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小向ツインズは旅の恥をかき捨てる  作者: ありの みえ
2章 異世界行ったら素人料理でも絶賛Umeeeされるものだと思ってた
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寝すぎた

 ……寝すぎた。

 

 花蓮かれんも一緒なので、それほどまいってはいないと思っていたのだが。

 目が覚めたら、太陽はほぼ真上に昇っていた。

 普段の起床時間どころではなく寝過ごしている。

 

「レンちゃん、朝……っていうかお昼だよ。起きて」


「んあ?」


 隣で眠る花蓮の肩を揺すり、起こす。

 好きに過ごしていいとは言われていたが、さすがに昼まで眠るつもりはなかった。

 

 花蓮が眠そうに目を擦っているうちに、私は自分の布団をロフトの上へと戻す。

 ロフトの縁にカーテンをつけてもらったので、ベッド下の空間は本当にちょっとした秘密基地だ。

 クローゼットから昨夜妖精が仕立ててくれた私服を取り出すと、カーテンを引いてロフトベッドの下で着替える。

 着替え終わってカーテンを開けると、ちょうど花蓮が自分のロフトベッドへと布団を戻しているところだった。

 

「あー、小物! 小物が足りない!」


「小物?」


「とりあえずは、くしと鏡」


「あ、確かに」


 好きに家具を揃えていい、という言葉に浮かれて昨夜は家具にばかり頭がいっていたが。

 暮らすというのは、物がいる。

 身一つで異世界へと呼ばれてきた私たちには、制服と上履き以外の物が圧倒的に不足していた。

 

「鏡なら脱衣所にあったけど……」


「それにしても櫛はないよ」


 さてどうしようか、と自分のロフトの下へ移動してカーテンを閉めた花蓮と頭を捻る。

 小物を調達したいのだが、街へはしばらく出ないように、とレアンドロから言われていた。

 女性魔法師から借りる、という方法もあるが、昨夜の騒動を思い返せばこれは最後の手段だ。

 櫛を貸してくれ、なんて近づいていけば、玩具にされて飽きるまでいろいろな髪型にされる気しかしない。

 

「まあ、とりあえずは手櫛てぐしでいいよー」


「髪の毛ぼさぼさになるよ?」


「そこはホラ、ゆるふわヘアーってことで?」


「ゆるふわって、そういうことだっけ?」


「違っても気にしない! だって異世界だもん。違ってても、誰も気付かないよ」


 着替え終了、と元気のいい声がして、花蓮がカーテンの向こうから現れる。

 穿いているのは昨夜作ったミニスカートとスパッツだ。

 

 花蓮は最初ホットパンツを作ろうとしていたのだが、丈が短すぎるとエンマに反対された。

 私室でしか穿かないのでいいだろう、と花蓮は粘っていたが、私室の中であってもはしたないとエンマが引かず、ならばと花蓮が選んだのがスパッツの導入だ。

 ホットパンツの下にスパッツを穿けば、見える素肌の面積が減るからいいだろう、と。

 

 ……私としては、あまり変わらないと思うんだけど。

 

 エンマ的には、この屁理屈のような案で納得したようだ。

 というよりも、スパッツがわからなかったエンマに見本として花蓮が自分の穿いていたスパッツを見せたのだが、生地がこれまで見たことのない物だったようで、そちらへとエンマの気がそれたと言った方が正しい。


 花蓮の脱ぎたてスパッツをクローゼットの中へ銀貨五枚と一緒に入れると、次にクローゼットを開けた時にはスパッツも銀貨も消えていた。

 どうやら妖精という不思議な力をもってしても、すぐにはスパッツを再現できなかったようだ。


 しばらく待ってからもう一度クローゼットを開くと、スパッツは二枚に増えていたので、スパッツの値段は銀貨五枚である。

 それも、銀貨の中では一番額の大きい銀貨で五枚だ。

 とっても高級なスパッツである。

 昨夜増やしたクッションとラグマットよりも高い。

 

「リンはスカートなんだね」


「レンちゃんと見分けやすい方がいいと思って」


 パンツスタイルの方が楽ではあるが。

 《新月の塔》の見習いの制服として渡されたものにはスカートがついていたので、やはり女性の主流はスカートなのだろう。

 だとしたら、花蓮が動きやすい服装を選択したため、私は逆の印象を与えた方があとあと何かの役に立つかもしれない。

 あらかじめ『見分けやすい』と思わせておけば、入れ替わることも容易になるのだ。

 

 手櫛でお互いの髪を整えていると、エンマが食事を運んできてくれた。

 困っているだろう、と手鏡と櫛を持って来てくれたところは、さすがは寮母さんならぬ家政を預かる精霊様だ。

 女の子が必要とするものが判っていたらしい。

 

 他に必要な物は、と一日の行動を思い返して雑貨や小物を挙げていく。

 あとでエンマが使っていないそれらを探してきてくれる、ということになって、小物問題は解決だ。

 急場はお古か妖精に頼むことで凌いで、街へ出かけられるようになったら自分たちで好みのものを買えばいい。

 

 ……あれ?

 

 食事を運んできてくれたエンマに礼を言って見送り、改めて机に広げた朝食――むしろ昼食――へと視線を落とす。

 気のせいでなけれで、昨日と同じメニューだ。

 

「昨日と同じもの?」


「違うよ、リン。昨日より少し量が増えてる」


 量が増えているので、昨夜と同じではない、と花蓮は言うのだが、それはそれで問題だった。

 昨夜の量でも多かったものが、今朝になって増えているのだ。

 

 ……遅い時間だったから、朝食の残りを全部持って来た、とか?

 

 食堂で出た残りをすべて持って来た、というのなら納得できないかもしれなくもない量だ。

 ちょっと多いけど、これで完食だから頑張る、はぽちゃり体型の母の口癖である。

 残すよりも温かく、美味しいうちに食べてしまいたい、というのは解らないでもない。

 

 それにしても妙だ。

 少々多すぎる、と花蓮と首を傾げ、時間をかけながらも用意された食事を食べきった。

 味は昨夜と同じだ。

 異世界料理二回目だったが、まだ口に慣れた味ではないので、ちょっと不思議な気がする。

 

 

 

 

 

 

「とりあえず、外に出てみたい!」


 せっかくの異世界なのだから、まずは外を見てみたい! というのが花蓮の主張だ。

 これに対し、私はおちついて釘をさす。

 

「まずは五階にあるっていう図書室でこの世界とこの国の知識の収集。それから、できれば人間観察も」


 異世界といっても、まだ《新月の塔》の一室とレアンドロの執務室、それから魔法棟の二階と与えられた私室しか知らない。

 外を見てみたいという花蓮の気持ちも解るのだが、それにしたって情報が足りなすぎた。

 この世界での私たちは、十六歳という実年齢からはだいぶ下の十歳ぐらいの子どもに見えるそうなのだ。

 日本の常識や感覚と離れすぎていて、体当たりで外へ飛び出していくことには不安がありすぎる。

 

「レアンドロさんからも、当分は禁止って言われてるよ」


 保護者の言いつけは守ろう、と花蓮を制する。

 勝手のわかる日本でなら花蓮に伸び伸びと行動させた方が道は開けるのだが、ここは異世界だ。

 勝手が違いすぎて、何がトラブルの元になるかも予測できない。

 こうなってくると、レアンドロの言葉に従ってしばらくは外出を控える方が正解すぎた。

 

 ……まるっと全部信じるのも、それはそれで気をつけなきゃだけどね。

 

 レアンドロに対して花蓮はあっさりと警戒を解いてしまったようだが。

 私までレアンドロを丸ごと信じてしまうのは危険だろう。

 レアンドロの提案の一つひとつは私たちの意思や気持ちを優先してくれる真摯なものだったが、だからこそ逆に怪しいというのか、胡散臭い。

 信頼できる大人の気はするのだが、信用しすぎるのは少し怖いのだ。

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