言わなくてもリンが見守りそうだけど。
くんくんと時折鼻を鳴らして、花梨がオーブンを見守っている。
おとなしい印象に反して花梨は食いしん坊なところがあるので、中でこげる前に気がついて教えてくれるだろう。
しばらくオーブンの前で待っていると、再び中から薪の転がる音がした。
期待を込めてエンマを見上げると、笑いを堪えた顔をしてエンマがオーブンから鉄鍋を取り出す。
私の感覚としては焼き時間が短い気がしたのだが、鉄鍋の中身は綺麗な狐色に焼けていた。
気になっていた切れ込みも、まるで手裏剣のような割れ方をしていて可愛い。
「妖精のいるオーブンってすごいね! 綺麗に焼けてる!」
「妖精さん、ありがとー!」
「リン、気が早い。まだ味見してないし」
パウンドケーキの香りに、花梨のテンションが上がる。
オーブンに向かって礼を言ったかと思うと、もう一度感動のままにお礼を言っていた。
大事なことなので二度言ったらしい。
「ちょっとアレみたいだよね。昔絵本で読んだ……フライパンでケーキを作るネズミのお話!」
「ああ、あれ! あれ食べてみたかったんだよねぇ……。そっか、小さな鉄のフライパンで焼けば見た目そっくりなのが出来たのか!」
「異世界に来て、まさか子どものころの夢が叶うとは思わなかった!」
パウンドケーキが冷めるのを待つ時間で、使った道具を洗おう、とエンマに見守られながら魔法で水を呼ぶ。
飲み水には向かないが、片付ける手間がなくなるため、洗い物には向いているといわれた魔法の水だ。
桶に水を溜めてボールや泡だて器を洗っているうちに、エンマが小鍋でミルクを温めてくれる。
なにやらいい香りのする蜂蜜をひと匙入れて、ホットミルクの完成だ。
パウンドケーキのおともだろう。
「あ、違いますよ、エンマ。四等分に切ってください」
「四等分、ですか?」
はて? とエンマが不思議そうな顔をしているので、頭数を目の前で数える。
私、花梨、エンマ、それからオーブンの妖精で四等分だ。
みんなで作ったので、みんなで食べる。
「小さなケーキですから、私たちまでただいてしまうと、カレン様たちの分がなくなってしまいますよ」
「食べたくなったら、また作るからいいよ。オーブンの使い方も早く覚えたいしね」
その時はよろしく、とオーブンに向かって話しかけてみるのだが、特に妖精からの返事はなかった。
ただ、そういうことなら、とエンマが切り分けたパウンドケーキをオーブンの保温部屋へと入れる。
すると、次に蓋を開けた時にはケーキが消えていたので、私と花梨の挨拶は受け入れられたのだろう。
「そういえば、こちらのケーキはバターの変わりにオリーブオイルを使わなくてもよろしかったのですか?」
「パウンドケーキはやっぱバターでしょ」
「……ん。パウンドケーキはバター。カロリー的には替えた方がいいんだろうけど、バター。そこはバター。譲れない……」
誤字脱字はまた後日探します。
昨日の残りなので、短いです。




