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優しき修羅の愛  作者: 日向満家
悪の猛禽 ー優しき修羅の愛0ー
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8話

 五日後、俺は再び社長に呼ばれた。いつもの社長室。部屋に入るといつも通り、社長一人だけがいた。

「お疲れ様です。どうされましたか」

「おう、お前に見せたいものがあってな」

 社長はそう言って、部屋の隅まで行って屈むと、四方五十センチほどの正方形のタイル状のカーペットを何枚か剥ぎ取った。

 むき出しになった床には一箇所だけ埋込式の取っ手があって、社長が引くと床が開いた。

「他言するなよ」

「わかってます」

 社長は開いた床の中に入っていった。下は簡易的な階段になっていて、ちょうど一つ下のフロアに降りられるようだ。

 降りるとそこには十畳ほどの部屋があり、沢山のファイルが並べられている棚が壁いっぱいに置かれていた。

 まさか……

 俺はファイルの一つを手に取った。思った通りだ。過去の証拠……

「勝手に見んじゃねぇよ」

「すいません!」

 俺は慌ててファイルを戻す。

「こっちだ」

 奥に、さらに扉があった。

 ここよりもさらに狭い部屋。

 その真ん中では人が縛られていた。

 その光景を見た時、俺は膝から崩れ落ちそうになった。必死に堪える。

 この人物は頭に麻袋をかけられ、硬そうな椅子に座らされている。この体格。俺は誰だかすぐにわかった。

 嫌な予感しかしない。平静を装うので精一杯だった。

 社長は麻袋をとった。その下にある顔は、俺の予想していた通りの人物だった。

 丸山だ。


「こないだ俺達を襲ったやつらがどこのモンなのか調べた。あいつらは景龍会が飼ってるチンピラだ」

 景龍会。東京の都心部をシマにしているヤクザだ。

「んで、その景龍会は亀岡に泣きつかれたらしい。俺の金を盗もうとしたやつがいる、とな。ヤス、お前のヤマだ」

 そうか、芸能事務所はヤクザとも繋がりがある……手を出すべき相手じゃなかった。そんな思いがよぎったが、もう何もかもが遅い。それに、誰が会社の指示を拒否できる。

「だが、よくよく話を聞いているとヤスのダマシの仕事について、そんでヤスとウチの会社の関係について、亀岡にチクったやつがいることがわかった。それがこいつだ」

 社長が丸山を指す。

 丸山は虚ろな目で俯いている。

 なんで……? こいつが……裏切った?

「そもそもわからねぇのは、なんでコイツがヤスのことを知ってんだってことだ。ヤスはこれが初陣なんだからよ」

 社長は俺の方を向いた。

「お前、コイツに会社の秘密、喋ったか?」

「そんなわけないでしょう」

 スラスラとそんな言葉が出ていた。この男との関係は絶対にバレてはいけない。幸いなことに、丸山もまだゲロってはいないようだ。

「そうだよなぁ……するとコイツが一人で嗅ぎつけたってことか」

 今のところ怪しまれては……いないか?

「まぁいい。ヤス、コイツを殺せ」

「え?」

 社長が俺に渡したのは拳銃だった。少し薄汚れたオートマチック。

「殺すん……ですか?」

 急に出てきた物騒な単語に、思考が追いつかない。

「そうだよ。いずれにせよ、お前のヘマだ」

「でも、警官を殺すのは罪が重いんじゃ……」

「心配するな。死体はちゃんと海に沈める」

 社長が改めて拳銃を俺の前に。

 俺は恐る恐る手に取った。

 だが引き鉄を引き、それによって丸山が倒れる姿は全く想像できなかった。

「……できません」

「何故だ。こいつはお前と何の関係もない。お前にとって何でもない存在だ。そうなんだろ?」

「そうだとしても、いきなり殺すってのは……」

 できるわけがない。当然だ。

「お前が殺さなくても一緒だ。お前が殺さなかったら、俺が殺す。そしてお前も殺す。死体は一緒に海の底だ」

 俺は耳を疑った。

「な、なんで……」

「この部屋に入った時点でお前はコイツを殺すか、死ぬしかなかった。お前も罪を負うんだ。半端な生き方をしていける稼業じゃない」

 狂ってる。

「殺せ」

 社長が薄いサングラス越しに俺を睨む。

 俺は必死に頭を回転させる。どうすれば逃れられる?

「……犯罪行為は最後の手段なんじゃないんですか」

「ああ。だがやる時は徹底的にだ。じゃないとこっちがやられちまう。そうだろ? 早くやれェ! ヤス!」

 ずっと丸山の声が出会った中で一番ドスが効いていると思っていた。だが違った。やはり社長だ。

 その声は、銃口を自然と丸山へ向かせた。

 未だかつて経験したことのない状況。手に持った銃が、ひどく揺れる。だが、それでも外さないような距離だ。

 俺は銃を両手で掴んで揺れを抑えた。

「ハァーっ! ハァーっ!」

 俺はこれから、この男の命を奪う。その現実が一気に目前まで迫ってきた。

 もう逃れられそうにない。

 引き鉄にかけた指を。少しずつ引いていく。

「お前、俺を殺したらどうなるか分かってるんだろうなぁ!!」

 不意に、目の前の丸山が声を張り上げた。顔を上げ、俺を睨む。

 マズい。このまま丸山が俺達の秘密を話せば、二人揃ってあの世行きだ。妹もどうなるかわからない。

 こいつを今すぐにでも殺さなければならない。

 だが、俺にはできなかった。手から力が抜ける。

「んん、やっぱり知り合いなのかお前ら」

「違いますって……俺はこんな奴会ったこともない」

「良いのか、俺を殺せばテメェは一生、悪人のままだ」

 社長も丸山も、俺を見ている。

「貴方はさっきから何を言ってるんです。貴方のことなど、私は知らない。訳のわからないことを言わないでください」

 冷静にならなければならない。ダマシの仕事を任されたのは一回だけだが、その時のことを思い出すんだ。

「よく言う。俺の命令で組織に潜入してたくせに。お前にいくら払ったか。恩を仇で返しやがって」

「黙れ! 社長、こいつは命が惜しくなっておかしくなってる。全くの出鱈目です。こんなやつの言うことを信じてはいけません」

「話は変わらない。お前がコイツを殺せば良い」

 しばらく黙って俺達を見ていた社長が、冷徹に言い捨てた。

「それでお前も疑いを晴らせる。警察がこんな違法捜査を許すわけがないからな。やってたとしてもコイツの独断だろう。たとえコイツの命令でウチに来たとしても、もうお前も立派な犯罪者。他に頼る縁がなければ裏切りようがない」

 やはり覚悟を決めるしかないのか。

 俺は改めて、丸山の方に向き直った。

「よせ」

 丸山は、ようやく焦ってきたようだった。

「俺ならお前を立ち直らせてやれる。ずっとこんな世界で生きていくのは嫌だろう。いつ捕まるかビクビクして、一生日陰を生きていくんだ」

 その言葉を聞いて俺の頭に浮かんだのは、自分より妹のことだった。

 美咲を犯罪者の家族にしていいのか。もう手遅れだと思っていたが、今ならやり直せる……のか?

 丸山は、俺の迷いを見抜いているようだった。

「さぁ、その銃で俺じゃなく、そいつを撃て。あとは俺がどうにかしてやる。二人でここを脱出しよう」

 丸山を殺すか、社長を殺すか? 自分に突きつけられている選択肢に、目眩がしそうになった。ちょっと待ってくれよ。なんでこんなことになってるんだ。

「ヤスぅ、お前がどうしようが自由だが、俺がそう簡単に撃たせやしないってことを置いといても、その男は一度お前を裏切ってる。そんなやつを信用しない方がいいぞ」

 俺のこんなちっぽけな嘘など無意味のようだ。社長はきっと、全てを理解している。だが、ここで折れるわけにはいかない。認めたら終わりだ。事実になってしまう。

 俺は改めて銃を丸山に突きつけた。

「社長、俺とこいつは初対面だと言ってるでしょう。俺の忠誠はいつでも、『シン・アライアンス』に」

「そんなもんに忠誠を誓うな」

 そう言ったのは、まさかの社長だった。

「忠誠を誓うのは自分自身にで良い。要はお前がどっちにつくかだ。メリットのある方を選べ。まぁ今回は少し考えれば自ずと答えは見えてくるけどな」

 そんなことを言うから余計揺さぶられる。一層苦しくなった。

「馬鹿なことを考えるのはよせ。テメェに人殺しはできねぇ。その男の脚で良い。脚を撃ってから、俺を解放しろ。そしたら俺がどうにかしてやる。悪いようにはしねぇから」

「俺を撃とうが、このビルから出るのは骨だぞ。仮に出られたとしても、ヤス、裏の社会はお前が思ってるより深いんだ。お前らは一生、命を狙われ続けることになる」

「そいつの戯言に耳を貸すな。ここにある証拠を抑えられたら警察がこんな組織潰してやる。この勘違い野郎より、警察側につけ。その方がお前のためだ。入院してる美咲のためにも……」

「うぉああぁぁああああーーー!!!!」


 ドンッ! ドンッ! ドンッ!


 妹の名前が出た途端、俺は反射的に丸山を撃ち殺していた。

 こんな汚らわしい世界に、美咲の存在は一ミリたりとも立ち入らせたくない。耐えられなかった。

「よくやった」

 社長が、俺の肩をポンと叩く。

「と、言いたいところだが、今のは判断というよりは衝動だっただろう。まだまだ青いな」

「あまりにしつこいんで少しムカついただけですよ。判断も何も、私はこんな奴知りませんから」

「……そうだったな。ところで、誰か入院してるのか?」

「さぁ。この男の妄想でしょう」

 俺の声は明らかに震えていたが、社長はそれ以上、何も言わなかった。

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