表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

白と青と赤と

作者: 青華




「あ」


「あ」


ばったり会った。

夜、西本願寺の井戸だった。





「お、おい総司…、こんな夜中に出歩いて、風邪引くぞ!」


「眠れないんだ。風邪ってゆうか、労咳(肺結核)だし。」




新選組八番組隊長、藤堂平助は、どうしても眠れなかった。

故に、井戸に水を飲みに来た訳だが。

思いもよらぬ先客がいた。



「……。」


同じく新選組一番組隊長、沖田総司はニコニコと笑っている。

しかし平助はそんな冗談ともつかぬ冗談を総司に言われ、困惑した表情で押し黙るしかない。




「そんな顔しないでよ。つれないなぁ」

総司はそう言って頬を膨らます。


「つれないの?俺…。だって、まだ少し肌寒いのに…」

平助は整った顔をしかめて、はぁ、とため息をついた。

ため息1つに、生まれつきの品の良さが見える。




「平助こそこんな夜中に起きてていいの?明日、寝坊して伊東参謀たちに置いてきぼり喰らっちゃうよ」

総司は、ずっとニコニコと笑ったままだ。嫌みな程に、純粋に、笑うのだ。

彼にしても生来の純粋な心が見えるような笑顔である。



「……。」

平助はもちろん、再び黙るしかなくなる。

(俺だって、眠れないんだから)



平助は明日の朝、新選組を抜けることになった。伊東参謀と共に。




(総司は意地悪だ、子どもだ)




「お前の方が子どもじゃないか、実際」

総司が、ふい、とそっぽを向く姿はやはり子どもの様で。


「2つ違うだけだろ。一を見てみろよ、あいつ、俺と同い年なんだぜ?年齢だけで決めつけるもんじゃないだろ…。」

平助は口を尖らせながら井戸の水を汲んだ。

そんな彼の姿も、やはり子どもの様だった。


そして一、とは無論、新選組三番組隊長、斎藤一である。


「ていうか人の心を読まないでくれよ」

そして自らの分と、総司にも水を渡した。


「分かり易いんだもん平助は。一君と違ってさ。あ、水ありがとう」

総司は水を受け取り、ちょっと飲んだ。



「一君と仲良くしなよ。離隊する面子の中で試衛館からの友だちは一君だけなんだし」

友だち、と言う所がなんとも総司らしい。


「いきなり兄貴面するなよ…。だから…2つしか違わないんだしさぁ」

さっきからずっと、平助はしかめっ面である。


「でも、23歳と25歳、ってのは大きな差だと思うけどなぁ」

総司はそう言って横目で平助を見やると、


「…なんだよ、寂しくなっちゃったの?」

眉じりを垂れ、優しく笑った。




「……。」

また、絶句。


平助は思わず水をこぼしそうになった。



「何?」

平助のそんな様子にお構いなく、総司は水を飲みきった。



「…それ、わざと?…やっぱり、絶対総司は意地悪だ」

(なんだよ、その笑顔は)

平助も、飲み干した。




「わざと、って何?だって寂しそうだったし、僕も寂しいし。」


「……。」


「そんなに怒るなよ。もしかしたらさぁ、今この時が僕と平助の最後の会話かも知れないんだよ。短気は損気、って言うでしょ?」


この時の総司の笑顔が少し寂しそうに見えたのは、きっと平助の見間違いではない。




「総司は狡いよ。お前が羨ましい。それに、縁起でもないこと言わないでくれよ」

平助は大げさにため息を吐いた。


「縁起でもないのは確かだけど、僕は狡くもないし、僕こそ平助が羨ましいけどなぁ」

総司はまた、平助を絶句させた時と同じ笑顔を浮かべた。




「…俺のどこが、羨ましいって言うんだよ。お前は、みんなと一緒にいられるじゃないか」


あ、やってしまった。口が滑った。

…と言っても、後の祭りである。


もういいや、と諦めてしまえば、途端に、複雑だが、悲しみとか怒りに似たような感情が込み上げてきた。


もちろん、新選組からの離隊を決めたのは、平助自身である。


今日(こんにち)の新選組は、平助が描いていた理想の物とは違ってきていた。

そして、その理想を平助と同じように描き、実現させようとしていたのが、伊東甲子太郎であった。


彼は離隊を割にすぐ決めた。

彼には理想や、思想があった。



だが今この瞬間、この心持ちは何だろうか。


(武士(おとこ)が、この有り様か)


まるで、家族と今生の別れをする前の幼子のような気持ちでいる自分が、情けなかった。

幹部最年少の平助は、不本意にも、たくさんの兄達と別れるような気持ちだったのである。



(信じられない、総司にこんなこと言ってしまうなんて)

自己嫌悪や自嘲みたいな感情が沸き上がる。





「僕は平助と違って、思想なんて物、無いもん」

総司は不意に平助に背を向け、夜空を見上げた。



その姿を見た平助は、もうどうでもいい、といった自暴自棄のような気持ちになった。

それは、平助を素直にさせた。



「でも羨ましい。やっぱり総司は素直だしさ」


「君に言われたくないよ、そんなの」


「それに、優しい」


「……」


「それに、強い」


「………」


「それに……―」




ハッとした。

平助も、総司もである。

異様な雰囲気が漂った。

驚いた。




「僕こそ、君が羨ましいのに」


「……」

平助は、最早泣きそうだった。

(俺は、武士だ)


―だから、迷いなんて無いし、俺は死なない。





「僕はもっと近藤先生の為に働きたい。土方さんの為に戦いたいのに、」


総司はそれ以上の言葉を呑み込んだ。



「…うん、」



「…お互い様かなぁ、やっぱり」




「……うん」



2人は、この上無い笑顔で笑い合った。





お互いに、思った。

彼は、…彼の心は真っ白だ。


(もう23なのに)

(もう25なのに)



((真っ白))




「また、会いに来てよ、平助」


「うん。行く。ていうか、総司も会いに来てくれよ」



「あぁ、絶対だ」






これから彼らに降りかかる残酷な運命を、この時誰も知るはずがなかった。






(俺は、新選組(ここ)で、青春を過ごしたんだ。本当に、楽しかった)






「「またきっと、みんなで会おうよ」」













油小路、


目の前が真っ赤に染まって、平助は思った。


―天子様の為にもっと戦いたかった。

でもきっと、俺はやりきったんだ。



…しかし、最後に浮かんだのは、天子様でも、大樹公でもなかった。





―俺の、大切なひと。


遠い昔自分を育ててくれた、家族の顔。


人生で最も長い時を過ごした試衛館や新選組の仲間たち。


…その仲間たちに斬られて死ぬなら、何も悔いる事はない。




そして、ふと、あの時の事を思い出したのは何故だろうか。


『僕こそ、君が羨ましいのに』




「…お前は、生きて、俺はお前の隣に…いるから…みんなと時間を、いーっぱい、…過ごして…くれ」



お前がみんなと共にある時間を、俺も共に過ごさせて。





俺は、そうだなぁ。

まずは山南さんと、酒でも飲むよ。

向こうに行けば、伊東先生もいるし…

きっと、寂しくなんか、ない。



俺は、ずーっと、みんなを見守って、魂は、心はずっとそばにいるんだ。


そして、みんなが寿命を迎えたら、俺が寂しくないように出迎えてやる。


俺の兄貴たちが、寂しくないようにさ。
















「…平、助?」


声が、聞こえた気がした。



「ぐっ!ごほっ、ごほっ」


…目の前が、赤い。




「また、みんなで会うんだよね、平助。僕らがそう言うんだから、きっと会うんだよ」




そしてゆっくり、目を閉じた。














――白い心、


――青い春、


――赤い…血。










end




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ