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小向ツインズは旅の恥をかき捨てる  作者: ありの みえ
1章 小向ツインズは異世界に召喚される
10/24

口に馴染まないけど、不味いわけじゃない

「なんというか、不味くはないけど……」


「油でヒタヒタ?」


「そう! そんな感じ!」


 御用の際はこれに呼びかけてください、とエンマは丸くなって眠っている猫の置物を置いていった。

 猫の耳にエンマの髪飾りと同じ花が飾られているので、本体はこちらだろう。

 なんとなく判る。

 

 眠り猫を机の真ん中に挟んで、夕食を口へと運ぶ。

 初めて口にする異世界の料理は、目を背けたくなるような独創性はなかったが、やはり日本食とは違った。

 三種類のパンと野菜スープ、白身魚のソテー、鶏肉の香草焼き、サラダが二種類、ジュースとミルクがそれぞれに一杯ずつ、それからデザートと思われる謎の赤い物体が机には並んでいた。

 種類が多いのは、私たちの好みがわからなかったからだろう。

 その証拠というか、種類は多いが一つずつのサイズは小さい。

 

「ソテーというより、油煮? 一応カラーピーマンっぽい野菜が添えてあるけど……」


 ほぼ油でコーティングされてる感じで、美味しいとは感じない。

 油を舐めている、といった感想が花梨かりんの口からは出てきた。

 

「香草焼きはそんなに違和感ないよ」


 はい、と小さく切った鶏肉を花梨の口へと運んでみるが、花梨は香草の臭いからして駄目だったようだ。

 試しに一口、と差し出してみたのだが、試すこともできずにいる。

 唇を真一文に引き結んで逃げたかと思うと、自分で『油煮』と称した目の前の白身魚を口に運んだ。

 どうやら文句を言いつつも、香草焼きよりは白身魚がいいと判断したらしい。

 

 パンで口直しをしながら白身魚を喉の奥へと押し込む花梨に、私は謎の赤い物体へと手を伸ばす。

 おそらくはデザートだ

 菓子の一種だと思われる。

 この謎の物体をデザートと判断したのは、パンに見えず、スープにも見えず、もちろんサラダでもなく、肉や魚にも見えなかったからだ。

 だからといって菓子に見えるわけでもない。

 

「一番近いもので言えば、クッキーとか、焼き菓子?」


「小麦粉には見えないけど……」


「……あ、感触は羊羹ようかんとかゼリーっぽい?」


 ゼリーと言っても冷蔵庫で固めるプルプルとしたゼリーではなく、祖母の家に行くとお茶請けに出てくる砂糖でコーティングされた硬いゼリーだ。

 薄く延ばした硬めのゼリーを、クルクルと巻いたもの、と説明されたら納得したかもしれない。

 

「匂いが微かに……えっと、ベリー系? 甘酸っぱい香りがする」


 ベリー系の匂いを嗅ぎ取ると、羊羹やゼリーではなく、ジャムを煮詰めた物体に思えてきた。

 きっと、イチゴジャムを煮詰めて乾燥させれば、こんな物体が出来上がる気がする。

 

「……うん、たぶんイチゴジャムっぽい何か」


 口に入れて噛んでみると、微かな匂いが確かなものになった。

 ベリー系に感じた香りがはっきりとした輪郭を結び、ついでにじゃりじゃりとした歯ごたえもある。

 これはもしかしなくとも、砂糖の感触だろう。

 そして、デザートという判断は間違いではなかった。

 

「美味しいけど、ひとつでいい。甘すぎるよ……」


「ストレートの紅茶とならいけるかも?」


 その後も花梨と一つひとつの料理の感想を言い合い、時間をかけて完食する。

 一つひとつは少量でも、種類があったのでお腹はいっぱいだ。

 

「……異世界の料理っていうより、知らない外国の料理って感じかな? 知らない味だから、口に馴染まないけど、不味いわけじゃない、みたいな」


「味が濃かったり、香草の臭いがすごいのは、文化の違いかな。油タプタプはどうかと思う」


「お菓子は砂糖じゃりじゃりだったしね」


 さて、次は風呂に行こう、と魔法棟内を歩く時に着るように、と渡された制服のローブに着替える。

 魔法棟を案内されている時に何人か制服を着た女性を見かけたが、制服のアレンジは各自で自由になっているようだ。

 タイトスカートの女性も、パンツスタイルの女性もいて、見ていて楽しい。

 

「もしかして、魔法師って女の人の方が多い?」


「男の人はあんまり見かけないね」


 着替えを持って廊下に出ると、花梨が私の手を握ってきた。

 普段はここまで甘えてこないので、やはり異世界召喚と新しい環境に萎縮しているようだ。

 姉として頼られているようだったので、力強く手を握り返しておいた。

 

 

 

 

 

 

 二階におりて遠目に食堂を覗くと、制服を着た男性が二人だけいた。

 他にも何グループか出来ているのが見えるが、女性ばかりだ。

 男女比に差があるのだろうか、と意識して観察してみると、男女共用区画はともかくとして、男女で使用が分かれた区画は明らかに女性用の方が広い。

 風呂に関しても、女性は月の物があるだけ個室が用意されており、その分だけ広いのかと思えば、入り口の広さからして違った。

 これはもう個室の有無に関係なく、女性風呂の方が広いのだろう。

 

「……リン、このぐらいなら大丈夫?」


「たぶん……」


 個室風呂は、家の浴槽よりも一回りほど大きかった。

 これは花梨が怖がるだろうか、と少し気になったので、私が先に浴槽へ入ることで、少しでもスペースを狭く見せる。

 一緒に風呂へ入るなど、双子といえども小学生の時ぶりで、私としてはちょっと楽しい。

 

 風呂上りに脱衣所で花梨を待たせて大浴場を覗いてみると、サウナと水風呂を見つける。

 どうやらこの世界は風呂文化がないどころか、むしろ充実しているようだ。

 備え付けの石鹸も用意されていたが、さすがは女性というべきか、各自でお気に入りの石鹸を用意して使っていた。

 何が違うのかと見せてもらったら、花びらが入っていたり、香りがつけてあったりと、おしゃれで可愛い。

 

 どこで手に入れるのかと聞いていると、レアンドロに教わった『内緒話』で花梨から救難信号が届く。

 何ごとかと脱衣所に戻ると、三人の女性に囲まれた花梨が頬を撫で回されていた。

 

「はー、モチモチ。なにこれ、気持ちいい」


「いったいどこの店の石鹸を使ったら、こんなモチモチのお肌になるの?」


「むしろ石鹸じゃなくて、化粧品の効果じゃないかしら?」


「「「あ~、モチモチ。気持ちいい~」」」


 ――レンちゃ~ん! 助けて~!

 

 髪の毛もサラサラ、と花梨を抱きしめて頬ずりを始めた女性に、慌てて花梨と女性の体の間へと腕をすり込ませる。

 そのまま無理矢理体をねじ込ませ、次に言うことは一つだ。

 

「リンばっかりズルーイ! お姉さまたち、私も撫でてっ!」


 必殺、子どもの振り。

 レアンドロの見立てでは私たちは十歳ぐらい、おまけをして十二歳ぐらいに見えるらしいので、子どもの振りだ。

 子どもなら仕方がない、と思わせることで、多少強引な手段に出させてもらう。

 

 女性たちは突然強引に割って入ってきた私に瞬いていたが、花梨と同じ顔をした私にすぐに相好を崩す。

 子どもは可愛い。

 容姿の整った子どもはさらに可愛い。

 そんな可愛い子どもが二人も目の前にいれば、可愛さは倍率ドンだ。

 さらに自分から「撫でて」などとおねだりしてくる子どもの可愛らしさなど、言葉にできるはずもない。

 

 結果、女性たちの注意を引きつけることに成功した私は、花梨がエンマに助けを求めることを思いつくまで散々に撫でられ、抱きしめられ、若さを吸われた。

 吸われた気がする。

 私を撫で回した女性たちはエンマに追い払われてしぶしぶと離れていったが、肌はつやつやと輝いていた。

 

 

 

 

 

 

「……レンちゃん、さっきのお姉さんたち」


「うん?」


 揉みくちゃに抱きしめられ、ぐったりと部屋に逃げ帰ったら模様替えは終わっていた。

 ベッドはロフトベッドに変わっていたし、注文したクッションもラグマットも敷かれていたのだが、部屋の変化を楽しむ体力はもう残ってはいなかった。

 本来ならそのままロフトベッドで寝た方が早いのだが、気疲れから布団を下ろしてラグマットの上に敷く。

 花梨も布団を下ろしてきたので、ラグマットの上には布団が二つ並んだ。

 

「あのお姉さんたち、十六歳なんだって」


「マジか……」


 普通に年上と思ったから『お姉さま』と呼んだのだが。

 あの女性たちは、実は私たちと同じ歳だったらしい。

 随分と大人っぽい十六歳だ。

 むしろ、この世界では私と花梨が子どもっぽい十六歳なのだろう。

 故意に子どもの振りなどしなくとも、素で十代前半に見られてしまうわけだ。

 

「私、これでもCはあるんだけど……?」


「日本のCカップは、外国のAカップって聞いたことあるよ」


「……なるほど。それは確かに、育ち始めた十代前半に見えるかもしれない」


 二人同時に溜息を洩らし、ラグマットの上に敷いた布団へと潜り込む。

 レアンドロではないが、確かに常識と認識のすり合わせは必要だ、としみじみ感じた。

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