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「私ね、眩しい太陽の暖かさも好きだけど、月の光の方が好きだって分かったの」
急に何を言うのかと、不思議そうな顔になったアランの手を、エルダは強く握り返した。
「だって月の光は暗闇をそっと照らしてくれるから。私にとってアラン、貴方はそんな人」
「え?」
「始めは誰でもいいって声をかけたけど、今は、あの時、アランに声をかけてよかったと思っているの。とびきり優しくて、ちょっとドジだけど、そんなところも愛らしくて、一緒にいるといつも幸せを感じていたわ。私の側で足元を照らして、そっと寄り添ってくれた。会う度に惹かれていったのは私も同じ、気がついた時は、貴方に恋をしていた」
嘘、アランの声は出なかったが、薄い唇がそう動いたのが見えて、エルダはゴクリと息を呑んでから微笑んだ。
「私も、アランが好き、大好き」
「エルダ!!」
目にたっぷりと涙を溜めたアランが、ガバッと覆い被さるようにエルダを抱きしめた。
勢いと反動で、ボートが揺れて、二人でわぁぁと声を上げて抱き合った。
ボートの揺れが収まってから、目を合わせた二人は、ぷっと噴き出して笑ってしまった。
「もう、アランといると飽きないわ。また二人でびしょ濡れになるところだったわね」
「うゔっごめん、エルダ。嬉しくてたまらなくて……」
「いいわよ。でも今度は、ボートが揺れないように、ゆっくり抱きしめてね」
うん、と言ったアランに、優しくぎゅっと抱きしめられたエルダは、求めていた心地よさを感じて目をつぶった。
「悔しい」
「え?」
「オースティン殿下だよ。エルダの心を独り占めにしていたのに、簡単にフるなんて……、そのおかげで出会えたけど……でも、ムカムカするよ」
エルダを抱きしめながら、過去の想いに触れたのか、ムッとした顔になっているアランを見て、エルダはクスクスと笑ってしまった。
「好きというより、推し……」
「え?」
「あ、憧れだったの。アランと出会ってから、すっかり気持ちはなくなっていたし、屋上で話した時も、謝罪を受けていただけで……」
「謝罪?」
「その……私をフった時に、顔が好みじゃないって……」
「なっ! なんてことを!!」
「紳士のかけらもないな! そんな言い方をするなんて!」
「もう、終わったことよ。今は、アランが好きだって言ってくれるから、それだけで十分に幸せだから」
自分のことのように、ぷんぷん怒っているアランが可愛くて、アランの頭に手を伸ばしたエルダは、栗色の髪をよしよしと撫でてあげた。
ふわふわと柔らかい手触りが気に入って、しばらく撫でていると、怒っていたアランだったが、気持ちよさそうに頭を傾けた。
その時、薄っすらと開いたアランの瞳が、金色に光っているのが見えて、エルダは、あっと声を上げてしまった。
「まぁ、アラン! 瞳の色が金色だったの!?」
「え? あれ、気づいていなかった? そうか、目が少し悪くて、授業中は眼鏡で、普段は外しているんだ。それで、いつも目を細めているから……」
金色の瞳は王国でも珍しい色として、天使の生まれ変わりだと称されることがある。
なんて美しいんだろうとエルダは顔を近づけて、アランの目を覗き込もうとしたら、パッとまたいつもの糸目に戻ってしまった。
「あぁ、もっとよく見せて」
「だっ、だめだよっ。近いって、恥ずかしい!」
真っ赤になったアランは、両手で顔を覆ってしまった。
この可愛い生き物はなんだと、エルダはますますアランが愛おしく感じてしまう。
思わずこのまま家に持って帰りたい衝動に駆られたが、貴族の令嬢が送り狼になったりしたら、両親は卒倒するだろう。
これはゲームではないけれど、今度はアランの家族を攻略しなければいけない。
もちろん、将来のために、気に入られておきたいからだ。
こんな可愛くて素敵な人、離したりなんかしないと、エルダは心に火を燃やした。
「エルダ、目が活き活きしているね。楽しそうだ」
「ん? だって、これからもアランと一緒にいられるって思ったら、嬉しくて」
「僕もだよ。来週のテスト期間が終わったら、別荘へ行く? ここよりずっと大きな池があって大きなボートに乗れるよ」
「ええ、ぜひ行きたいわ。約束ね」
エルダが小指を顔の前に上げると、アランは照れた顔で小指を絡めてくれた。
ゲームの世界で悪役令嬢にならなかった、ただの令嬢は、モブ令息に恋をした。
ヒロインが迎えるハッピーエンドではないけれど、それよりも、もっともっと幸せな道を、エルダはアランと一緒に歩いていく。
転んだり、傷つくことがあっても、アランの光は、いつも優しく照らしてくれるから。
きっと、きっと
大丈夫
「ねぇアラン。水面が輝いていて綺麗ね。ボートの上って雰囲気最高じゃない?」
「ん、そうだね」
「じゃあ……さ、キス、していい?」
積極的なエルダの誘いに、微笑んだアランは、真っ赤な顔になって、後ろに倒れてしまった。
「ちょっ、アラン! しっかりして!」
「うー……ん、もーだめだー……」
ボートの上で気絶したアランは、従者に担がれて帰宅することになった。
キスの言葉一つで気絶してしまう男を、どう攻略したらいいのか。
楽しくて、退屈しない日常は、ずっと続いていきそうだ。
(終)
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