⑩
側にいなくなって初めて分かる。
このポッカリと胸が空いてしまったような寂しさは、オースティンに振られた時には、感じたことのないものだった。
アランに嫌われてしまった、もう会えないと思うだけで、胸が張り裂けそうに痛んでしまう。
こんな気持ちは初めてだ。
ずっと分からなかったけど、今なら分かる。
私は……
「アランに恋をしたんだわ」
ぶわっと風が吹いてきて、エルダの髪を巻き上げた。
乱れた髪で視界が塞がれてしまい、エルダは手で髪を整えた。
こんなボサボサになった姿を見られたくないが、今すぐにでもアランに会いたくなった。
ちゃんと謝って、想いを伝えたい。
会ってくれないかもしれない。
それなら何度でも会いに行く……
心に決めたエルダが手に力を込めて顔を上げたその時、ボート乗り場にアランが走って入ってくるのが見えた。
願望が幻になって見えているのかと、エルダは目を瞬かせた。
「エルダ!」
エルダを見つけたアランは、ハァハァと息を切らしながら、汗だくで走ってきた。
どうしたのと言おうとしたら、アランに両腕を掴まれてしまった。
「行かないでくれ!」
「え?」
「お願いだ、エルダ。殿下への当てつけでも何でもいい! 僕が高望みしてしまったから、側にいてくれたらそれで良かったのに……だからお願いだ、好きなんだ、行かないでくれ」
「え……行かないで……って、どこに?」
ぐらぐらと肩を揺らされて、エルダは目を白黒させたが、アランの言っている話が分からなかった。
「だ……だって、これから半裸のイケメン達を愛でる水上パーティーが開かれるって……。この列はそれに参加するための……だよね?」
周囲で何事かと話を聞いていた人達から、クスクスと笑い声が聞こえてきた。
エルダが首を振って違うわと言うと、アランは顔を真っ赤にして口に手を当てた。
「もしかして……ティアラかしら?」
「そ、そう。ティアラさんが家に来て、エルダがパーティーに参加するから、止めるなら今だって言われて……ここに……」
「……やっぱり。ティアラは私とアランを会わせるために、そんなことを言ったみたいね。前に、アランとボート乗り場に行った話をしたから……それで、気を利かせてくれたのかな」
アランは深く息を吐いた後、力が抜けたのか、ガックリと地面に座り込んでしまった。
ちょうどそこで、ボートの順番がエルダに回ってきた。
「せっかくだから、一緒に乗らない? 話したいこともあるし」
そう言うと、アランは僕もと言って頷いた。
エルダは係の人に声をかけて、一人乗りから二人乗りに変更してもらった。
前回は二人して池に入ってびしょ濡れになったので、これでやっとデートのやり直しができることになった。
ボートに乗って漕ぎ出すと、水面はまるで魔法をかけられたみたいに七色に輝いた。
おかげで夜であっても明かりは必要なくて、お互いの顔がはっきりとよく見えた。
しばらく水面を進んでいくと、アランがパッと顔を上げて口を開いた。
「本当はよく知っていたんだ。エルダのこと。告白してくれるずっと前から……。エルダがオースティン殿下に熱い視線を送っていたのも、よく見ていた」
「え……」
「あ……あの時、告白してくれた場所に行ったのは偶然だけど、よく中庭で散歩していたでしょう? 僕の教室から、よく見えていたからそれで……」
「……そうだったのね」
「エルダは殿下に一生懸命話しかけていたけど、殿下は近くを通る別の女生徒の方を見たり、あくびをしたり、あまり関心がなさそうだった。エルダは反応が悪い殿下を見て、寂しそうな顔をしていた。あんなに熱い視線を受けながら、ひどい人だなって思っていたんだ」
思い返せば、完璧に攻略していたと思っていたが、一人で先走って、燃えていたのはエルダだけだった。
オースティンは一緒にいても、あそこにいる子可愛いねなんて、普通に口にしていた。
エルダは自分に都合の悪いことは見ないし、聞かないようにしていたのだ。
舞い上がっていたのは自分だけで、他の人から見てもそうだったのかと、恥ずかしくなった。
「見る度に、あんな風に、熱い視線を送ってくれたらどんなにいいかと、羨ましいと思うようになった。殿下に向かって、エルダが笑いかけていると、どうしてそこにいるのが自分じゃないんだろうって……自分だったら、あんな寂しそうな顔をさせない……なんて傲慢なことを……思ってしまって……」
「アラン……」
「エルダの告白だって、本当は気持ちがないことは分かっていたよ。きっと殿下の気を引くために、近くにいたヤツに声をかけたんだろうって……。でも、それでもいいと思ったんだ。エルダと一緒にいられるなら、知らないフリをしておこうって……。それなのに、一緒にいると、どんどん好きになって、自分の方を見てほしい、好きになってほしいって……もう止まらなくなって。屋上で二人が一緒にいるところを見て、エルダにやっぱり殿下がいいって言われるのが恐くて、逃げてしまった」
アランが最初から気がついていたことを知って、エルダの胸はチクっと痛んだ。
こんな優しい人を利用してしまった自分を恥じた。
「キッカケはそうよ、その通り。長い間、憧れていた人だったから、フラれて、もうどうでもいいって、自分勝手に告白するなんてことをしてしまった。本当にごめんなさい」
「僕はそれでいいんだ、謝ることは……」
反論しようとしたアランを見て、エルダは目を伏せて首を振った。
「いいえ、最低なことよ。アランの優しさを利用してしまったわ」
俯いたエルダの手を、アランは自分の手で包んでくれた。
この人は、どこまでも温かくて優しい人、胸がくすぐったくなる思いになって顔を上げた。




