閑話:レアンドロ視点 1
……馬鹿なことをしたものだ。
報告書を纏め終わり、改めてウルスラから申請されていた書類へと目を通す。
申請書類の文面は定型どおりに整ったもので、特に実験の申請を却下する理由にはならなかった。
だからこそ、本心では勇者召喚など馬鹿げた夢物語だと思いつつも、ウルスラからの申請を受理した。
絶対に失敗すると思っていたし、ウルスラがそんな馬鹿げた挑戦をしたいと考えた動機もある程度は理解できるからだ。
……諦めない人間は、嫌いではないのだけど。
ウルスラは馬鹿なことをした。
そう思うのだが、それを応援したいと思う自分もいる。
ウルスラが今回の『勇者召喚』のような馬鹿げた実験を、と言い出したのは、私への挑戦だろう。
若い頃のウルスラは、《新月の塔》一の天才として持て囃されていたらしい。
らしいとしか言えないのは、私がその当事を知らないからだ。
私が知っている《新月の塔》一の天才は前最高導師ヨハン・アテマで、私が台頭したことで彼は《新月の塔》一の実力者ではなくなっている。
ヨハンの前の最高導師はプラトン・ザモチンで、ウルスラの全盛期の最高導師はさらに一代遡る必要があった。
いずれも、当時の最高導師より強い魔法師が現れ、その座を譲っている。
より強い者が後継になるため、私と三代前の最高導師とでは勝負にもならないはずなのだが、ウルスラはまだ自分が《新月の塔》一の天才であるつもりらしい。
全盛期の当時ですら、最高導師の座を得ることができていないのに、だ。
私の年齢が最高導師としては若いことも、ウルスラが私を認められない一因になっているのだろう。
……前任者には勝てなかったが、私になら勝てる、と本気で思っているのか?
私にとってウルスラの天才伝説は当人が自称するものでしかなく、実感というものが何もない。
というよりも、私から見れば、私以外の魔法師には大差がない。
扱える属性数を気にする者が多いようだったのでローブの色という悪習はそのままにしたが、数を気にしているうちは『そこまで』だ。
白と灰の間には、0と1ほどに越えられないモノがある。
……その点で言うと、あの双子は逸材だな。
勇者召喚の名の下に呼び出された双子の少女を思いだす。
黒髪に大きめの瞳をした、可愛らしい顔立ちの少女たちだった。
幼い表情や仕草、身長から十代前半の子どもかと思ったら、当人たちはなんと十六歳だと言う。
十五歳が成人のこの国では立派な大人に数えられる年齢だ。
そして、双子たちの国では未成年と数えられる年齢らしい。
見た目と仕草から子どもとして扱うことを決めたのだが、あの双子は魔法師としては間違いなく天才に数えられるだろう。
ちょこちょことお互いと内緒話をする姿が可愛らしくて、つい構いたくなってしまった。
魔法を使った簡単な『内緒話』をする方法がある、と双子の興味を引いたのだ。
結果としては、驚くものだった。
もちろん、顔には出さなかったが。
私から『内緒話』の仕組みを聞いた双子は、すぐにそれを理解し、目の前で真似して見せた。
本当だ、簡単、と何事もない顔をして。
……ヨハンでも真似するのに一週間はかかったぞ?
双子に『内緒話』用の魔法だ、と言って教えた魔法は、私が九歳の時に作った魔法だ。
特に秘匿する必要も感じなかったので、仕組みも術式も公開している。
だからといってすぐに真似できるものではなかったようで、実際に使える人間は今でも少ない。
……レンとリンは、私と物の考え方が近いんだろうな。
もしくは他の魔法師たちとは視点が違うのだろう。
他の魔法師たちには難しい魔法を、二人はすぐに身につけていた。
……魔法師としての今後が楽しみではあるが。
まだ子どもだ。
実年齢がこの国で成人に達していようとも、内面は見た目どおりの子どもだ。
元の世界、本当の家へと、絶対に帰してやらなければならない。
……子どもを失う親は哀れだからな。
これはまだ想像することしかできないが。
子どもを失った親ほど哀れなものはないだろう。
少なくとも、私はそれを見たくないし、見たいとも思わない。
双子の送還についてはウルスラたちに責任を持って研究に当たらせているが、期限を区切り、私の方でも研究しておいた方がいいだろう。
……それにしても、なんで人間の召喚なんて無茶が成功したんだ?
双子の魔法師としての才を見る限り、勇者召喚などというふざけた魔法が成功するはずがない。
召喚術には、絶対に覆すことのできない法則というか、決まりごとがある。
術者が『主』として召喚した存在を従属させるという術の性質から、術者は必ず召喚された存在よりも上の実力を持っていなければならないのだ。
それはそうだろう。
ある日突然異世界へと呼び出されたかと思えば、契約のしるしだなどという首輪を強引に嵌められそうになり、それがなされれば術者の意のままに働かされることになるのだ。
召喚された側にとっては、たまったものではない。
当然、召喚された存在は全力で抵抗をするはずだ。
ここで術者に召喚した存在を従えるだけの実力がなければ殺され、召喚術は失敗に終わる。
必然的に、召喚術で呼び出され、契約のしるしという名の首輪を付けられた『召喚獣』は術者よりも弱い存在となる。
術者よりも弱くなければ、そもそも召喚術が成功しないのだ。
……人間は悪魔や妖精とは違う。
人間に召喚され、使役される『召喚獣』の中には、悪魔や妖精といった肉の体を持たない存在もいる。
彼らは魔力的な意味では人間よりはるかに強力な存在で、個体によっては知恵も回る。
しかし、肉の体を持たない。
必要に応じて肉の体を用意することもあるが、それはあくまで『作った』体だ。
本物の肉の体ではないので、初めから肉を纏って産まれてくる人間には『重さ』で負ける。
なら肉を纏って産まれてくるという意味では獣も同じだろう、となるが、今度は知恵の有無で人間の方が『重い』。
肉の体を纏い、知恵を持ち、魔力を扱う聖獣と呼ばれる存在も確認はされているが、そういった手合いはそもそも人間になど召喚できるものではなかった。
同じように、人間が人間を召喚することは、ほとんど不可能と言っていい領域だ。
そんな不可能なはずの召喚が成立してしまったのは、双子の幼い性質と――
……ウルスラが一人で術を行使しなかったから、だろうな。
ウルスラは魔法師を五人巻き込んで今回の召喚実験を行っている。
存在の重さがつり合う人間同士の召喚は不可能だと判断し、ならば術者の数を増やして強引に自分たちへと重さを傾けたのだろう。
そして、五人の魔法師を『消費』して呼び出されたのが、あの双子だ。
ここまではウルスラの想定どおりだったのかもしれない。
少なくとも、勇者かどうかはともかくとして、人間を召喚することには成功していた。
しかし、花蓮と花梨の二人はウルスラの召喚術を見事に乗っ取り、主従を逆転させていた。
悪魔や獣であれば殺されていたところを、主従を入れ替えられただけで済んだところだけは僥倖といえるかもしれない。
双子が子どもであったからこそ、術者を殺そうという発想にならなかったのだと思う。
十六歳という実年齢にしては、あの双子は幼い思考をしている。
どんな環境で育てばあのようなにのん気な性格に育つのかには、少しだけ興味もあった。
双子のいた元の世界では、子どもが子どものままにいられる世界だったのだろう。
……ウルスラは本当に馬鹿なことをしたが、私もまだまだ、といったところか。
ウルスラからの申請書類には、事前に召喚を行う魔法陣と術式が記載されていた。
それを読み解き、これならば絶対に失敗するだろう、とウルスラの作った術式を改良することを怠っている。
ウルスラが呼び出すべき勇者として術式に組み込んだ『勇者の条件』は、私が《新月の塔》の魔法師採用試験に挑んだ時の成績だ。
ウルスラは私に対抗する戦力として、『勇者』を求めたのだろう。
……あれから何年経っていると思っているんだ。私が成長していないわけないだろうに。
騎士の全盛期は青年から中年にかけてだが、魔法師の全盛期は中年から壮年にかけてが一般的である。
対する私はまだ青年期であり、魔法師になった当時とは比べるまでもなく成長しているし、まだまだ成長する予定だ。
魔法師になった当時の私と同等の力をもった『勇者』を呼び出し、召喚獣として使役したところで、ウルスラが私に勝てるはずはない。
……しかし、そう考えると?
花蓮と花梨の双子は二人で、あるいは各自がそれぞれに、あの年代の頃の私と同等の力を持っているということになる。
向かうところ敵なしで育ってきた身としては、少なからず好奇心が刺激された。
魔法限定になるが、手合わせをしたらどれだけ楽しいだろうか、と。
そろそろ連日更新が怪しくなってきました。




