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小向ツインズは旅の恥をかき捨てる  作者: ありの みえ
1章 小向ツインズは異世界に召喚される
12/24

閑話:レアンドロ視点 2

「……エンマ」


「はい。ここに」


 名を呼ぶと、間を空けずにエンマが姿を現す。

 家政精霊として魔法棟の管理を任せてあるエンマは、外で呼び出した時以外は常に魔法棟と一体化している。

 そのため、魔法棟内での出来事はすべて見ているし、聞いていた。

 

花蓮かれん花梨かりんの様子は?」


「お二人とも元気にお過ごしですよ。夕食も運んだ物は残らずお食べになられて……」


 少し足りなかったようだ、とエンマが言うので、二人の部屋へと運んだ食事の量を聞く。

 体格の小さな二人の腹を満たす程度の食事も用意できなかったのか、と。

 それに対するエンマの返答は、少女二人に運ぶ量としては少々多い気がした。

 とくにパンを三種類と飲み物を二杯ずつというのは、多すぎるだろう。

 スープも別に出されているというのに、だ。

 

「あの小さな体に入る量とは思えないんだが……」


「でも残されませんでしたし、女の子はデザートはベツバラですからね」


「そういうものか?」


「そういうものです」


 少なくとも、他の女性魔法師は『そう』らしい。

 デザートは別腹と言って、次々に菓子を口へと運び込むようだ。

 

「……まあ、いい。引き続き気にかけてやってくれ。特に花梨の方は花蓮より判り難い。感情を表情おもてへ出すことが苦手なようだ」


「おまかせください。……玄関ホールにアンドレ様がお越しになられたようですが」


「ああ、私が呼んだ」


 運んでやってくれ、と言うと、エンマが軽く腰を下げ、次の瞬間には足元に円陣が現れる。

 人間が作る魔法陣とは違い、精霊の作る円陣はいたって単純な『円』だ。

 その『円』の中央に、弟のアンドレが立っていた。

 

「兄上! お呼びと伺い、このアンドレ! 飛んでまいりました!!」


「運んだのは私です。アンドレ様には魔力の『魔』の字もございませんので」


 私の私室は魔法棟の最上階にある。

 一階には使用人の部屋が、二階には食堂などの共用区画が、三階と四階は魔法師たちの私室があり、五階は丸ごと図書室になっている。

 そして、私の部屋はその上にあり、階段は存在していない。

 一定以上の魔力がなければ、あるいは転移の魔法を使える者でなければ私室を訪ねてくることは不可能な仕組みになっていた。

 ある意味では不便にも思えるが、このうるさい弟を避けるという一点でのみ語るのなら、最高の立地条件だ。

 

「アンドレ、手を」


「はい、兄上」


 手を差し出せ、と最後まで言う前にアンドレが両手を差し出す。

 その両手へと、釣書と令嬢の肖像画の束を載せた。

 

「……兄上? これは?」


「見て判らないか? 釣書と肖像画だ。ご令嬢の家族から、おまえへの見合いの仲介を頼まれた」


「それはむしろ兄上への見合いの申し込みだと思うのですが、どれも必要ありません。家督は兄上が継ぐので、私に妻など不要です」


「いいから。すべてに目を通し、家の名を落とさず、相手を傷をつけず、気に入ったがいたらそのまま纏まってもいいので、見合いをしてきなさい」


 なにも全員と婚約を成立させろ、と言っているわけではない。

 むしろ、見合いの仲介に対して礼金が発生してくるので、弟にはできるだけ多くの令嬢と見合いをし、纏まらず、さらなる仲介手数料れいきんを生み出してほしい。

 アンドレは父に似て顔だけは良いので、垣間見さえすれば、すぐに箱入り娘が熱をあげる。

 騎士をしているので、華やかな場へ出ることも多く、アンドレを見初める令嬢はあとを絶たないのだ。

 

「……それは兄上のお役に立ちますか?」


「私は関係ない。おまえが稼がせてくれる礼金は、すべてあの双子のために使われる」


「それでは私に得がないではありませんか」


「むしろ、それをあの二人への奉仕だと思いなさい」


 双子は《新月の塔》で預かり、魔法棟で生活を送る。

 となると、隷属紋を捺したとはいえ、アンドレがあの二人に奉仕する機会は少ない。

 

 ……やはりか。

 

 昼間と前髪の形を変えてきたアンドレに、眉間を隠す前髪を上げて確認する。

 花蓮が捺したはずの隷属紋は、もうほとんど消えかけていた。

 

 あの二人には、自分に隷属を強いられる存在を利用・搾取するという考えがないらしい。

 ある程度の怒りが収まれば、簡単に手駒を手放してしまうようだ。

 本当に、恐ろしいまでに幼稚な思考をしている。

 良く言えば善良で純粋、純朴とも言えるだろう。

 

 隷属紋など、本来はそう簡単に使うものではない。

 名前は一応違うが、機能としては奴隷紋とほとんど同じなのだ。

 

 主の命令に決して逆らえない便利な奴隷を、用意されて喜ばない者は少ない。

 隷属の印をつけられた従者は、主のどんな命令でも聞いてしまうのだ。

 これほど後ろ暗い用事に便利な人形はない。

 

「あんな凶悪な子どもなど、知ったことではありません」


 ふんっと鼻を鳴らしてアンドレは視線を逸らすが、アンドレが隷属紋からの『警告』を受けることはなかった。

 もしかしたら、うなじ辺りに花梨が捺した隷属紋も薄くなっているのかもしれない。

 

「……っ!」


 バチッとアンドレの額が音を立てて光り、苦痛に顔を歪ませる。

 今の『警告』は双子の捺した隷属紋ではなく、私が捺した隷属紋によるものだ。

 弟にはもう少し視野を広げてほしい。

 いつまでも世界にわたしだけというわけにはいかないのだ。

 

「……子どもが異世界へと攫われ、出会いがしらに暴漢に襲われて裸にされかけたのだ。さぞや心細い思いをしているだろうし、全力で身を守りたくもなるはずだ」


 双子は凶悪な子どもなどではなく、ただ自分の身を守ろうと魔力を暴走させただけである。

 少なくとも、双子当人と私以外の目にはそう見えたはずだ。

 アンドレが裸にされたのも、股間を氷付けにされたのも、悲しい事故だったのだ、と。


 ……『子ども』と言っても、実年齢はおまえの一つ下だけどな。

 

 双子の年齢にまつわる真実は胸に秘めて、アンドレを手招く。

 改めて額を見てみると、隷属紋のある周囲が赤くなっていた。

 ただの『警告』だったので、焼け爛れてはいない。

 これぐらいなら治療の必要もなかった。

 

「……ああ、そうだ。一応褒めてもおこうか。アンドレ、よくやった」


「なんのことやら判りませんが、やりました、兄上。もっと褒めてください」


 治療の必要のない患部ではあったが、褒美として簡単に治癒の魔法をかけておく。

 なんだかんだと、私もこの弟には甘い気がする。

 

 ……すべてはただの偶然なんだが。

 

 アンドレが勇者召喚に割り込まなければ、ウルスラを除く五人の魔法師たちは死んでいただろう。

 そうなっていたら、花蓮と花梨はそれを気に病んだはずだ。

 魔法師たちが当初意識を失っていたことについて、あの双子は何かに感づいていた。

 

 となれば、原因は召喚の魔法が関係しているとしか思えなかったし、そこから遡っていけば必然的に双子へと辿りつく。

 魔法師たちの昏倒と、双子は無関係ではない。

 

 ……愚弟にしてはよくやった。

 

 おかげで花蓮と花梨の心は守られた、と考えてふと疑問に思う。

 妙にあの双子へと肩入れをしている、と。

 

 私はもともと他者にそれほど興味がない。

 アンドレは私にだけ興味を発揮するが、私はそもそも弟にすら興味がない人間だ。

 だというのに、今日会ったばかりの双子には一切の苦労をさせず、甘やかし、大切に保護したいと考える前に行動している。

 これは私としては極めて異例なことだ。

 

 確かに双子の召喚については《新月の塔》で責任を負うべきことだとは思うのだが、私個人の行動としてはこれまでにない反応だった。

 

 ……なにか妙だな。

 

 何かおかしい、と考えて、一つ思いだしたことがある。

 思い違いかもしれない、小さな違和感だ。

 

 花梨はしきりに『レンちゃん』と花蓮を呼んでいた。

 しかし花蓮は――

前回の続きなので短いです。


次から2章ということで、一週間お休みして次の更新は10日の22時になります。

まだちょっと書きながら連日更新は無理だったようです。無念……orz

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