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有能でイケメンクズな夫は今日も浮気に忙しい〜あら旦那様、もうお戻りですか?〜  作者: 秘翠 ミツキ


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六十七話〜殴るなら……〜




「私、謝りませんわ! だって全て貴女のせいだもの! 貴女が嫁いでこなければ、なにも変わらなかった筈ですものっ」


 平手打ちを食らったのはエレノラの方なのに、今この光景を第三者が見たらフラヴィが叩かれたのではないかと思うだろう。何故なら鋭く睨んでくる瞳に涙を滲ませ今にもこぼれ落ちそうにしている。まるでエレノラが泣かせているようにしか見えない。


「普遍のものなどこの世界にはないと思います。私もフラヴィ様もユーリウス様も、否応なしに毎日歳をとっていくんです。それと共に環境は変化していくのが当然ではないでしょうか? 勿論、自分の力で環境を変えない努力は出来るかも知れません。ですが少なくても貴女方は、ご自身の為にも変わるべきだと思います」


 正直、烏滸がましいとは思ったが、流石に平手打ちまでされたら口も出したくなる。


「っーー」


 絶対に噛み付いてくると思ったが意外にもフラヴィは黙ったまま唇をキツく結び小さく震えていた。ただそれが怒りなのか悲しみなのかは分からない。

 

「フラヴィ様」


「……」


「貴女だけの帰る場所を探してみては如何ですか」


 少し語弊はあるが伝わっただろうか。また嫌味のつもりはなかったが、どうやらフラヴィはそう受け取ったらしく再びこちらを睨み付け「これで勝ったと思わないで下さい!」と言い捨て去っていった。

 嵐が去った……正にその一言に尽きる。

 エレノラは大きなため息を吐いた。


 そして部屋の片隅で呆然と一部始終を見守っていたボニーはフラヴィが部屋から出て行った瞬間、我に返り時間差で悲鳴を上げた。





 目の前に置かれた氷水の入った桶にエレノラは思わず仰け反った。だがボニーが肩を掴み離してくれないと困惑をする。


「ボ、ボニー、落ち着いて! 私は大丈夫だから」


「いけません‼︎ 早く冷やさないとアザになってしまうかも知れません‼︎ 若奥様の大切なお顔が、お顔がっ……」


 ボニーの言いたい事は理解出来るが、いくらなんでも桶に直接顔を突っ込むのは嫌だ。

 確かに左頬が真っ赤になりかなり腫れてはいるが、普通に氷嚢で冷やせば問題ないと思う。


 少し前にパニックになったボニーは氷が山ほど入った水を桶になみなみ入れて担いできた。物凄く冷たそうだ……。

 それにこれでは炎症を抑える為に冷やして血流を滞らせる前に息の根が止まるかも知れない……。

 

「さあ若奥様! いきますよ‼︎」


 いやいや、どこに⁉︎ まさかあの世とか⁉︎ と焦っている間に頭を鷲掴みにされそのまま桶へと押される。


「ボニー、待ってっ」


 普段の穏やかで優しいボニーは何処へやら……。今は鬼気迫る形相で、エレノラの声は全く聞こえていないようだ。しかも思いの外力が強い。

 徐々に桶との距離が近付いていき、遂に氷水に前髪が触れてしまう。

 このままでは顔だけで溺れ死ぬ、いや冷たさにショック死するかも知れないと冗談抜きで危機感を覚えた。

 

「エレノラっ‼︎」


 そんな時、突然部屋の扉が開け放たれた。

 扉を開けたのは息を切らし髪や服が乱れに乱れたユーリウスだった。


「あらユーリウス様、もうお戻りですか?」


 侍女に頭を掴まれ氷水の入った桶に今正に顔を沈まされようとしているというのに、意外と冷静にそんな事を口走る。


「……何を、しているんだ」


 瞬間、彼は驚愕したようにこちらを見た。


「ユーリウス様、これには理由が」


 見ようによっては虐待されているように見えなくもない。

 そして案の定勘違いをしたであろうユーリウスは怒りを露わにした。

 この部屋の床、普段そんなに靴音なりませんが⁉︎ と驚くくらいツカツカと大きな靴音を鳴らしながら向かってくる。


「エレノラから離れろっ‼︎」


 彼の気迫に押され動けないボニーの手を乱暴に掴むとエレノラから遠ざけた。


「ユーリウス様、待って下さい‼︎」


 慌てて声を掛けるが、頭に血が上った様子の彼にはエレノラの声は全く聞こえていないようだ。

 

(どうして皆、人の話を聞こうとしないのよ‼︎)


 そしてそのままユーリウスはボニーへと手を振り翳す。


「ユーリウス様、やめて下さい‼︎ 殴るなら」


 エレノラは焦り叫びながら二人へと駆け寄る。そしてーー


「ご自分を殴って下さい‼︎」


「……は?」


 ボニーを庇いユーリウスの前に立ち塞がる。

 その瞬間、彼は目を丸して口を半開きにして固まった。


「それは、どういう……」


「全ての責任はユーリウス様にあります。ですから殴るなら、どうぞご自分を‼︎」


 エレノラの力強い声が部屋に響く。

 状況が飲み込めていないユーリウスは、暫くその場に立ち尽くしていた。




 

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